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第六話 工房と抱っこ

「やはり気がかりです」


 犯行現場、即ちディビットさんの工房へ踏み入ると、私の口からは自然とそんなつぶやきがこぼれた。

 工房内部は雑然としていて、しかしそれは日頃からこうなのか、争った末に散らかったのか判別がつかない。

 鑑定術式による最新の結果はまだ出ておらず、細心の注意を払うためにも私は手袋を装着する。


 革製品の加工や着色を専門としているだけあって、室内には独特の臭気が立ちこめていた。

 ダンジョンで採取されたと思わしき、色とりどりの鉱石。

 モンスターの皮、植物、その他諸々に混じって、幾つかの靴やバッグなどが未完成の状態で転がっている。

 被害者が請け負った仕事の産物だろう。


「気がかりとは?」


 足の踏み場もないような工房を縫うようにして歩く私とは違い、閣下は長い御御足(おみあし)ですいすいと進む。

 その上で、なにを迷っているか解らないという言葉が降ってくるのだから、若干の悔しさすら感じる。

 悔しい、そんな感情が自分にあるとは、思ってもみなかったが。

 いや、以前からあったな。

 謎が解けなければ悔しい。

 つまり私は、閣下の問題解決能力が羨ましい……のかもしれない、たぶん。


「足跡です。ハーフフッドのものとしては、どうしても違和感があります」

「だが、解らない。そうだな?」


 首肯するしかなかった。

 ふむ……ここでいったん、情報を整理してみよう。


 犯行が起きたのは早朝、雨が止み霧が出ていた時間帯。

 被害者は革職人のディビット氏。

 後頭部を幅広で硬いもので一撃されて現在意識不明。


 通報者はアンナ衛士で、騒音と口論を聞きつけ、義務を果たすため詰め所へ走った。

 霧が出ていたと証言しているし、ハーフフッドのものと思われる足跡も確認している。

 被害者とは通い妻のような関係。

 近々結婚するはずだったとか。


 容疑者はシェレンさん。

 靴職人で、事件当日現場から立ち去る大男を霧のなかで目撃している。

 だが、実際には現場にハーフフッドの靴跡が残されており、彼女も自分が製作したものだと認めていた。

 被害者とは仕事上の関係。


 その他に目撃者などは、早朝だったがゆえになし。

 足跡には両脇に線状の跡が確認出来る。


「むむむ……」


 これだけ列挙しておきながら、解らないことが解らない。

 非常にもどかしく、釈然としない。

 なにか、酷く重大なことを見逃しているはずなのに。


「……失礼」


 不在の家主に謝罪をして、隅へと追いやられていた本棚を触る。

 収められていたのは、どうやら帳簿や顧客名簿のようだ。

 ディビット氏は、筆まめな方だったらしい。


「いえ、これは」


 訂正、筆まめで、なにより他者を驚かすことを喜んだようだ。

 納期をうんと長く見積もっておきながら、すぐさま仕事を仕上げたり、市場に素材が出回らない時期に貯蓄を放出してみたりと、非情に善人然としたサプライズを繰り返していたことが読み取れる。


「それに、事前情報通りアンナさんのことを大切にされていたようですね」


 彼女に対する愛情などがまとめられた日記も見つかった。

 他人の日記を見るというのは大変後ろめたい行為だが、謎解きには必要なことだと好奇心で割り切る。

 しかし、肝心なページについてはなぜか欠落していた。

 破り取られたとかではなく、意図的に書かれていない。


 帳簿を見るが、不審な使途不明金がある。

 先ほど導き出した彼の性格から見るに、隠しておきたい内容だったということになるが……しかし、まったく記録を残していないこともないだろう。


 犯行の前後における記述も見つかるかもしれないし、調べる範囲を広げるか。

 そうやってしばらく。

 手の届く範囲は物色し終えたものの、成果はなし。

 頭上を見遣れば、明らかに重要そうな書類束が。


 手を伸ばす、届かない。

 精一杯背伸びしても、やはり届かない。

 自分の矮躯がこんな時ばかりは(わずら)わしい。

 何か踏み台になるものを探そうとしたとき、


「ひゃ!?」


 身体が、突然浮遊した。


 なんだ? まさか、超抜級の術者でも使用が難しいとされる空中浮遊の魔術に開眼したとでもいうのか?

 当然そんなことは有り得ない。

 私は背後を見遣り、唇を尖らせて呻く。


「エドガーさま……」


 閣下が私の両脇に大きな手を差し入れ、ぐいっと持ち上げていたのだ。


「ビックリしますから、お声をかけて下さい」

「……目前で誘うように舞う小鳥を見て、自制しろとは酷なことを言う」

「何を仰りたいのか、もう少し明瞭にお願いします」

「手を伸ばして届かぬなら、俺が支え、力を貸す。夫婦であれば当然のことだ」


 それ自体に否やを言うつもりはない。

 有り難い心意気だとは思う。

 しかし、これは。

 この、閣下に持ち上げられて足が宙ぶらりんになっている様は、気恥ずかしい。

 というかエドガーさま、やっぱりかなりの力持ちで、ちょっと待って下さい、なにか心臓がドキドキと、頬が火照(ほて)って――そうか(・・・)


「閣下、持ち上げてください」

「既に、俺の両腕には荷重がかかっている、羽毛の如き儚さの――」

「いいですから、もっと高く!」

「……こうか」


 私がお願いするままに、彼は力を込めた。

 視点が上がる。

 だが、重要なのはそういうことではない。

 持ち上がる、違う――上に乗る(・・・・)


「閣下、すぐに衛兵さんへ連絡を」

「解決か、小鳥」

「……いいえ。まずは掛け違えならぬ履き違えられた意図を、(ただ)す必要があります」



§§



 というわけで、自宅へ軟禁されているシェレンさんのもとを尋ねた私たちは、一つの質問をすることにした。


「シェレンさん、教えて下さい。あなたは被害者であるディビット氏から依頼を受けていませんでしたか?」

「…………」

「もちろん、顧客に対する守秘義務というのはあるでしょう。しかしこれはあなたの疑いを晴らし、そして哀しい勘違いをしている人物に真実を伝えるため、必要なことなのです。重ねて訊ねます。発注を、受けませんでしたか?」


 彼女は。

 容疑者である店主は。

 ジッと悩んだ末に、重たい口を開いた。


「……受けました」

「それは、どんな靴です?」

「たくさん歩けるように丈夫で、そして靴底がすり減らないよう金属で加工した品物です」

「ありがとうございます」


 私はお礼を言い。

 その場で、両の手のひらを顔の前で合わせた。

 一種のルーティーン。

 思考を加速させ、飛躍させるための儀式。


 左右に線が残る靴跡。

 見つからない凶器。

 そして、歩き回るための金底の靴。


 犯人は、間違いなくあの人物だろう。

 問題は、どうやって一方通行の靴跡を残し、姿を消したか。

 そして、なぜそのような犯行に及んだかだが……。


「すべては、明瞭なことです」


 さあ、謎の解体を、はじめよう。

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