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幕間 とある策謀家(自称)たちの高笑い

「祝杯だ、祝杯をあげよ!」


 策謀の名門、クレエア伯爵家当主ドノバン・クレエアは、ワインを一息に飲み干した。

 彼は本日、娘の婚約を成立させて上機嫌だった。

 しかしそれは、娘――ラーベの将来を祝ってではない。


(うと)ましき失敗作、口にするのも汚らわしき我が家最大の汚点を、ついに追放せしめたのだ。これ以上の祝い事があるものか」


 おまけに相手は、宿敵たるハイネマン辺境伯だ。

 ドノバンはおかしくてたまらなかった。

 あの災厄を押しつけられた辺境伯が、どのような無様を晒すか。

 (ぎょ)しきれず己の醜さを暴きたてられ、どのように失墜するか。

 そんな未来を考えるだけで、いくらでも杯がすすんだ。


「まったく、お姉様にも困ったものですわ」


 甲高い声で笑うのは、ドノバンのもうひとりの娘――最愛の子であるリーベである。

 彼女もまた、姉であるラーベに対して強い怨嗟を抱えていた。

 辺境伯家に本来と嫁ぐはずだったのは、他ならないリーベである。


 主君たるパロミデス王が、なにかと対立しがちな両家のことを(おもんぱか)り縁談を都合したのが全ての始まり。

 どちらの家にしても余計なことをと考えたが、この大陸の最大勢力であり、多くの家臣を持つ王に刃向かうほど愚かでもない。


「無論、いつまでも配下に甘んじるつもりはないが……しかし、だからこそラーベを排することが出来たことは大きい」


 心よりの清々しさは、これまで実子が繰り広げてきた蛮行の全てを、軽々しく口にさせた。


「我が家が紡いできた暗闘謀略、そのすべてをどこからか聞きつけ(はかりごと)を余すところなく(つまび)らかとしてしまう。生粋(きっすい)の〝明かすもの〟、謎があれば解決せずにはおれない災厄」


 それがラーベ・クレエアという生き物だと、彼は思い知っている。

 こんなことがあった。

 要人の暗殺をクレエア家が企んだ。

 しかし翌日には全てが相手方に伝わっており、よくぞ忠告してくれたと感謝をされる。

 相手が失墜するように不祥事を捏造すれば、それが事実ではない旨がクレエア家のお墨付きという形で公表されてしまう。

 そういうことが積み重なっていった結果、ドノバンは国防の権威、謀略を防ぐ諜報の長として扱われようになっていた。


 これによってクレエア家の地位は上昇し、王からはいくつもの報償を賜った。

 問題は、裏社会における信用ががた落ちしたことである。


「ラーベが謎を解き、それを我が妻と父が流出させていたと知ったときには全てが遅かった……」


 策謀の大家クレエアという名声は、地に落ちてしまっていたのだ。


「魔術が人の手で生み出されたとき、真っ先に他者を害するため用いたのは我々クレエアだ。刃をより鋭く、より硬く、効率よく運用出来るように改良してきたのも、嘘という概念を研ぎ澄ましたのも、全ては我らが祖先の仕儀(しぎ)! 誇り高き悪の一族、それこそがクレエア! だというのに、あの失敗作は全てを台無しにした……」


 先ほどまでの陽気さが消え失せたドノバンを気遣うように、リーベが軽口を叩く。


「でもお父様、結果的に領地は拡大しましてよ? もちろんお姉様は気に食わないのですが」

「リーゼ、お前は若い、大それたものを手に入れるためには、ときに抱えているものすべてを手放さなければならないのだ」


 だからこそ、ドノバンは家を盛り立てるため、最後の手段を用いた。

 〝結社〟と呼ばれるこの国の暗部と、密接な関係になったのだ。

 これまでも取り引き自体はあったが、〝結社〟が表に顔を出したのは数年前……つまりは最近だ。

 歴史あるクレエア家としては、そんな新参者の力をかりるなど恥。

 けれどそうしなければならないほど、ドノバン達は奇妙な潔白を押しつけられていたのである。


「脈々と築いてきた悪の実績が、ラーベによって消し飛んでしまったいま、〝結社〟の悪名を利用するほか、闇に生きる者たちと内通する手段はない。だが、これも一時のこと。リーゼ、全てはお前にかかっておる」

「解っていますわ、お父様。わたくしはこの美貌を持って第三王子へと近づき」

「そうだ、国の根幹たる情報を入手せよ。その暁には――」


 ドノバンはその先を口にしなかったが、内心では強く願っていた。

 国家転覆、玉座の奪取。

 それこそが、クレエア家の悲願なのだからと。


「ゆえに、貴様(・・)には存分に働いてもらう。拾ってやった恩義、ゆめゆめ忘れるでないぞ、〝影〟よ」


 彼はそう言って、目の前の暗闇へ向かって嘲笑を投げる。

 〝影〟は答えた、御意(ぎょい)と。


「ほれ、例の薬だ。貴様が飲む分も一緒に入れてある」


 袋包みを〝影〟へと投げつけ。

 ドノバンは呵々大笑(かかたいしょう)する。

 リーゼもこれにならう。


「我が世の春が、間もなく訪れるのだ!」


 かくして深謀遠慮によって成り上がってきた名家は。

 これより、どうしようもない没落(・・)をはじめるのだが。

 当主も、愛娘も。

 その理由がラーベという存在を追放したことにあるなどとはまだ、欠片も知るよしはないのだった――


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