第三話 囚われの花嫁は推理をする
「このままお姉様が本領を発揮しないのであれば――大陸は〝結社〟の思惑通り、従来人類は住処を失うでしょうね、寄る辺も、肉体も、尊厳も!」
去り際にリーゼはそう言った。
人が滅ぶときが来ているのだと。
しかし、私の本領とは何だろうか。
悩むまでもない、謎解きだ。
どれほどメンタルが失調し、どれほど肉体が悲鳴を上げても、私の頭脳と魂は目前の謎から目を背けることを由としない。
自動的に、あらゆる疑義は検証され、推察され、論理的な解答となって出力される。
閣下に対する全ても。
そして、この〝皆人類魔獣化事件〟だって。
「……ふぅ」
大きく息をつき、状況を整理する。
リーゼの言葉が正しければ、〝結社〟は大陸中の人々をモンスターに変えようとしている。
これは既に実行されており、各地で変異が始まり、混乱が起きている。
しかしなんらかの理由によってモンスター化に抵抗力を持つ人間がいて、これを突破するためには私が生贄に捧げられなければならない。
大陸全土を魔術の効果範囲として指定するためには、なんらかの仕掛けが必要。
すくなくとも単独術者には不可能で、術者が百人いても十年ではまったく準備が足りない。
「されど、現状で魔術は成立してしまっている」
この例外則にこそ、謎を解く突破口があるはずだ。
第三王子についても気になる。
一度は死亡したと発表がなされた王族が生きていた、というのは大問題だ。
しかもモンスター化している。
露見すれば、スキャンダルでは収まらないだろう。
そもそも、彼は本当に第三王子なのか。
確信はないが、薄弱な根拠はある。
顔や指紋、足の形が万人違うように、特定の血筋では魔力に個性が出る。
あの魔獣から感じる魔力は、確かに王都で出会った第三王子のものと似ている……ような気がする。
それでいえば、私が生贄に選ばれたことも納得がいく。
魔術に優れているわけではないが、クレエアの血筋もまた、独自の魔力波長を持っているからだ。
それが必要だった、と考えることは不可能ではない。
だが……やはり論拠としては弱い。
他の仮説はいくらでも思いつく。
そもそも別人が変異している。
魔獣は人が変貌したものでなく、初めからそういう形の人工生命であった。
第三王子という確証がない以上、こじつけも捏造も容易いこと。
仮に、彼の起源が紐解ければ、思考の取っかかりも出来るのだが……。
……いや、待てよ。
リーゼは、あの魔獣をトリガーだと言った。
もしも最初の犠牲者が彼であるなら?
飛躍した発想だが、そうであるなら真相へのアプローチ手段は幾つかある。
第三王子はリーゼによって籠絡され、薬物を幾度も摂取していた。
つまり、なんらかの薬品を河川や貯水池に散布したことでモンスター化が起きている可能性だ。
これは現実的に一番あり得そうである。
なぜなら、水が乏しい砂漠では変化するものが少なかったからだ。
「いいえ、この思考は違う」
間違っている。
水源が汚染されているのなら、変化はここまでまばらにならない。もっと一斉に人がバケモノになっていたはずだ。
そうなっていないのなら、やはり魔術を使用していると考えるべきだろう。
普通の魔術では駄目だ。
効果が残存するもの、広域に仕掛けられるもの。
私は、指輪を撫でた。
「つまり、魔導具、でしょうか」
大陸各地に大量の魔導具が設置されていれば、それが周囲に影響を及ぶことも充分考えられる。
体質や遠近で誤差が出ても不思議ではない。
けれど、普通に仕掛ければ絶対に警邏隊が気が付く。
ただでさえ大陸動乱から日が経っていないのだ、検閲はどこも厳しいはず。
魔術の波長だって、長じた術者なら掴めるだろう。
それらが極力抑えられる環境。
発見されることが少ない外見――これは、発見されても問題ない外見と言い換えることも出来る――そんな魔導具。
「待って下さい」
リーゼが私に絶望を与えるため、表示し続けている各地の映像を見詰める。
次々に変わる映像は、多くの町並みをうつす。
一見してランダム。けれど、引っかかるものがあった。
「そうか、ダンジョンに近い地域」
辺境伯領を筆頭に、目につくものはどれもダンジョンと隣接している領地が多い。
迷宮や洞窟、古代の遺構、そういったものがない地帯では、比較的魔獣化が穏やかだ。
これはどういうことだろう?
いわゆるスタンピード。
モンスターの大量発生と機序が似ている、みたいなことだろうか。
歴史上、この大量発生はたびたび起こっており、多くの犠牲者が出て、そのたびに各地の兵士団が平定してきたという事実がある。
これと今回の事件に関わりがあるとすれば。
そして、それが大陸全土を包む術式に関係しているならば?
思い出せ、これまでに閣下とめぐった土地を。
あらゆる場所の風景を。
その中で、脳裏に浮かぶ共通点とは?
「…………」
私はゆっくりと、顔の前で両手を合わせた。
ルーティーンが、あらゆる雑念、人間として必要な部分さえも排除して、私を純粋な推理機巧へと変貌させる。
長い、長い思考。
これまでにない演算の果て。
私は――
「すべて、明瞭になりました」
塔の頂上でひとり。
真実を、開陳する。
「この事件――〝開かずの宝箱〟による大量殺人です!」




