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第四話 解決編

「急に呼びつけるなど、とち狂いましたか、お姉様?」


 第三王子と一緒にやってきてくれたリーゼは。

 言葉のとげとげしさとは裏腹に、じつににこやかな表情をしていた。


「この王権転覆計画――大陸人類魔獣化作戦を打ち砕く算段でもつきましたか?」

『ぐるああああああ!』

「おすわり!」


 不穏な言葉を唱えた刹那、第三王子が襲いかかるが、彼女は鞭の一打ちでこれを沈静化させる。

 同時に、やはり嗅ぎ覚えのある匂いが、鼻先をくすぐった。

 ……うん、やっぱり間違いない。

 私は、妹を真っ直ぐに見て、小さく頷く。


「はい、この計画を阻止する方法を思いつきました。同時に、どうやって大陸中を魔術の対象として選択出来たのか」

「その謎も解けたと? では、お聞かせ願いましょうか、出来損ないと呼ばれたお姉様の推理を!」


 十全なお膳立てを受け。

 私は、口を開く。


「最初に疑問を感じたのは、大陸の全人類を対象に魔術などかけられるのか、ということです」


 それは途方もない準備期間と、膨大な魔力。

 なによりも術者の演算能力は、一朝一夕ところか数十年準備してもまったく足りないだろう。


「よって全ての人物……というよりも主要な領地でしょうか? これを対象にするというのは、不可能事だと思えました」

「ですが、〝結社〟は実行しますわよ」

「はい、なので逆なのではないのかと考えたのです」


 妹が口の端を小さく持ち上げた。

 私は表情を変えずに続ける。


「その、魔術の影響(・・・・・)が及ばない場所(・・・・・・・)にこそ意味があるとしたら?」


 たとえば、この塔だ。

 ここでは私もリーゼも人の姿を保っているし、魔術的な干渉を受けている気配もない。

 大陸人類全てを魔獣へ変貌させるという、世紀の大術式が完成していないこともあるだろうが、他で影響が出ている以上あまりに不自然だ。


「では、被害が大きい場所はどうなっているかということになります。リーゼが親切にも――」

「お姉様を絶望させるために!」

「……そうですね、私を絶望させるために延々見せてくれた映像によれば、魔獣化現象は、ある特定の地域でより顕著に見られることが解りました」


 それはどこか。


「ダンジョンを近隣に持つ領地や町です」

「たまたまではありませんこと?」

「もちろんそうであるとも考えられます。けれど、ダンジョンと聞いたとき、私は市場に浸透している、とある存在が思い浮かんだのです。そう――〝開かずの宝箱〟が」

「我がクレエア家が生み出した傑作の一つ、悪意の箱ですわね」


 彼女が殊更(ことさら)に胸を張る。

 ……それこそが、いまリーゼが〝結社〟に協力している理由なのだろう。

 彼女は悪人であるし、悪辣(あくらつ)であるが――邪悪ではない。


「宝箱には魔術式が刻まれ、それ自体が魔導陣として機能していました。周囲の魔力を吸い取ることで半永久的に機能し、一定の条件が揃ったとき、箱を開けようとした人間に襲いかかるミミックとしての術式です」


 だが、この機能自体がフェイクだとすれば?

 箱を守るための自衛手段だと仮定すればどうなるだろうか?

 開かずの宝箱は、壊れない箱だ。

 移動させることは出来るが、不本意な場所へ持って行かれるのは困るので、防止策を付けた。そう考えることも出来るのではないか。


「憐れなお姉様は、いったいなにを仰りたいのですか?」

「単純なことです、リーゼ。単一で、純粋な目的がそこにあると言っているのです」


 開かずの宝箱は、それ自体が魔導陣。

 術者を必要とせず、永続的に稼動する。

 加えて魔術では決して壊せない。

 ならば。


「その宝箱を基点として、大陸自体に魔導陣を描けば、どうでしょうか?」


 いわば、宝箱による魔術文字。

 そう、これこそ。


「千年以上にわたって画策された、人類を別のものへと変貌させる計画。その要石こそ〝開かずの宝箱〟だった。違いますか、リーゼ?」



§§



喝采(かっさい)を! 我らが悲願の明かされた、クレエアにいまこそ喝采を!」


 たったひとりの万雷の拍手。

 それを為すリーゼへ、魔獣が襲いかかることはない。

 これ以上、迂闊(うかつ)な発言をするつもりはないという意思表示。

 同時に、私の推論が正解であるという(メッセージ)


