第四話 犯罪王候補筆頭によるアプローチ
「当時の状況? ええ、もちろん覚えているわ」
煙龍会の第四席、犯罪銀行頭取であるタルバさんのもとを尋ねると。
忙しくお金の計算をしながらも、非常に協力的な態度で応じてくれた。
「祭祀場に必要な道具、祭具を置く敷布とか、祭具そのものとか、とにかく荷物を持ち出すために宝物庫に行ったのよ」
「それは、お一人で?」
「冗談、この細腕よ? 男衆を連れて行ったつーの。で、作業をしてもらっているときに、用事が出来て部屋から出た」
……?
宝物庫に入っても攻撃されない?
「あー、さてはやらしかたわね、シャオリィちゃん?」
「……うるさい。聞かれたことにだけ答えればいいんだ、姐さんは」
「そんなところばっかり子どもの時から変わらないで……えっと、話を戻さなきゃね。これさえ身につけていれば、宝物庫の警備魔術は反応しないの」
そう言って彼女が取りだしたのは、小さな木の札だった。
表面には魔術式が刻まれており、宝物庫の活性化をとどめるらしいと解る。
「許可証。宝物庫への滞在を許す魔導具ね」
「つまり、作業をされていたかたは全員、この札を持っていたわけですね?」
「そ。宝物庫へ入る人間には配布されるようになっているし、終わったら回収されるの」
「そのとき同伴されていた方々は、信用がおける相手でしたか?」
「そう思ってたんだけど……壊しちゃったのよ、あいつら」
壊す?
なにを?
そう問えば、彼女は苦み走った表情で
「壺よ、壺」
と、呻くように告げた。
「目を離した拍子に、がしゃん! って音がして、慌てて戻ったら入り口から泣きながらあいつら出てきて、手には壊れた宝物って有様で……解るでしょ?」
理解はする。
犯罪王の選定をしようという大事な時期に、道具を壊してしまったとなれば重大な過失だ。
最悪、文字通りに首が飛ぶかもしれない。
「いや、うちはそこまで苛烈じゃない。姐さん当人はともかく、第一席は斬首なんて判断下さないさ。精々、砂漠の彼方へ荷物無しで追放するぐらいだ」
「余計悪いじゃないのよシャオリィちゃん」
ダメだこりゃと顔を押さえるタルバさん。
しかし作業員当人達にとっては死活問題だったらしく、搬出は一旦取りやめ。
犯罪王へお伺いを立てることになったらしい。
「そうして扉を閉めようとしたときには」
「龍血杯がなかった、と?」
「そう。でもね、言い訳かもしれないけど重要な話があるの」
それは、いったい?
「あたし、宝物庫の鍵を開けたとき、龍血杯を見てないのよ」
「……なにかが隠していた?」
「へー、頭の回るお嬢ちゃんじゃない。そこに惚れたわけ、シャオリィちゃん?」
「うるさいぞ。さっさと続きを話せ」
「おーっと、恐い恐い。惚れた腫れたで火傷したくないわよねー。えっと、じゃあ、ここからが本題。そこには大きな祭具――身の丈ほどもある壺が置かれていたの。そして」
彼女は、言った。
「うちの部下どもが壊したものこそ、その壺だったわけ。壊れた背後に、杯はなかったのよ。その瞬間から、あるいは最初からね」
§§
とにもかくにも、その場に居合わせたという部下のかたからも話を聞くことにしたのだが、返ってきた言葉は「解らない」で。
「壺を壊しちまったのは事実でさ。けれども、龍血杯なんてもの、そのときには影も形もなかったんでさ……」
不注意から壺を倒して壊した。
その時にはもう、杯などどこにもなかったのだという。
「どう思われますか?」
「……偽証はなかった。だが、所感としては動揺が窺えた」
エドガーさまの見解は直感によるものだ。
しかし、ひとつの政治的、権力的、武術的極地にいる彼の直感は馬鹿に出来ない。
留意すべきだろう。
ただ、このままだとさすがに捜査が暗礁に乗り上げてしまう。
どうしたものかと考えていると、閣下がぽつりと呟かれた。
「無事だった杯を最後に見たものは、誰だ?」
「それです。シャオリィさん」
「わかった、すぐ手配しよう。……辺境伯殿の発案というのが、癪だがな」
そういうわけで、これまで宝物庫へ入った人物を総ざらいしてもらうことに。
元より神聖なものが置かれている場所ということで、立ち入りは厳密に制限されていた。
まず、幹部陣。
そして、彼ら彼女らから許可証を渡された配下の方々だけが、迎撃されずに侵入出来る。
「それは間違いなく俺だな」
捜査線上に浮かび上がってきたのは、ある意味で予想通りの人物だった。
筋骨隆々とした禿頭の男性が、ベッドから半身を起こしている。
服は身につけておらず、総身に彫られた煙龍のタトゥーが露出。
それを侍っている半裸の女性達が、艶やかな指先で撫で上げていく。
まさしく犯罪組織の首領。
そう理解させるだけの貫禄が、彼――ゴドー・ヴァーンにはあった。
「もう一度お伺いしても? タルバさんが訪れる一日前、確かにゴドーさんも宝物庫へ足を踏み入れたのですね?」
「そう言っているだろうが。確認したいことはそれだけか? だったら、俺はまだ子猫ちゃん達と禊ぎをしなくちゃいけなくてな」
暗に出て行ってくれと彼は言う。
というか、先ほどからエドガーさまとカレンが、私を部屋から連れ出そうとしていた。
いやいや、夢見る少女ではないのだから、私だって男女の営みぐらい知っている。
加えていえば、辺境伯領でも無名都市近辺は重婚が認められていた。
原義とは異なるが、ハーレムを作ることぐらい煙龍会の第二席なら当然のことなのだろう。
「いえ、もう一点だけお聞かせ願いたいのです。宝物庫へ入ったとき、龍血杯はありましたか?」
「ああ、無事だったとも。茶けた杯が安置されていた。ふん、そんなことを聞いてどうする」
「どうするかと問われれば……ああ、我慢出来ないので答えますが。つまるところ、私は疑っているのです」
「ほう! 俺が盗んだと考えるのか」
「いいえ」
私がやんわりと首を振れば。
ゴドーさんは僅かに目を細め、それからいびつな笑みを浮かべた。
どうやらこちらの内心を察してくれたらしい。
では、ストレートに行こう。
「あなたが、仲間の皆さんを庇っている。そう推測しています」
「――――」
第二席は微かに目を見開き。
そして。
「がははははははは! 気に入った、気に入ったぞお嬢ちゃん!」
やにわに立ち上がった。
ずり落ちかけたシーツが、途中で引っかかったように止まり。
閣下がなぜか、私の両目を覆った。
「タルバが宝物庫にやってきたとき、杯はあった、間違いなくな。けどよ」
ゴドーさんは、告げる。
とても上機嫌に。
「結局、無事じゃなかったわけだ。この行間、お解りかね?」
「はい、明瞭なことです」
私は目隠しされたまま微笑む。
必要なピースは揃った。
さあ――謎解きの時間だ。




