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第七話 解決編

「さて――皆さん、お集まりいただきありがとうございます」


 翌日、地下迷宮にて、私は関係者を集めていた。

 もちろん、ゾッド(おう)の協力によるものだ。


「兄貴を手にかけたやつが解ったのか?」


 これまでに見たこともないような、鬼気迫る様子でシャオリィさんが詰め寄ってくる。

 彼が私の肩を掴む寸前、エドガーさまが割って入ってくれた。

 糸目の彼は閣下をジッと見詰め、震える息を吐いて、一歩さがる。


「すまない……冷静でいられなかった」

「どうぞ、謝らないでください」


 その感情を正確に推し量ることは出来ないが、それでもシャオリィさんが抱えている痛みは察せられる。

 (いた)みを察せられる。

 ……だからこそ、この謎解きは必要だ。


 次代の犯罪王を決めなければ大陸中で混乱が起きてしまうように。

 これは、不明を自明にして、踏ん切りを付けるための〝儀式(ファルス)〟なのだから。


「シャオリィさん。当時の状況をお伺いします。ゴドーさんは司祭さんとこの扉の奥へ入られ、鍵をかけられた。ふたりきりで。これは間違いのないことでしょうか?」


 糸目の彼は首肯した、相違ないと。

 なので、話を続ける。


「この事件で重要なポイント。それは、いかようにしてゴドーさんの遺体が高所へと運ばれて、そして随伴者である司祭さんが姿を消したかということです。これから、実演して見せましょう」


