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第四話 靴跡はハーフサイズで

 昨晩の大雨と今朝方の霧が原因だろう。

 地面は大いにぬかるんでおり、取り押さえられたシェレンさんは泥まみれだった。


()めさせよ」


 騒動を目にした閣下は、ただ一言、厳しい声でそう告げられた。

 すると、周囲で様子を(うかが)っていた人混みの中から、ひとりが歩み出る。

 ほんの一瞬前まで別人だったそのかたは、気が付けば衛兵さんの姿をしていた。

 エドガー・ハイネマンの懐刀たる衛兵さんだ。


 彼は、あっと言う間に現職の方々へ話を付け、シェレンさんを解放。

 そうして私たちは、店内で話を聞く運びとなった。

 もちろん公平を期すため、衛兵さんには同職さんたちへの聞き込みを行ってもらっている。


「いったい、何があったのですか?」


 訊ねると、シェレンさんはただでさえ小さい身体をより小さく縮こめて、震えながら告げた。


「ディビッドが襲われたのです」

「失礼。それはどなたで?」

「……ごめんなさいませ。以前お話ししました、染料屋で革職人の男性です。この店の斜向(はすむ)かいに工房を構えております」


 彼女が指差す先は店の外。

 確かになんらかの店舗が看板を出していた記憶がある。


「ディビットさんはひとりでその工房を?」

「ええ、切り盛りしておりました。寝泊まりもそこでしていて……それが、ああ!」

「大丈夫、ゆっくり話されてください」


 こういったときは、あまり矢継ぎ早に問い掛けてもパニックを誘発するだけだ。

 私はシェレンさんの背中を撫でつつ、落ち着くのを待って今一度訊ねる。


「なにが、ありましたか?」

「……わたしも、ついさきほど聞いたのです。ディビッドが襲われたと。ですが」

「ですが、なんでしょう」

「見たのです。早朝、霧のなか、ディビッドの工房の方角へと去って大男の姿を」


 そういえば、ここ数ヵ月、大陸のあちこちで濃霧が発生しているという話を聞いていた。

 関係はないのかもしれないが、彼女はそんな自然現象に巻き込まれたことになる。

 それにしても、大男か。


「実際の大きさは、どのくらいでしたか?」

「解りません。ですが、ハイネマン様より頭三つ分は大きかったかと」


 それはもうトールマンではなく巨人(ジャイアント)だ。

 しかし、それだけで衛兵職の方々に取り押さえられることなどあるまい。

 ゆえに、核心を突く。


「では、どうして先ほどのような状態に?」

「それは……」


 それは、どうして?


「……見つかったというのです。工房から、この店へと続く、わたしの足跡が」



§§



 閣下の懐刀である変装魔術の達人、私が仮に〝衛兵さん〟と呼んでいる人物は極めて優秀だった。

 シェレンさんから情報を聞き出してすぐに、彼は衛兵団が駆け付けた理由を伝えに来てくれたからだ。


 衛兵さんによれば、通報があったのだという。

 詰め所に駆け込んできたのは、ディビット工房の隣に住む女性。

 彼女は工房から聞き慣れない怒声や騒音を聞き、なにかあったのではと通報。

 駆け付けた衛兵団の警邏さんたちは、工房へと続くただ一つの足跡を発見。内部に突入すると、頭部から血を流して倒れているディビッドさんを発見する。


 凶器は硬い板状のなにか、あるいは幅広のハンマーのようなもので、現在鑑識中。

 現場にはシェレンさんが製作を依頼したと思われる靴が散乱。

 そして工房への(みち)に残されていた靴跡が、


「ハーフフッドのものと一致した、と」


 話をまとめると、おおよそそのようなことになるらしい。

 問題なのは、足跡がシェレンさんのお店へと向かって続いていたこと。

 他にディビット工房に続いている足跡がなかったこと。

 シェレンさんのお店からどこかへ向かう足跡もなかったことがあげられる。


 そして彼女には、偽証の疑いもかけられていた。


 確かに、彼女の供述は不可解だ。

 如何に霧のなかで遠近感が狂っていたとはいえ、巨人の如き存在がそうホイホイ町中にいるわけがない。

 当然、捜査機構は疑ってかかる。

 何か知られては(まず)いことがあるから、虚偽を口にしたのではないかと。

 さらに輪をかけて厄介だったのが、現地に残る靴跡を、シェレンさんが自分のものであると認めている点だ。

 彼女曰く、


「ディビッドにテストヘッドとして提供したものです。染料の発色や今年の革製品の出来具合に応じて、新しい技法を試してみようと……。こんな試験にお客様の足形をむやみに使うわけにも行かず、自分の足を図ったものを渡しました。間違いなく、わたしの足跡でした」


 問題はまだある。

 彼女とディビット氏が、数日前に口論を行っていた、という目撃証言があるのだ。

 また、普段から彼ら彼女らは交友があり、仲が良かったと。


「態度が豹変(ひょうへん)したのならば、(いさか)いを疑う。諍いがあれば殺意が生じる余地もある。つくづく人の悪意は度し難いな」


 それを私に話す閣下もどうかと思いますが。

 だが、その通りだ。

 この場には物証、状況証拠、証言、アリバイのなさ、全てが揃っている。

 特に理由がなければ、私だって事件は解決したと思ってしまうだろう。


「では小鳥、お前は何を問題視している。此度の〝謎〟とはなんだ?」


 決まっている。


「シェレンさんが目撃した大男。その正体こそ、謎なのです」

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