閑話 犯罪王の継承者事件 ~犯人視点~
おお、偉大なる煙龍よ。
汝はこの老体に試練を与えられるのか――
犯罪王歴うん十年のゾッド・ヴァーンともあろうものが、ものの弾みで息子を昏倒させてしまうなど、齢を重ねるのも考えものだな。
今後の組織運営について話し合っていたところ口論となり、気が付けば気絶させてしまったのだ、手刀で。
なかったことには出来ぬだろう。
……というか、これは凄まじく拙くない?
好色な息子のことだ、目を覚ましたところで嫁のひとりかふたり見繕っておけば寛容に許してくれるやもしれぬ。
だが……こやつ、無名都市を売り払おうとしておった。
許してはおけぬ、色恋に現を抜かした挙げ句、伝統ある家業を売り払うなど……。
とはいえだ。
このまま祭壇の扉から外に出れば、儂がやらかしたことは明らか。
そして息子の愚行を放置するなど、父親としては看過しがたい。
体面などどうでもよいが、体裁は整えねばならぬ。
幸い〝結社の司祭〟に変装していたため、現時点では誰も儂が関与しているとは解らぬはず。
ふむ……とどめ、刺しておくか?
よし、やろう。やってしまおう。
必要なことは何か、決まっていよう、脱出ルートの選定だ。
儂は犯罪王。
体裁を繕いつつ、とどめを刺し、脱出経路を導くなど朝飯前!
……のはず。
なのだが。
うむ……えっと……。
まずい、齢を重ねすぎて頭がぼけてきておる!
ぜんぜん何も欠片も思いつかない。
全て自分の罪であるのに若干、自棄にまでなってきているし、無性に酒が飲みたい。
はっ!
そういえばタルバが壊した龍血杯は水を転移させる魔導具であったか。
あのような感覚で、この祭殿を水没させれば……いける、通気口から、儂の身体なら充分すり抜けられる!
あとはこやつが溺れるまで水を維持すればよい。
早速決行だ!
などと意気込んだものの、このトリック、老人にはいささか負担が多すぎるのではないか?
人はそう簡単に窒息などしない。
加えて、既に水をばら撒いているが、全身が濡れて急速に体温が奪われていく。
老骨には堪える。
脂肪、息子の太った身体がいまは羨ましい……!
とにもかくにも全力で水を生成し続けて――
ふ、ふふふ……やったぞ!
ついに、なんとか、地上に這い出すことに成功した!
身体の震えが止まらないが、今のうちに皆と合流しなければ……。
寒い、息が切れる、膨大な量の水を出したことで魔力も底を突いていて瀕死。
ヒューヒューと鳴る喉を意志の力で律し、地下迷宮を駆け下る。
扉が破壊されそうになるギリギリまで息を整え、何食わぬ顔で養子たちのもとへ合流。
ポーカーフェイスと隠蔽術式で、ここは何としても乗り切る……!
駄目であった。
なぜか息子が龍のオブジェに引っかかるというアクシデントに対応出来なかった。
加えて煙龍の祟りとはなんぞ?
しらん……儂はそんなこと考えておらん……。
案の定、クレエアの末裔が違和感を覚えおった。
当然極まる、儂でもおかしいと思う。
なんとなく一同が空気を読んで、〝結社の祭祀〟について口を噤んでくれておるが、これは時間の問題としか言い様がない。
むむ……クレエアの末裔め、こんなにもすぐ、そして簡単にトリックを暴いてしまうのか?
儂、これでも犯罪王なのだが?
……さすがに往生際が悪いので、自白に切り替えよう。
今度は体裁ではなく、体面を整えるために。
我ながら屑にもほどがあろうな。
無論、責任を取って犯罪王は引退する。
息子のことも短い残りの余生で弔っていく。
辺境伯がいうとおり、万民に尽くすこともよい。
あとのことはシャオリィあたりに託すのもよかろう。
どうせ儂のような極悪人はろくな死に方はするまい。
実際いま、酷い風邪を引いて死にかけているとも。
因果応報であるな。
しかし……クレエアはまったく恐ろしい。
なに? 儂の仕掛けを暴いたからかだと?
バカをいうものではない。そんなもの、もののうちに入るものか。
よいか、これだけは言っておく。
黒き鳥、悪逆の大家クレエアの末裔、ラーベ・クレエアとは即ち。
全ての悪を滅ぼす、悪なのだ。




