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第一話 名探偵令嬢、過保護な扱いを受ける

第三部、開幕です!

 ……べったりだった。

 ここしばらく、私の伴侶たる閣下――エドガー・ハイネマン辺境伯は、異常なまでの過保護を発揮していた。

 政務があるというのに四六時中私を側に置き、なんなら膝の上に座らせ、それこそ鳥かごのように両手で抱きしめて仕事をして。

 いまだって執務室で抱きかかえられたままである。


 はっきり言って、想いが重いとか重たくないとか以前に、すごく鬱陶しかった。


 もちろん、たびたび私が誘拐されるのもよくない。

 心配される閣下の心情も、一応だが察せられる。

 とはいえだ。

 いくらなんでも、おはようからおやすみまで、お休み中すら抱きしめられていては一息つく暇もない。


「なので閣下、どうか(いこ)われてください」


 私はやんわりと(たしな)める。

 心配だったのは、彼の体調だった。


 おはようからおやすみまで、お休み中すらといったが、これには誇張が一切無い。

 エドガーさまは一睡もすることなく、日夜私の警護に当たってくださっていたのだ。

 それも激務たる辺境伯の仕事を全うしながら。


 限界が来るのは目に見えていた。

 事実、日が経つにつれ彼の目の下にあるクマは色濃くなっていき、もはやメイクで隠すことも難しい始末。


「心より案じております」

「小鳥、籠になると誓ったのはこちらだ」


 であるにもかかわらず、彼は強弁する。

 血が滲まんばかりに強く拳を握りしめ、唇をかみ切ってしまいそうなほど歯がみをしながら、不甲斐ないと、己を呪う。

 それほどまでに、彼は自分を責めていた。


「だが――この振る舞いがおまえを不安にさせるというのならば、改めねばなるまい」


 閣下は大きく息をつく。

 エドガー・ハイネマンは上位貴族である。

 なによりも、立派な大人だ。

 分別がつき、どれほど内心に秘めたるものが大きく熱くても、間違った決断など下さない。


 だから彼は、此度(こたび)もまた正しい選択をした。

 そっと、あるいは名残惜しそうに。

 私の身体を解放してくれたのだ。


 確かに、籠の中は居心地がいい。外敵はいないし、推理するだけならば支障も無いだろう。

 けれど、私はいつしか、もっと多くを望むようになってしまった。


「ラーベ?」

「はい、エドガーさま」


 彼の腕の中で見る景色よりも。

 その隣に寄り添ってみる景色の方が、ずっと価値あるものだと、知ってしまったのだから。


「おそばに居ります。だって、夫婦ですから」

「――――」


 閣下の瞳が、穏やかな水色になる。

 彼は私を抱きしめようと手を伸ばし、途中で止めて。

 そっと、私の頬へと触れる。


「……口づけを、許してくれるか」

「明日からの閣下が、以前までの閣下と同じように振る舞ってくださるのなら」

「難しいな、だからこそ吊り合う褒美だ」


 頬に添えられていた手が、私の顎をクイリと持ち上げる。

 そして、彼の眉目秀麗な顔がゆっくりと近づいて、気恥ずかしさから、私は瞼を閉じ――


 ギシ、ギシ――ドタン!

 ドサドサ!


 ……酷い音がして、うっすら目を開けると、うんざりした顔の閣下。

 彼の視線を辿れば、壊れた入り口の扉と、そこで山積みになっている使用人さん達。

 先頭にいるのは、オレンジ髪の親友で。


「貴様ら……」


 ゆらりと私から離れた閣下が。

 これまでに無いほどの怒りに双眸を燃やしながら、雷を落とす。


「揃って一ヶ月の減俸だ!」



§§



 さてはて。

 カレン達の暴走が(こう)(そう)したのか否か、それは誰にも解らない。

 ただ、閣下の中でも幾分か心変わりがあったらしく「一己の人格、その尊厳を守るべし」というお言葉をいただき、私はようやく単独行動を許された。

 ……傍聴術式入りの指輪を贈ってきた人物の言葉とは思えないが、その程度には私の現状は逼迫(ひっぱく)していたとも言い換えられた。


 というのも、職務が山とたまっていたからだ。

 辺境伯夫人となれば、毎日遊んで暮らしているのではないか、民草の皆さんからはそのように思われているかもしれない。

 しかし実際のところ、私の仕事は根回しである。


 様々な客人を持て成し、あるいはパーティーに参加し、貴族や大商人の伴侶である方々と対話。

 お家の事情を互いにすり合わせ、円満な解決と最大の利益が出るようにする。

 そういった責務を負っていた。


 ここ一ヶ月ほどは常に閣下がおそばにいたので不可能だったが、いまはそうではない。

 なので今日、私はとある名家のお茶会へとお呼ばれしていた。

 もちろん、前述した役割を果たすためであるが……傍目には優雅なお茶の席としか見えないだろう。


 幾つかの問題と意見が出揃い、それぞれがどう家の采配を取ればいいか、その指針が煮詰まった頃。

 ひとりの女性が、「そういえば」と声を上げた。


「お聞きになりましたか? 聖騎士さまのお話」

「ああ、ダンジョン調査で起きた大崩落の一件でございましょう?」

「耳にしております、ね」


 どうやら彼女たちの領地、そこに隣接するダンジョンで起きた事件の話らしい。

 〝結社〟の一件以来、ダンジョンはその解明が急務となっており、正式な資格を持って探索に望む冒険者達は婦人方から英雄視されていた。

 冒険者と言えば粗野……なんて偏見も既に遠く、〝わかいつばめ〟をさがすぐらいのつもりで、若手を物色するマダムもいるとか、いないとか。

 これもそんな、一山いくらの四方山話(よもやまばなし)なのだろうと気を抜いていたときだ。


「なんでも、民草を助けて重傷を負われた聖騎士様が、回復術で完璧に回復したその日のうちにお亡くなりになったとか。不思議なこともございますわね」

「――すみません、そのお話、詳しくお聞かせ願えますか?」


 反射的に食いついてしまった私を見て、他の面子(めんつ)が微笑ましいものを見るような顔をする。

 ……白状すれば、実はこれが初めてではないのだが、ともかく。


 私は、その奇妙な事件の話を、聞くことになるのだった。


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