第二話 人徳の聖騎士
聖騎士。
大陸全土で見ても十数名しかいない聖者の騎士。
銀白色に輝く全身甲冑を常時身に纏い、モンスターやダンジョンの災害から人々を守る騎士の誉れ。
それが聖騎士……らしい。
私も詳しいところは知らないが、しかし白銀の全身甲冑といえば聖騎士であると断定できるぐらいには、市井にも共通認識が浸透している。
なにせ大陸で、その装着が許されているのは彼らだけなのだから。
だから、この噂話に登場する聖騎士も、ダンジョンに辿り着く前から目立っていた。
ガシャンガシャンと鎧を鳴らしながら、中央通りを進み。
馬を駆るわけでも馬車に乗るわけでもなく、ダンジョンの入り口がある郊外まで、衆目を集めたまま歩ききった。
当然そこで、門兵から誰何される。
ダンジョンとは国の財産であり、危険な場所だ。
加えてほんの数ヵ月前には大陸中を震撼させる大事件が起きたばかり。
当然警備は厳しくなっている。
「しかし、その人物は無言で通過した。間違いありませんね?」
私の確認に、夫人達が頷く。
ここに違和感はなく、むしろ納得の方が強い。
聖騎士とは、それほどまでに名誉ある職業であり、王室から迷宮の単独踏破を許されている数少ない資格者なのだ。
……話を戻そう。
その人物は、ダンジョン探索の許可書を掲げ、入り口へと向かう。
どう見ても本物で、しかも掲げているのは聖騎士だ。
一門兵がこれを阻めるわけがない。
そうして聖騎士は、堂々ダンジョンへの入場を果たす。
「そこからが快進撃だったと、耳にしています、よ」
夫人のひとりがうっとりと語る。
まず手始めに、モンスターに襲われて腰が抜けてしまった新米冒険者を、自らが盾になることで聖騎士は庇い。
さらに彼らが自らモンスターを討滅出来るよう、お膳立てまでしたのだという。
新米たちはとても勇気づけられ、自信も付けて、感謝しきり。
「つぎに喧嘩をするベテランパーティー、これが罠に落ちる寸前、身代わりになりまして」
人間関係から口論になる。
それ自体はよくあることだが、場所がダンジョンであると一命に関わる。
ふとしたことで揉めてしまったパーティーは、周囲に罠があることに気が付かなかった。
だが、割り込むようにやってきた聖騎士が一歩前に進むと、落とし穴と隠し弓と、吊り天井が同時に襲いかかり、パーティーは冷や汗を噴き出すハメになる。
こんなものを真っ向から喰らっては、挽肉になってしまうのではという恐怖。
「けれどもそこは聖騎士様! 強固な防御魔術の付与された、白銀鎧が脅威を弾く!」
語り慣れた様子で口にされるまた別の夫人。
どうやらこのエピソードを、ここ数日で相当擦ってきたようだ。なんという手練れだろうか。
さて、とにもかくにも無事に起き上がった聖騎士は、さらにダンジョンの奥へと向かう。
ときに財宝を手に入れ、それを食い詰めものの冒険者へと施し。
あるいは行き倒れのならずものにポーションを飲ませて助け、改心させ。
「そして最後に起きたのが、落盤事故!」
どこかの誰かが、もしくはモンスターへと使ったのか。
巨大魔術によって引き起こされた崩落という事故の最中、聖騎士は殿を見事に勤め上げる。
逃げ惑う人々の最後尾で、ずっとモンスターや魔力の爆発、岩盤を押しとどめ、ひとりの死者も出さずに避難誘導をして。
「さしもの聖騎士様にも限界が! 崩れ落ちる聖騎士様! されど騎士は餓えども全身甲冑。治療を固辞! まずは周りのものから行うようにと示しまして」
治療を受けてくれと、周囲が必死に説得しようとも、聖騎士はそれを拒み続け、全員が回復術の恩恵を預かったのを見て、初めて前のめりに倒れたのだという。
派遣された医療団は即座に回復術を発動。
「するとたちまち立ち上がる聖騎士様。なにも言わず、見返りも求めず、ダンジョンから立ち去っていく迷宮問題解決のスペシャリスト。あまりに威風堂々、気っぷのよさに、ついた渾名が〝人徳の聖騎士〟!」
ここまでで話が終わっていれば、単なる美談で済んでいただろう。
しかし、話はもう少しだけ続く。
「……けれどその聖騎士さま、当日のうちにお亡くなりになったらしいのですわ。ええ、ダンジョンの麓にある街でご遺体が発見されて。全身鎧を脱いで綺麗に揃え、祈るように手を組んで息絶えていたとか」
つまりこうなる。
ふらりとどこからか現れた聖騎士様は、自らの命を省みることなく冒険者を数多救い、そして天に命を返したのだと。
……そう、ものすごく大衆が好みそうなお話になってしまったのだ。
結果として、いま現地では、聖騎士様の銅像を建てようという話が持ち上がっており。
また別の地域でも、この逸話を吟遊詩人達が尾ひれ胸びれまで付けてばら撒いているらしく、収拾がつかず、よって夫人達が話題にするほど領主達は頭を悩ませているのだとか。
当然のことだろう。
過剰な偶像崇拝は、そのまま一つの宗教となる。
どれほど高潔な人間の逸話であっても、それが民草を煽動する可能性があるのなら、どこかで手を打たなければならないのだ。
「それで、どうでしたか、ラーベさま? このお話はお気に召しまして?」
夫人の取りまとめ役である方が、話をしめようと、そんな問いかけをしてくださる。
けれど、私は。
「どうしても、気になることが一つあります」
「……それは?」
「はい。果たしてこの聖騎士様――」
本当に、聖騎士様だったのでしょうか?




