表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/129

第三話 囚われの花嫁は推理をする

「このままお姉様が本領を発揮しないのであれば――大陸は〝結社〟の思惑通り、従来人類は住処(すみか)を失うでしょうね、寄る辺も、肉体も、尊厳も!」


 去り際にリーゼはそう言った。

 人が滅ぶときが来ているのだと。

 しかし、私の本領とは何だろうか。

 悩むまでもない、謎解きだ。


 どれほどメンタルが失調し、どれほど肉体が悲鳴を上げても、私の頭脳と魂は目前の謎から目を背けることを(よし)としない。

 自動的に、あらゆる疑義は検証され、推察され、論理的な解答となって出力される。

 閣下に対する全ても。

 そして、この〝皆人類魔獣化事件〟だって。


「……ふぅ」


 大きく息をつき、状況を整理する。


 リーゼの言葉が正しければ、〝結社〟は大陸中の人々をモンスターに変えようとしている。

 これは既に実行されており、各地で変異が始まり、混乱が起きている。

 しかしなんらかの理由によってモンスター化に抵抗力を持つ人間がいて、これを突破するためには私が生贄に捧げられなければならない。

 大陸全土を魔術の効果範囲として指定するためには、なんらかの仕掛けが必要。

 すくなくとも単独術者には不可能で、術者が百人いても十年ではまったく準備が足りない。


「されど、現状で魔術は成立してしまっている」


 この例外則にこそ、謎を解く突破口があるはずだ。

 第三王子についても気になる。

 一度は死亡したと発表がなされた王族が生きていた、というのは大問題だ。

 しかもモンスター化している。

 露見すれば、スキャンダルでは収まらないだろう。


 そもそも、彼は本当に第三王子なのか。

 確信はないが、薄弱な根拠はある。

 顔や指紋、足の形が万人違うように、特定の血筋では魔力に個性が出る。

 あの魔獣から感じる魔力は、確かに王都で出会った第三王子のものと似ている……ような気がする。

 それでいえば、私が生贄に選ばれたことも納得がいく。

 魔術に優れているわけではないが、クレエアの血筋もまた、独自の魔力波長を持っているからだ。

 それが必要だった、と考えることは不可能ではない。

 だが……やはり論拠としては弱い。


 他の仮説はいくらでも思いつく。

 そもそも別人が変異している。

 魔獣は人が変貌したものでなく、初めからそういう形の人工生命であった。

 第三王子という確証がない以上、こじつけも捏造も容易いこと。

 仮に、彼の起源(オリジン)が紐解ければ、思考の取っかかりも出来るのだが……。


 ……いや、待てよ。

 リーゼは、あの魔獣をトリガーだと言った。

 もしも最初の犠牲者が彼であるなら?

 飛躍した発想だが、そうであるなら真相へのアプローチ手段は幾つかある。


 第三王子はリーゼによって籠絡され、薬物を幾度も摂取していた。

 つまり、なんらかの薬品を河川や貯水池に散布したことでモンスター化が起きている可能性だ。

 これは現実的に一番あり得そうである。

 なぜなら、水が乏しい砂漠では変化するものが少なかったからだ。


「いいえ、この思考は違う」


 間違っている。

 水源が汚染されているのなら、変化はここまでまばらにならない。もっと一斉に人がバケモノになっていたはずだ。

 そうなっていないのなら、やはり魔術を使用していると考えるべきだろう。


 普通の魔術では駄目だ。

 効果が残存するもの、広域に仕掛けられるもの。

 私は、指輪を撫でた。


「つまり、魔導具、でしょうか」


 大陸各地に大量の魔導具が設置されていれば、それが周囲に影響を及ぶことも充分考えられる。

 体質や遠近で誤差が出ても不思議ではない。

 けれど、普通に仕掛ければ絶対に警邏隊が気が付く。

 ただでさえ大陸動乱から日が経っていないのだ、検閲はどこも厳しいはず。

 魔術の波長だって、長じた術者なら掴めるだろう。


 それらが極力抑えられる環境。

 発見されることが少ない外見――これは、発見されても問題ない外見と言い換えることも出来る――そんな魔導具。


「待って下さい」


 リーゼが私に絶望を与えるため、表示し続けている各地の映像を見詰める。

 次々に変わる映像は、多くの町並みをうつす。

 一見してランダム。けれど、引っかかるものがあった。


「そうか、ダンジョンに近い地域」


 辺境伯領を筆頭に、目につくものはどれもダンジョンと隣接している領地が多い。

 迷宮や洞窟、古代の遺構、そういったものがない地帯では、比較的魔獣化が穏やかだ。

 これはどういうことだろう?


 いわゆるスタンピード。

 モンスターの大量発生と機序(きじょ)が似ている、みたいなことだろうか。

 歴史上、この大量発生はたびたび起こっており、多くの犠牲者が出て、そのたびに各地の兵士団が平定してきたという事実がある。

 これと今回の事件に関わりがあるとすれば。

 そして、それが大陸全土を包む術式に関係しているならば?


 思い出せ、これまでに閣下とめぐった土地を。

 あらゆる場所の風景を。

 その中で、脳裏に浮かぶ共通点とは?


「…………」


 私はゆっくりと、顔の前で両手を合わせた。

 ルーティーンが、あらゆる雑念、人間として必要な部分さえも排除して、私を純粋な推理機巧へと変貌させる。

 長い、長い思考。

 これまでにない演算の果て。

 私は――


「すべて、明瞭になりました」


 塔の頂上でひとり。

 真実を、開陳する。


「この事件――〝開かずの宝箱〟による大量殺人です!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