 各地のダンジョンに点在する宝箱。

 これをいまになって運び出し、様々な地位にいる人間が観賞用として飾る。

 もしもその配置を徹底出来たならば、完成するのは、大陸全土を巻き込んだ魔導陣だ。


 これに必要な魔力は空間中から供給される。

 描かれた術式は、どれほど強い衝撃を受けても壊れない。

 まことに恐るべき、最凶最悪の大魔術。


「皆人類魔獣化魔導陣――ヴァーン・ドーラ・ボックスとでも名付けましょうか。きっと、犯罪王の祖先も一枚噛んでいるのでしょうから」

「ネーミングセンス皆無なお姉様にしては及第点(きゅうだいてん)ですわ。けれど、大事なことを忘れていてよ。謎を解き明かしたところで――この状態で、打つ手なんてあるのかしら?」


 彼女が鞭を打ち下ろす。

 例の香りが飛散し、第三王子が。

 そして、どこに潜んでいたのか無数の魔獣、人だったもののなれの果てが大挙して姿を現す。


 映像の向こうでは、いよいよ魔獣達が一大攻勢へと乗り出した。

 人々が、蹂躙されていく。


「言ったはずですわよね、お姉様。お姉様を生贄とする結婚式は、わたくしの一存でいつでもはじめられると」


 ……そう、状況は行き詰まり。

 万事休すであることには変わりない。

 このままでは、私は第三王子のつがいにされ、大魔術を維持するために子どもを産み続け、それを生贄にすることとなる。

 きっと、永遠にも近しい時間を。


 だが、この程度のこと、きっとあのひと(・・・・)は解っていた。

 でなければ……ここまで心穏やかに、推理など出来なかったのだから。


 私は、そっと指輪に触れる。

 これを、リーゼへと見せつけるように掲げる。


「何のつもりですの?」

「政略結婚を、私はしました」

「……そうですわね。不幸で、憐れで、惨めな結婚、最悪の男に手込めにされ――」

「私の伴侶は大変嫉妬深く、どうやらこの指輪に、傍聴術式(聞き耳)を仕込んでいたようなのです」

「――はい?」


 首をかしげたまま、表情を凍り付かせるリーゼ。

 私は告げる。

 伴侶の、何か重すぎる想いを。


「よって、無名都市で指輪を渡されてからこっち、すべての会話は筒抜けになっています。なので随分苦労しました。お風呂に入るとき、寝る前、指輪を外すのが不自然ではないかと常に考えることとなり」

「え? え? 何を仰って……え? それはちょっと――ドン引きですわ」


 本気で引くと、渋面を浮かべる彼女。

 私だってそう思う。

 けれどいまは、その重すぎる想いこそが、突破口になる。


「つまり、〝結社〟の悪巧みは全て伝わっているはず」

「助けにくる、と言いたいのですか? あり得ませんわ! この場所を特定するなど」

「そこで最初の問い掛けに戻ります。本当に大陸全土を覆うほどの術式を構築出来たのか? 答えは、否でしょう」


 なぜならば。


「〝結社〟は自分たちまで魔獣になることを望んでいない。あくまで現在の権威体制をひっくり返し、自分たちが国の盟主になれるように取り計らっているはず。だからこの制御塔は術式が干渉せず、彼らがいる場所も安全地帯で」


 そして、その場所は極めて限られる。

 単刀直入に言えば――どのダンジョンから最も遠く、開かずの宝箱が一切配置されていない地帯。


「座標はいまこそ特定されました。よって、来たるでしょう、あらゆる邪悪を打ち倒す防人(さきもり)が」

「――っ、させるものですか!」


 リーゼが鞭を打ち、魔獣たちがこちらへと走る。

 だが、遅い。


 くる。

 私の親友の術式を使って。

 誰よりも速く。

 あの人が。


「ラーベェエエエエエエエエエエエエエエ!!!!」


 空間を引き裂き、裂帛(れっぱく)の気勢を上げ。

 雷の如く魔獣を蹴散らしながら、彼は舞い降りる。

 いままで見せたこともないような決死の表情で、私へと手を伸ばし、私を抱きしめ、そして耳元で囁くのだ。


「俺を、呼んだな?」

「はい、閣下」


 彼は。

 エドガー・ハイネマンは。

 私を守るように愛剣を引き抜き、虹色の瞳で対敵を(にら)み付け、告げた。


「我が妻を害するあらゆる愚物ども、鉄扉切り(ティルトー)の露と消えよ」

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