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第二話 犯罪王の証

 宴はとくに何事もなくすすんだ。

 酒を飲み、美味しい食事に舌鼓を打ち、また酒を飲んで、騒いで寝る。

 それだけ。


 翌朝、提供された寝室で目を覚まし、控えていたカレンに朝のお茶を入れてもらっていると、閣下が珍しく遅く起きてこられた。

 額を押さえているところを見ると、悪い酔いしたらしい。


「カレン、エドガーさまへ水を」

「……無用だ」

「シャオリィさんと張り合うからです」

「隙あらばお前の肩を抱こうとする相手だ、酒杯で守らなければ俺は刃を抜いていた」


 なるほど、それは自殺行為だ。

 何せここは、煙龍会の本拠地なのだから。

 敵の懐の中で自爆するほど、閣下は愚昧(ぐまい)ではないだろうし。


「逆に問う、お前はなぜ酔いもしなかった? ザル(・・)か?」


 そんなわけがない。

 あれほど強い酒だ。

 痩せ型で身長も低い私ならば、三杯も飲めば酩酊し(よいつぶれ)て倒れてしまうだろう。


「なので、最初の一口以外飲んでおりません」

「なに?」

「こう、口元に持っていく際、手の陰へこぼれるようにして」


 閣下のためにもってこられた水で、私は一つの曲芸を実演してみせる。

 掌中に隠した漏斗に液体を受け、その先に繋がる管から懐の皮袋へ伝わらせる技だ。

 閣下は目を瞬かせ、「どこで覚えた?」と問いを投げてくる。

 どこでもなにもと親友(カレン)と目配せ。


「実家で、毒を飲まないために覚えました。宴といえば、相手を酔い潰して判断力を失わせるか、あるいは毒を盛るのが当たり前でしたから」

「……クク」


 瞳の色を愉快そうな紫へと変えて、閣下が笑う。


彼奴(きゃつ)ら、それを知らずにお前が杯を乾すほどに目を丸くしていたな。痛快だ、ラーベ。誇りに思うぞ」

「ありがとうございます。さあ、水をどうぞ」

「もらおう」


 彼の機嫌が直ったところでコップを差し出し、これからの指針を話し合う。

 昨晩は互いに、そんなことが許される状況ではなかった。

 なにせ、監視の目が着いていたのだから。


「いまはどうでしょう?」

これ(・・)が対応した。姿を見せよ」

「――はっ」


 エドガーさまの命令を受けて。

 スッと部屋の隅からひとりの人物が現れる。

 カレンは気が付いていたらしく驚きもしなかったが、私は少しばかり意外さを感じていた。

 だって。


「ひょっとして、衛兵さんですか?」

「はっ。お久しぶりです、奥方様」


 そこに立っていたのは、エドガーさまの懐刀。

 定まった名前も姿も持たない〝彼〟だったのだから。



§§



 変装魔術の達人である衛兵さん。

 そしてカレンへと防諜を任せ、私と閣下は行動に打って出ることにした。

 まずは盗まれた魔導具がどんなものか。

 そもそも、どこからなくなったのかを確かめたかったのだ。


「やあ、オレの運命」


 当然、待ち構えていたようにシャオリィさんが顔を出す。

 素性が明らかになったいまだから思うのだが、煙龍会の第三席というのは案外暇なのだろうか?

 無論そんなことは有り得ない。

 彼の存在は、つまるところ私たちに対する監視なのだから。


「運命だとしても、貴様のものではない」

「辺境伯殿、あなたのものでもないのかもしれないが?」

「…………」

「…………」


 睨み合い、剣呑な雰囲気をばら撒く二人。

 どうしてこうなるのか、まったく解らない。

 ため息をひとつ吐き、糸目タトゥーさんに訊ねる。


「既にお解りと思いますが、現場を見せて下さい。出来れば事件当時の詳細な証言と一緒に」

「レディーは……本気でこちら関係(・・・・・)に興味がないんだな。辺境伯殿、苦労しているんじゃないか? なら、オレも共感もするよ」

「……黙れ、これが小鳥の伴侶たるものの責務だ」

「そうか。なら、さっさと案内しよう」


 気を取り直したようにそう言って。

 シャオリィさんは私たちを案内してくれた

 行き着いた先にあったのは、大仰な扉で閉ざされた宝物庫だ。

 鍵を開けてもらい、内部を見遣る。


 壁にはいくつもの棚が並んでおり、無数の物品が納められていた。

 宝石、貴金属といったものから、剣、絵画、鎧……どれも微量ながら魔力を感じるので、おそらくは魔導具の類いだろう。

 そうして、部屋の中央には台座のようなものが組まれており、何かが収まっていたようなくぼみがある。

 形状から想像するに、瓶かコップか、或いは杯のようなものだろうか?

 また、台座底面には親指の先ほどの大きさをした紅玉が埋め込まれていた。

 紅玉の表面には、読み取れないぐらい微細な、魔術文字らしきものが刻まれている。


「そこから盗まれたのが、〝龍血杯(りゅうけつはい)〟だ」


 シャオリィさんが、台座の穴を指差しながら続ける。


「犯罪王の継承に必要な祭具、或いは魔導具で、内部から龍の血液があふれ出る仕組みになっていた」

「龍の血液、ですか」

「あくまで便宜上(べんぎじょう)の名称だ。組成はほぼ水だと判明している。だが……」

「煙龍会の成り立ち上、おろそかには出来ぬか」


 閣下が口を挟むと、シャオリィさんは露骨に苦々しい表情を取った。

 事情はよく解らないが、謎の詳細がわからないうちから沈黙されても困る。

 私は続きを促すべく、問いを投げることにした。


「成り立ちというのは?」

「オレたちのルーツは流刑の貴種だった。そんな話に、聞き覚えはあるか?」


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