 ざわめきが起こった。

 実演という言葉に驚いたらしい。

 けれど、そのために急ピッチで扉を修復してもらっていたのだから、いまさらやめるという選択肢もない。

 私とカレン、そしてもう一名が祭殿へと踏み入る。


「待って? そのかたは誰なのよ」


 タルバさんの(いぶか)しむような問い掛け。

 当然だろう、急に降って湧いたように現れた人物なのだから。


「彼は魔術師です。少しばかり人手が要りまして、連れてまいりました」


 その正体は衛兵さんだ。

 閣下の命令で情報収集に励んでくださっていた彼に、いまは無理を言って術者の真似事をやってもらっている。

 それほどまでに、これからやることは大がかりなのだ。


「小鳥よ」


 歩み寄ってこられるエドガーさま。

 止められるかと思っておっかなびっくり見遣れば、彼はその瞳を青く、清らかな水面のように輝かせて。


「今一度告げる、お前の望む(みち)()け。後顧の憂いは、俺が斬り破る」

「――はいっ!」


 私は大きく頷いて激励へと答え、祭壇へと入った。

 そうして扉を閉じる。


「衛兵さん、カレン。お願いします」

「万事滞りなく」

「お任せあれ、お嬢様」


 二人の力強い言葉に促されて。

 私は、岩窟(がんくつ)の高い天井を睨んだ。


「この密室より、脱出します」



§§



 扉の外側は騒然としていた。

 どれほど待っても、なんのアクションも内部から返ってこないためだ。

 さきほどからは業を煮やしたシャオリィ・ヴァーンがずっと扉を叩いている。


「レディー! レディー・ラーベ! 無事なのか!? まさか……君まで兄貴のように」

「シャオリィちゃん」

「解ってるさ、姐さん。みんな、扉を壊して――」


 彼が、一同を煽動して扉の破壊を画策したときだった。


「その必要はありませんよ」

「誰だ?」


 誰何(すいか)の声に促されるまま、暗がりから姿を現したもの。

 それは。


「戻ったか、ラーベ」

「はい、エドガーさま」


 閣下の安堵したような言葉に後押しされ。

 私は、絶句している一度の前に姿を現す。


「いったいどうやって、祭殿の外に……待て! あの術者はどうなったんだっ?」


 シャオリィの当然の疑問。


「カレン、お願いします」

「御意」


 私が語りかけると、ゆっくり扉が開いた。

 吹き付けてくる風、強い魔力を孕んだ空気、あのときと同じもの。

 そうして飛び込んできた光景は。


「う、うわぁ!?」


 腰を抜かす糸目の彼。

 けれど関係者のほとんどが、同じように狼狽しきっていた。

 なぜなら衛兵さんが、煙龍オブジェの口の中から、こちらへと手を振っていたのだから。


「いったいどうやってと、訊ねられましたね、シャオリィさん。答えは明瞭です」


 私は、ついに答える。


「祭壇全てを水で満たしたのです」



§§



「第一にやるべきは、祭壇への出入り口を氷結魔術で封じることでした」


 再度、今度は中が見えるように、私たちは実演する。

 扉を閉めて凍結させる代わりに、透明度の高い巨大な氷壁を発生させ部屋を閉ざす。


 拡声魔術を全開。

 さらに重ねがけすることで、なんとかこちらの声は扉の外へと届いているはずだ。


「次に室内を水で満たします。膨大な魔力が必要になるので、事前に魔導具や、あるいは魔導陣を敷いて、発生しやすくする必要があるでしょう。今回はかさ増しのため、並行して氷柱も作っていきます」


 カレンと衛兵さんがテキパキと室内を水と氷で満たしていく。

 既に私は首のあたりまで水浸しだ。

 結構寒い。


「完全に室内を水で満たしたら、そのまま空気孔へ飛び込みます。そう、犯人は水流魔術を推進器に、水位を上昇装置として利用したのです」


 本来であれば登ることも降りることも難しい曲がりくねった穴だが、水に後押しされるまま、これに任せていればそのまま地上へと到達する。


「――そうして、急いで地下へと舞い戻れば、この通り。密室からの脱出が成功するわけです」


 皆さんの前に息を切らせながら戻り、なんとか説明を終える。

 もちろん、すぐさま疑問が飛んできた。


「この膨大な量の水はどこへ行く? ずぶ濡れの君を見れば、すぐに皆仕掛けに気が付くんじゃないか?」

「とてもよい着眼点ですね、シャオリィさん。ですが、それはこの特殊な環境を忘却している証拠です。あまりにこの地へ慣れ親しんでいるからでしょう」

「なに?」

「御覧下さい」


 私が扉の向こうを指差せば、彼はあっと驚きの声を上げた。

 水が、瞬く間に消滅していくのだ。


「そう、無名都市及び古代地下迷宮では、魔術は瞬く間に霧散し、ダンジョンへと魔力が吸収されていきます。なので」


 ブルリと私は身体を猫のように震わせる。

 パッと舞い散る水。

 次の瞬間、衣装はカラカラに乾いていた。


「このように、ずぶ濡れだからと事件が露見することはありません」


 あとは、何食わぬ顔で一同と合流すればいい。


「だが、水を使ったというのはレディーの臆測に過ぎない。それとも証拠があるのか?」

「証拠は香りです、シャオリィさん」

「香り……?」


 ゴドーさんの身体を検めたとき、彼の服からは、ほんの僅かだが香るものがあった。

 甘い痛みにも似た、清涼感を伴う匂い。


「待て、それは」

「はい、〝龍の煙〟。この地域で愛飲される高級酒、それが水に触れたときだけ出す香りです。或いは、龍血杯の水と触れあったときに、と言い換えるべきでしょうか」


 どちらでも同じことだが、但し書きがつく。

 ゴドーさんの衣服から、あの酒特有の白濁や汚れは見つからなかったのだ。


「膨大な量の水と反応し、最終的には洗い流されてしまったのでは? と考えました。それがこの仕掛けを思いつく取っかかりとなったのです」


 唖然となるシャオリィさん。

 顔色は悪く、酷い心痛を抱えているのは見て取れる。

 しかし、推理を止めることは出来ない。


「ついで、ゴドーさんがどのようにして殺されたかですが……鑑定術式の結果、死因は窒息です。しかしながら、もしも体内に吸引した魔術由来の水が消滅していたとすれば」

「溺死が、窒息死に化けるって言いたいのかしら?」

「その通りです、タルバさん」

「でも、祟りが」


 疑念は解る。

 けれど、これにも合理的な説明はつく。


「煙龍による魂の連れ去りとは、要するに行方不明や不審死の類いでしょう。であるなら、これまでも似たような犯罪が繰り返されてきたのかもしれません。魔術を用いたが形跡が残らず、ある日突然死んでしまったように見える。或いは一見して不可解な場所で、不可解な要因で命を失ったように思える。姿を消す、返ってこない、などなど」


