第五話 容疑者は第三席
「祟りだ……祟りに違いない……煙龍がゴドー様の魂を連れ去ったんだ……」
術者の詳しい鑑定術式によって、ゴドー・ヴァーンの死因は窒息死に類するものであると判明した。
しかしながら、煙龍会の内部ではびこったのは、神話の時代のドラゴンが舞い戻り、彼を殺したのだという風説で。
無論、誰もがそんな御伽噺を認めたわけではなく、祟りと殺人、その両輪で捜査は行われることとなった。
ゴドーさんが殺害されたはずだと、誰よりも強く訴えたのは他ならない義弟、シャオリィ・ヴァーンである。
「埃をかぶってた神話のドラゴンが顔を見せる。そういうこともあるだろうさ、犯罪王を選定する日だったんだ。けれどどうして、それで兄貴が死ぬ? ゴドー・ヴァーンはこれまで、煙龍会に尽くしてきたはずだろう!」
熱情に満ちた主張は。
だからこそ反対意見を生じさせる。
他ならない、ゴドーさんの関係者――彼が常に侍らせていた女性陣から。
「何を白々しい」
「そんなの決まっているじゃない」
「ゴドー様が死ねば」
「次に犯罪王へ選ばれるのは」
「おまえなんだからね、シャオリィ・ヴァーン」
呪いのような言葉を受けて、絶句するシャオリィさん。
とはいえ、それは一面的に正しい指摘だった。
犯罪王の最有力候補が第二席ゴドー・ヴァーンだとすれば。
次の候補者は第三席シャオリィ・ヴァーンだったのだから。
こうなってくると、私やエドガーさまでは介入出来ない対立構造が浮き彫りになる。
水面下で繰り広げられてきた勢力争い、その代理戦争のようなものが噴き出したのだ。
シャオリィさんを担ぎ上げ、今後の利益を享受したいという一派は、煙龍の祟り説を猛プッシュ。
他方、ゴドーさんの派閥だったもの、そして第四席であるタルバさんの周囲の者たちは、シャオリィさん犯人説を提唱する。
だが、どちらにとっても決め手がない。
どうやって被害者を殺したのか、その方法すらあやふやで。
やれ呪いだ、伝説の魔導具だと、荒唐無稽な説が飛び乱れる。
あまりに紛糾したからだろう。
最終的には犯罪王さま自らが声を上げ、いったん解散という運びになった。
地上へと帰還し、自室に直行。
待っていたカレンから早速お茶を受け取る。
それを喫していると、閣下が入室してきて、端的に共通認識を口にされた。
「奇っ怪だ」
「まったくもってです」
関係者全員が、なんらかの認識阻害系魔術にかけられているのではないか?
そんな疑念すら、私たちの脳裏には浮かんでいた。
なぜならば。
「どう考えても怪しいのは、密室化した祭殿から消え失せた〝結社〟の司祭なのですから」
§§
祭殿は巨大な密室であった。
だが、誰かが隠れられるような場所はなく、扉が破壊されて突入するまで、あそこから外へ抜け出したものなどいない。
でありながら、ゴドーさんと一緒にいたはずの人物。
即ち〝結社の司祭〟は完全に行方をくらましていた。
傍観者としての視点からいえば、もっとも怪しいのはこの司祭である。
だが、煙龍会関係者から同意を得ることは難しいだろう。
何せ彼らは、あまりに互いが憎く、次世代の権利を手にするための争いに終始し、目が曇ってしまっているのだから。
このまま行けば、無名都市は内部抗争で二分され、早晩崩壊するかもしれない。
そのまえに脱出するというのも、一つの手ではあるだろうが。
「ですが私は、犯罪王さまから名指しで事件の解決をお願いされました」
なにより、謎を目前にして思考しないなどということが、この私には不可能だ。
だから、手がかりを求めて行動を開始する。
まずは改めてゾッド翁へと謁見し、この混沌とした状況での捜査協力を取り付ける。
面談の許可を求めると、驚くほど素早くそれは受理された。
「この許可書を持っていくとよい。すでに選定の票を預けているという建前があるのだから、宝物庫など一部を除く大抵の場所には入れるよう取り計らっておこう」
