第三話 素晴らしき靴の世界 後編
「さて、種族間には当然、差があります。わたしたちハーフフッドは小さく、ドワーフは大きい。エルフは細く、奥様がたトールマンは長い」
「なるほど」
「もっと聞きたいというご様子ですね? では、実物を用いてみましょうか」
彼女は棚から幾つかの靴を取り出し、よく見せてくれた。
「守秘義務がございますから、どなたのものとは公言出来ないのですが……こちらはドワーフのものです」
「右のものだけが、やけに丈夫に固定出来るようになっていますね」
「すぐに気付かれましたね。ハイネマン様、奥方様は大変よい目をお待ちのようで」
「当然だ」
なぜか胸を張る閣下。
しかし、この靴は興味深い。ブーツ上になっており、足首より上までが固定されている。
淑女も外出用の靴はハーフブーツで、はしたないので足首を見せないような造りになっているが、こちらは紐で縛り上げてブレないように固定してしまっている。
また、これ自体が外部骨格のような〝支え〟としても機能しているようであり……。
「なるほど、鞴を踏むためですね?」
「ご名答」
やわらかに微笑む店主。
この靴の持ち主は、ドワーフの中でも鍛冶に関わる人物なのだろう。
鍛冶師は鍛鉄や鋳造の過程において、炉の熱を高めるため空気を送り込む鞴を踏み続けなければならない。
だから足腰に負担がかかり、弱ってくると立つのも難しくなる。
それを補佐するための機巧なのだ。
……楽しい。
靴一つから見えてくる人間模様。
これはまさしく〝謎〟だ。
「俄然興味が湧いてきました。ぜひ私の靴も作って欲しいと思います」
「光栄なお言葉です。では、今度こそ採寸を。それを得ましたらサンプルを作り、フィッティングを試します。なにか、足回りでお悩みなどはございませんか?」
「プロにお任せします」
「承知しました。では、ハイネマン様からご要望は?」
閣下は、一つ頷く。
「普段使いは任せる。だが、ヒールに関してだが色を決めかねている」
色?
靴の色?
……ドレスに合わせておけばいいのでは?
「小鳥、お前は常に間違っていないが、本質的な欠陥を、多くの場合除外している」
「なんでしょうか」
「お前の服は、どれも黒い」
「…………」
なる、ほど。
それは確かに、問題だ。
私自身はドレスなどなんでもいいが、閣下と並び立つとき、どれも黒というわけには行くまい。
なにかこう、多少は煌びやかな色合いも必要だろう。
身につけたことなどないが……。
「ハイネマン様のご希望の色はありますか?」
「確かに妻を俺色に染め上げることは甘美なる味わいだ」
「……はい」
「だが、我がハイネマンの色彩を纏いながら、なお自らの色を見失わぬ様にこそ、真実の意志が宿る。解るな、店主?」
「ええ、ええ、もちろんでございます」
にこやかに応じるシェレンさんだが、絶対に理解出来ていないと断言できる。
私とて、いまの言葉は皆目見当もつかない有様だった。
「でしたら――翠は如何でしょう。辺境伯様の瞳は蛍石の如くと申しますから、合わされるというのは」
「翠か」
「はい、ここ数日、ダンジョンではよい染料が取れると話題になっております。いまから発注をかければ、贔屓にしております斜向かいの加工職人が、よい革に仕立て上げましょう。彼は染色も得意としているのです」
「よい。普段使いのもの、翠のハイヒール、加えてこの小鳥はどうせ黒を着る。同色の靴も頼もう」
「かしこまりました」
なんてとんとん拍子に進んでいく商談。
けれど私が気になっていたのは、ダンジョンのことだった。
辺境伯領が、他の地域よりも賑わいを保っている理由の一つが、迷宮探索の整備にある。
ギルドの発達と多くの冒険者達。
彼らの活躍があってこそ、ハイネマン領は大陸の中で輝いているのだ。
よし、ここは思い切って訊ねてみよう。
「シェレンさん、ダンジョン関連で、変わったことがあった、これまでなかったことを聴いた、というような話はありますか?」
「そうですね……宝箱が以前よりも多く見つかる、という話は耳にしておりますね。それも開かない宝箱だとかで、物珍しいので各地で買い求められているとか」
「そう、ですか」
絶対に開かない宝箱。
悪意の結晶たるダンジョンの秘宝。
それが頻繁に見つかるようになり、各地で重宝されている。
ちょっとばかり、留意しておくべきことかもしれない。
あとで閣下と相談しよう。
「そういえば閣下、ドレスに靴の色を合わせる、という話ではありませんでしたか?」
「合っている。ゆえに小鳥、この採寸を終えたなら、次はテーラーに向かう。生地を見繕うぞ」
「え?」
靴って、すぐに出来るものじゃないのですか?
そんな疑問に、シェレンさんが申し訳なさそうな表情で頭を垂れる。
「仕様にもよりますが、早くても数日はお時間を頂きますね。お待たせしてしまって申し訳ないのですが、わたしどもにも職人としての矜持がございまして」
「もちろん、それは必要なことです」
知らなかった。
結構大変なのだ、靴作り。
「期待しておくことだ、ラーベ。店主の技は、辺境随一ゆえな。我らが披露宴を華やかに彩ることだろう」
「披露宴?」
「外向けの挙式だ。まだやっていない」
「……身に余ることです」
いや、本当に。
ちゃんとした結婚式だなんて、望んだこともなかったのだから。
それがいまは、なんだか待ち遠しくて。
「楽しみです、すごく」
こんなにも、胸が弾むのだから。
§§
こうして、私たちはシェレンさんの靴屋を後にする。
だが、数日後。
フィッティングのため訪れた店の前で私たちが目にしたのは、
「違います。わたしは誰も害してなどおりませせん、信じてください、見たのです! 霧のなか逃げていく大男の姿を!」
衛兵に取り押さえられて無実を訴える、シェレンさんの姿だった。




