第六話 皆人類魔獣化事件(答え合わせ) 後編
「メイド、転移による脱出は?」
「不可能です旦那様。周囲に噴き出す魔力量が多すぎて、阻害されてしまいます」
閣下とカレンの対話は、こそ泥さん達もまた逃げられないことを示していた。
残り時間は僅かしかない。
このまま座して待てば、全員が獣に落ちるのみ。
私は、両手を顔の前で合わせた。
「……まるで、神に祈るよう」
リーゼのそんなつぶやきも、ほとんど耳に入らない。
神などどうでもいい。
いま必要なのは、この極限状態における解決法。
数十秒先の未来をたぐり寄せるための謎解きだ。
「――全ては、明瞭です!」
私はリーゼへと詰め寄る。
「この塔は魔獣化術式の中心にして増幅装置、開かずの宝箱を子機とするならば親機。間違いありませんね?」
「え、ええ、そうですわ。けれどいまさらそんなことを確認しても」
「であるなら、中核を破壊すれば、起動は止まるはずです」
〝開かずの宝箱〟には自衛手段としてのミミック化があった。
これをアクティブにするためには、ゴーレムと同じコアを装填する必要がある。
私たちが幽閉されている塔が最大威力を発揮するのならば、その起動鍵であるコアと、魔力を貯蓄している本体を破壊すればいい。
「ですがお嬢様、宝箱と同じ材質のものに魔術は効きません」
「そうだ、無名都市の地下迷宮と同じようになってしまうんじゃないか?」
カレンとシャオリィさんの危惧はもっともだ。
けれど、開かずの宝箱を、そして地下迷宮を破壊する確実な手段が一つだけ存在する。
それは――
「単純なる暴力。絶対なる破壊の具現。閣下、ティルトーならば!」
「……俺を信じるというのか。あのときお前を抱き止められなかった俺を」
注がれる眼差しは、今までにないほど弱々しい紫色に揺れている。
確かに私は一度、彼の思いに惑った。
だって、私のような失敗作を愛してくれる人なんて、好きになってくれる誰かなんているはずがないと思っていたから。
けれど、違ったのだ。
理由など、無意味なのだ。
あんなにも凄絶な、必死な顔で私の元へ駆け付けて、そして求めてくれた彼を疑うなど。
妻として、伴侶として、あってはならない!
だから。
「私は信じます。閣下自身を。それでもあなたが、あなたを信用出来ないというのなら」
そっと、剣を掴む彼の手に、私は指を添える。
斬魔の利剣を、ともに執る。
「きっと証明します。だって私は、どんな謎だって解かなければ気が済まない、あなたの妻なのですから」
「そうか」
「そうです」
「ならば……ともに征くぞ――ラーベ!」
「おともします」
「あ、お待ちくださいお嬢様! ふさわしい舞台には、ふさわしい装束を!」
頷き合っていた私たちの間に、いつも通り空気も読まずに、或いは読んでカレンが割って入ってくる。
彼女は背負っていた荷物をほどき、全力で魔術を発動。
次の瞬間、私の格好は純白のウェディングドレスから、漆黒のドレスへと変わって。
「ぜぇぜぇ……極近距離なら転移魔術でお召し替えぐらいは可能です。ドレスは迷宮蜘蛛のスパイダーシルクを用いた最上級品。靴はシェレン氏が仕上げた傑作ハイヒール。手袋は普段のものに増して耐久力を引き上げ、ティアラには蛍石を使用」
彼女の説明が、やはり耳に入らない。
なぜならエドガーさまがこちらを見遣り、大きく目を見開いていて。
その瞳は、優しい黄金の輝きに満ちていて。
「よく似合う」
「エドガーさまの、ご用意くださった衣装ですから」
「いや、その美々しさの中央はお前だ、ラーベ」
「…………」
「…………」
「惚気ている場合ですの!? このままだとわたくしたち、お姉様ごとヒトデナシになるんですのよ!?」
照れ照れと互いに見つめ合っていると、リーゼがキレた。
そうだ、もう時間がないのだった。
「さあ、行きましょうエドガーさま」
「応!」
私たちは、刃を振り上げる。
断ち切るのはエドガーさま。
コアの場所を推理し、狙いを定めるのは私の役目。
「鉄扉切りよ、いまこそその真価を示せ……! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
裂帛の気合いとともに、閣下が、私が。
刃を、振り下ろす。
そして。
そして――