という犯罪王さまお許しを得て向かったのは、現場である祭殿。
今回はエドガーさまだけでなく、カレンにも随伴を願っていた。
「カレン、この場所から転移することは可能ですか」
「不可能か可能かで言えば、誰にも出来ないが正答かと」
「それは」
「無論、〝結社〟のこそ泥めにも」
彼女曰く、この場はとくに魔力を吸収する性質が強く、魔術自体の発動は可能でも精密動作が不可能とのこと。
転移魔術は転移先の座標を定めなければ発動が成立しないため、吸収された魔力とその残滓が渦巻いている祭殿では使用が極めて困難という結論が出た。
「無理に使えば、岩盤の中にいる――という顛末もあり得ます。或いは転移門が設置されていれば、小規模の転移は可能かもしれませんが……ほぼ無理でございましょうな」
この小規模というのも、コップ一杯程度という話なので、事件に転移魔術は関わりが無いのかもしれない。
「では、秘密の出口がある可能性はどうでしょう」
岩壁の奥や、オブジェの裏に回り込んだら、地下や地上へと続く階段が出てくる。
なんていうのは、ダンジョンにおいては日常茶飯事だと聞く。
ここがドワーフの地下迷宮であることを考えると、なんともあり得そうな話だが……。
「ならば、試すか」
閣下が腰の剣を鞘ごと外し、祭壇の中心に立つ。
それから、身体の前に鞘を掲げ、鯉口を切り、勢いよく納剣する。
キンィィィィッ! という音が、一帯に大きく反響。
この間、エドガーさまは目を閉じ、ジッと耳をそばだてておられた。
やがて瞼をあけられた彼は、ゆっくりと頭を振る。
「ない」
「隠し扉も、なんらかの仕掛けも、ということですか?」
「そうだ。だが、敢えて言えば……」
彼が上方を指差す。
ゴドーさんの遺体が発見された龍のオブジェ、さらにその上を。
えっと、一見してただの岩壁に見えるけれども……?
「あの場に、小さな穴がある」
「あっ……関係者の方が仰っていた空気孔ですね?」
「おそらくな。小柄な人間ならば、入ることは出来るだろう」
そこに誰かが潜んでいた?
だが、そうなると天井付近まで人体を持ち上げる方法が必要になる。
これはゴドーさんにも言えることだ。
その手段が解らない限り、突破口たり得ない。
浮遊系の魔術ではあの高度には達せないという前提で考えれば、気球を持ち込んだ?
否、その気球を片付けることが出来ない。痕跡が残ってしまう。
ハシゴなども同じ理由で検討に値しない。
では、ほかに方法があるのだろうか?
広大な空洞の中を、自由に上昇するなんて手段が。
「小鳥」
悩んでいると、閣下が私の肩に手を置かれた。
どうやら気遣われてしまったらしい。
「少し休め。俺の懐刀を向かわせる。空気孔は地上へと繋がっているはずだ。その場には痕跡が残っている可能性もある」
「そう、ですね」
思い詰めても発想は困窮するばかりだ。
とはいえ、切りがよいところまでは何としてもやっておきたい。
もう祭壇に調べられるところはないだろうか?
「カレン、一つお願いがあります。魔術を使ってください」
「……お嬢様はカレンを岩の中で暮らさせたいと? これが長年連れ添ったメイドへの解雇通知。カレン、号泣」
「そういうのではなく」
一切表情も変えず、涙を流す真似すらしないで冗談を口にする親友に。
私は改めてお願いするのだ。
「火、水、土、風……なんでもよいのです。長時間発生を維持出来る魔術を、使ってみてください」
§§
衛兵さんが確保しているという、地下からの空気入れ替え口を拝見しようと地上に戻った私たちを待っていたのは、煙龍会第四席、犯罪銀行頭取であるタルバ・ヴァーンそのひとだった。
彼女は開口一番、こう告げた。
「お願いよ。ぜんぶ祟りだったことにして。でないと――シャオリィちゃんが殺されちゃうわ!」