 犯人は、そう言った事例を知っていて利用した。

 とまで考えるのは、穿(うが)ちすぎだろうか?

 いや、そんなことはない。

 なぜなら、この事件の犯人は――


「なら、教えてくれレディー。オレの兄貴を、ゴドー・ヴァーンを殺したのは誰なんだ?」

「……明瞭なことです。それは黙認、日常の中にある陥穽(かんせい)、常識の落とし穴。密室の中に同席し、姿を消したもの。つまり〝結社〟の――」


 そこまで、私が言いかけたときだった。

 迷宮に、割れんばかりの笑声が轟く。

 一斉に皆が振り返る。


 影法師が立っていた。


 否、全身黒ずくめの祭服を身に纏った存在。

 顔までも、覆面によって完璧に隠した小柄な人物が、ただただ笑っている。


「〝司祭〟!」


 煙龍会第三席が、糸目を開いて吠えた。

 〝結社の司祭〟が、嘲笑を浴びせる。


「残念無念。もう少しで貴様ら煙龍会を内側より崩壊へ導けたものを……そのまま因習と恐怖と疑心暗鬼に囚われて潰し合いをしてくれれば簡単だったが、そう上手くもいかないか」


 男とも女ともつかない声。

 おそらく変声魔術を用いられている。

 司祭は続ける、悪意たっぷりに。


「だが、犯罪王の後継者を殺すことはできた。後に残ったのは……まったく犯罪の才能もなさそうなおまけが二人。ならば今回は、これでよしとしよう。我ら〝結社〟は間もなく夜明けへと至る。それまで精々、旧態依然(きゅうたいいいぜん)とした慣習に捕らわれ続けるがよい、砂漠の守人ども――むっ!?」


 嘲りと侮辱に満ち満ちていた司祭の言葉がとまる。

 エドガーさまが、誰の目にもとまらない速度で、切り込んだからだ。


「無駄口を叩くな。貴様に、小鳥のさえずりを阻む価値はない」

「――ふっ」


 即座に司祭が身を翻す。

 闇の中に融けるようにして。


「っ、逃がすな! 追え、追うんだ!」


 シャオリィさんの命令一下、配下の人々が駆け出し、司祭へと殺意混じりの魔術を投げつけていくが、全て外れる。

 糸目の彼自体も駆け出そうとして、私の前立ち止まった。

 彼はこちらを見遣ると、深々と頭を下げて。


「ありがとう、レディー」

「…………」

「兄貴の無念は必ず討つ。そして、きっとオレは次の犯罪王になる」

「もう、迷いはありませんか?」


 問えば、顔を上げた彼が。

 初めて嫌味の無い顔で、ニッカリと笑った。


「もちろんだ。それからレディー」

「なんでしょうか」

「惚れ直したよ。犯罪王になって、夢を叶えたら、オレはきっと君に告白をしに行く。そして、もしも君になにかあれば、オレたちは絶対に力を貸す。駆け付ける。煙龍の名に、誓ってね」


 彼は胸を叩き、自らのタトゥーを誇示して。


「だからこそ、いまはあいつを許さない!」


 迷宮の外へと、駆けだして行った。

 あとには、私とカレンとエドガーさま。

 そして。


「では、クレエアの末裔よ。役者は皆舞台を降りた。楽屋にて、大いに語ろうではないか」


 犯罪王ゾッド・ヴァーンさんが。

 穏やかな表情で、仰った。


「真実と、断罪について」


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