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第三話 危険な宝物庫

「オレたちのルーツは流刑の貴種だった。そんな話に、聞き覚えはあるか?」


 シャオリィさんがおもむろに語り出した逸話を、私は知っていた。

 辺境伯領が平定される以前、つまりはハイネマン家が隆盛を極めるずっと前、大ナディア砂漠は流刑地だった。


 つまり、なんらかの罪を犯したもの、或いは王家や大公、高位貴族にとって都合の悪い相手を追放するための場所だったのだ。

 降り注ぐ日光、枯れ果てた熱砂。

 流刑とは建前で、それは事実上の死刑宣告だった。


「けれど、生き延びたものがいたと聞きます。ここに――ドワーフの遺産である地下迷宮へと辿り着いて」


 私の言葉に、この地を守る犯罪集団の第三席は、重々しく頷く。


「最初の血族はこの地に辿り着き、そして契約したんだ」

「契約? なにとですか」

(ドラゴン)とさ。煙龍ディブロムジカ。遠く空をたなびきしもの、雨雲を連れてくるもの」


 曰く、こういうことらしい。

 この地を治める龍と遭遇した人々は、生きる糧を得る代わりに契約を交わしたのだという。

 龍についてずっと語り継ぐ。

 対価として、加護を与えて欲しいと。

 煙龍はこれを承認し、自らの名前と祭器を与えた。


「それが龍血杯。無限に水を生み出す、砂漠では何よりも有り難い魔導具――持ち運び可能なオアシスみたいなものさ」


 結果として、龍を(たてまつ)る一族は、この地の長となった。

 渇きにもだえる罪人達に、分け隔て無く水を与え、オアシスのように潤すことで。


 そして、後にやってくる数多の流民達を受け容れ、無名都市の盟主として存在を確立させていく。

 彼らの手は長く、指先は各所に届き、やがてこう呼ばれることになるのだ。

 最も古い犯罪者互助組合。

 即ち、犯罪王の一族と。


「もっとも、煙龍の逸話なんてどこまで信用していいものか怪しいものだ。悪いことをしすぎると煙龍に空高く運ばれて帰って来れない、なんて子ども達に語って聞かせるぐらいには陳腐化しているからな。まるで御伽噺(おとぎばなし)の一節だ」


 シャオリィさんは呆れたように言うが、それだけ地域に根ざしている、一つの文化となっている事実を端的に現しているとも考えられた。

 ある意味で、この地に住まう人々は、古の盟約通り語り継ぐことに成功したのだろう。


 そして、ここでようやく二つの情報が結びつく。

 龍血杯。

 尽きることない富と糧の象徴。

 つまり――犯罪王である証明。


 確かにこれが盗まれたとなれば、一大事である。


 しかし、それがどうして私たちを頼るという話になったのか。

 ……数秒考えて理解する。

 そうせざるを得ない状況に、煙龍会は現状あるのだ。


 次期党首を決める祭祀の直前、最重要な魔導具が奪われた。

 そうなれば当然、順当に行けば継承者になる人物――この場合はゴドーさんだ――を(こころよ)く思わない誰かの犯行と推測するのが自然な流れ。

 もっといえば、内部犯を誰もが疑う。


 ここに介入出来るのは、国家規模の権力を持ち、なおかつ犯罪互助組織に手を貸しても立場を失わない人間。

 そう、辺境伯領の正常化を公約と掲げた閣下だけが適任だったのだ。


「もちろんそれはある。あるにはあるが……オレたちが必要としたのはレディー、君の方だ」

「私、ですか?」


 それは、どうして?


「悪の華、黒き鳥、クレエア家の数少ない直系ともなれば、犯罪王が援助を求めても面子(めんつ)(たも)てる。格式でいえば同格だからな」


 なるほど、納得出来なくもない。

 かつてのクレエア家は、それだけの悪名を響かせてきたのだから。


「加えて言えば、現状無名都市は〝結社〟と対立関係にある。君の存在は、カウンターとして極めて有効というわけだな」


 いちいちもっともな話である。

 なにせ〝結社〟には妹が、リーゼがいるのだ。

 私がこちらに接触するというだけで、抑止力としては十分すぎるのだろう。


 よし、背景は理解した。

 次のステップに行こう。


「それで、祭具がなくなったのはいつですか? 発見者は?」

「三日前だ。気が付いたのは第四席、犯罪銀行頭取のタルバ(あね)さん。祭祀の準備を進めていく中で、紛失に気が付いた。これについては……本人から聞くのが一番だろう。すぐに取り次ぐ」

「待って下さい。その前に、この中を調べたいのですが――」


 言いながら、一歩宝物庫へと踏み入ったときだ。


「やめるんだレディー!」


 シャオリィさんの鋭い叫び声が轟き、それと同時に首根っこが大きく背後へと引っ張られた。

 刹那、宝物庫の内部が真紅に染まり警報が届く。同時に魔術式が起動。

 無数の魔術的攻撃がこちらへと殺到する。


 しまった、やらかした! 警備機巧だ!

 ゾッと背筋が冷えたその時。


「少しは反省することだ、小鳥」


 この数ヵ月で一番多く聞いた人の声が、耳元で囁かれた。

 突き出された刃――鉄扉切り(ティルトー)が、あらゆる魔術を霧散させる。


 エドガー・ハイネマン。

 彼は、私を抱きしめながら、刃を振るって。


 数度にわたる攻勢魔術のトラップが落ち着いたとき。

 エドガーさまが、瞳の色を黄色にしながら告げる。


「自愛せよ。そして、自省もだ」

「……はい」


 頷くしかなかった。

 謎に首ったけで、周囲への警戒を怠っていたのだから、叱責(しっせき)されてしかるべきと解る。

 そこを(たしな)める程度でとどめ、気遣いの言葉まで下さったのだから、感謝するほかない。

 いやはやまったく、面目次第もない限り。


 平謝りを続けていると、シャオリィさんが突如閣下の胸ぐらを掴んだ。

 彼は何かを言おうとして、結局言葉を飲み込む。

 代わりに両目には、激しい感情の炎が揺れていて。


「ラーベを運命と喚いていたな」


 ドラゴン・タトゥーが刻まれた腕を、ゆっくりと払い除けながら。

 シャオリィさんとは対照的な、冷え切った眼差しで、エドガーさまが告げる。


「理解することを怠るのが、貴様の言う運命か? 迷いが見えるぞ、第三席?」

「――っ」


 犯罪王の養子である彼は、何も言い返さなかった。

 ただ、全身に掘られた龍の入れ墨が浮き上がるほど、肌を紅潮させ。


「……タルバ姐さんのところへ案内する。ついてこい」


 ようやくといった様子で、そう吐き出すのだった。

 ……やれやれ。

 どうしてこの二人は、こんなにも仲が悪いのだろうか……謎である。

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