第五話 解決編
「大変だ! 龍血杯が戻ってきた!」
さあ謎解きだと意気込んで準備を進めていた私の元へ、糸目の第三席さんは飛び込んでくるなりそう告げた。
大急ぎで宝物庫へ向かうと、紅玉がはまったくぼみの上に、確かに杯が載っている。
茶けた、どこにでもあるような土器だった。
「間違いなく、龍血杯ですか?」
「絶対とは言い切れないが、見た目は同じ……だと思う」
歯切れが悪い返事をするシャオリィさん。
それはそうだろう。
突如として盗まれていたはずの代物が戻ってきたとなれば、困惑もする。
仮にこの杯が本物であれば、私の推理は瓦解し、振り出しに戻ってしまう。
けれど、祭具さえ戻ればいい煙龍会としてはどちらでもいいはずで。
「ならば、試してみるのが最善ではないかね」
困惑していると、背後からしわがれた声をかけられた。
威厳に満ちた老爺、犯罪王ゾッドさんがそこにいて。
彼はつかつかと宝物庫へ踏み入ると、杯に手をかけ。
「拝領」
短く、ハッキリと祈りの言葉を唱えれば。
杯の中に、突如として無から水が湧き上がった。
……そうか、なるほど。
「犯罪王さま、一つ、質問をお許し下さい」
「クレエアの娘よ、我らの祖には盟約がある。問うことを認めよう」
許可を得て、私は訊ねた。
この魔導具の、本質を。
「龍血杯の本体は、ひょっとして――?」
犯罪王は。
ただ鷹揚に首肯するのだった。
§§
「というわけで、謎が解けました。皆さんに説明するため、話を整理していきたいと思います」
関係者一同――煙龍会の第一席から第四席、その手勢数名、そして私たち――を再び宴の間へと集めていただき、要点を抜粋していく。
「三日前、宝物庫から龍血杯と呼ばれる魔導具が失われました」
この際に、現場に居合わせたのはタルバさんとその部下が二名。
部下の方々は祭具である壺を壊してしまった。
「その後、室内をくまなく探したものの杯は発見されず、タルバさんによる厳重なチェックでも、部下の方々が隠し持っていたという事実もなかったことが確認されています。間違いありませんね?」
「そーよ」
問い掛ければ、はすっぱな彼女は頷いてみせる。
よし、ならば次だ。
「宝物庫へ入ることが出来たものは、第一席から第四席までの幹部、そして幹部から許可証を与えられた配下の方だけ」
「……合っているな」
シャオリィさんの首肯。
次だ。
「龍血杯が紛失する前、宝物庫を訪ねた人物はゴドーさんのみ。よろしいですか?」
「間違いない。だが、杯は返ってきた。まだ確認が必要か、お嬢ちゃん?」
「いいえ、いいえ」
これだけ条件が絞り込めたのならば、ほぼほぼ答えそのものと言っていい。
ただし、物証がない。
なぜなら私は宝物庫へ立ち入ることが出来なかったし、聞き込み以上の捜査権限を持っていないからだ。
であるならば、独自に動くしかない。
エドガーさまへそっと視線を向けると、彼は微かに首を引いてくれる。
「――何者!」
気配を感じ取ったのだろう、シャオリィさんが叫び。
彼の手の中に、魔術染みた手口でナイフが現れ、そのまま誰もいないはずの壁へと向かって投擲された。
キンと、金属同士がぶつかる音色。
ゆっくりと、その人物が姿を現す。
「誰だ、お前? 場合によっては――痛い目に遭ってもらうぞ?」
龍のタトゥーを波打たせながら、糸目の第三席が誰何する。
だが、〝彼〟は答えない。
名前なんて、とっくの昔に捨ててしまっていたから。
「衛兵さん、どうぞこちらへ」
「……なに? まさか、レディーの知り合いか?」
「ええ、シャオリィさん。彼は閣下の懐刀で、今回は私のお願いを聞いてもらっていました」
「お願い?」
そう、じつに面倒なお願いだ。
衛兵さんはやや疲れたような顔で、私の足下へ大きな布袋を置いてくれた。
その中身を検めて、私は自分の推理の確かさに胸を撫で下ろす。
「そいつは何だ、レディー」
「これはですね、土器の欠片です」
「土器? 壺とか、瓶とか、そういうやつのか?」
そう、そして数日前、この屋敷から運び出された廃棄物。
即ち。
「宝物庫で壊れた壺の破片です。衛兵さんに全て回収してきてもらいました」
どうやってとタルパさんが呟くが、そんなもの地道な努力によるとしか答えようがない。
この炎天下の中、ひたすらゴミ山を漁り、よく見つけ出してきてくれたと、私はありがたさで胸が一杯だった。
あとで閣下に頼んで、衛兵さんに冷たいお水とか賞与とかを出していただこう。
「だが、この破片と龍血杯の盗難にいったい何の関係性が? そもそも杯は戻ってきた、もはや推理も何もあったものじゃないだろう」
「それは違いますよ、シャオリィさん。杯は、盗まれたわけではないのです」
「なんだって?」
首をかしげる彼は、更なる疑問を口にする。
「じゃあ、宝物庫の杯はなんだ」
「あれはレプリカです」
「……だったら、本物はどこにあると言うんだ、レディー」
その問いの答えはひとつ。
「ここに」
言って、私は布袋を指差す。
彼が、何かを理解したように、背後にいる幹部の仲間達を見遣った。
「もうお解りですね? 杯は盗まれたのではありません。ただ――最初から砕けていたので、壺の破片と混ざって見分けがつかなくなっていたのです」




