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閑話 迷宮カメのスープ事件 ~犯人視点~

 というわけでして、はい、今回の犯人もわたくし。

 つまりはスライムテイマー・ベスなのでございますぅ。


 ……と、拍手喝采を(つの)るのは、さすがに厚顔無恥が過ぎるというものでしょう。

 当時、ザイに拾って頂いたわたくしは、復讐が頓挫(とんざ)して随分と打ちひしがれておりました。

 そんなわたくしに、ザイやガンサイといった仲間達はとてもよくして下さって、控えめにいってお姫様のように持ち上げられる日々だったと記憶しております。

 正直、蜜月ハッピーエブリデイでございました。


 ただ、彼らと触れあううちに、いささか思うこともありまして。

 復讐とかもういいのでは? 殺す手段自体が思い浮かばないですし……なんて考えれば考えるほど、(まぶた)の裏にちらつくのは妹の顔。


 わたくし、ネバーギブアップ!

 己を奮い立たせ、復讐心を燃やして、歯を食いしばって幸せを払い除けていきました。


 しかしながら、アベンジにはお金が()るもの、生きて行くにも物が入り用、何がなくともまずは金。

 そんなわけで、ザイたちとパーティーを組み、幾度かダンジョンへと潜っていた次第です。


 そんなときに起きましたのが、深層落下事件。

 地面に叩きつけられる直前、空裂魔術をしこたまぶちかましてクッションにし、一命を取り留めることに成功しました。

 あのときほど、飛行系魔術の発展を望んだときはありませんでしたねぇ。

 現状の魔術では、空を飛ぶことどころか浮き上がるのだって難しいですし。


 おっと、話が()れましたか。

 閑話休題。


 色々と端折(はしょ)りますが、私とザイ、そして数名の仲間はエスケープルームへ閉じ込められてしまいました。

 偽りの希望の名に恥じず、あそこは安全性が皆無。

 大型のモンスターこそ侵入しては来ないものの、小型のものは容赦なくやってきますし、デカいのは外で手ぐすね引いて待機しています。

 はっきりいって詰み。わたくしたちマストダイ、ジャストナウ!


 ひとり、またひとりと倒れていく仲間達。

 さすがのわたくしも弱気になる中、けれどザイは心に輝きを持っておりました。

 それはもう、尊い輝きです。

 なんと、なけなしの食料をすべてわたくしに分け与えて下さったのです。


 いくら固辞しても、彼は譲りはしません。

 防具の革を煮詰めるときになっても、自分は煮汁を飲むだけで、本体はわたくしに与えてくれたのです。


 なんという善意の化身。

 まったく、世の中も捨てたものじゃないぜ、美しいぜ! などと、当時は深く感動いたしたものです。

 同時に、無道な振る舞いをする悪党どもを野放しにはしておけないという怒りが、わたくしの中でふつふつと煮えたぎりはじめました。


 思えば、彼から(ほどこ)された栄養と。

 そしてこの怒りが、わたくしに力を与えたのでございます。


 さて、いよいよ食糧が尽きる時が来ました。

 ザイの意識はもうろう。

 彼のテイムモンスターであるスライム達も、もはや食糧が尽きてぷるんぷるんするのが精一杯。


 早晩死にます、全滅の憂き目に遭います。

 これは確定事項といってよいものでした。


 飢餓と渇きと絶望が襲い来る暗所。

 くらやみというのは、恐ろしいものでございます。

 なにせ、なにも解らない。未知。

 ひとは原初の頃より、闇を恐れ、そこにバケモノを幻視してきましたが。

 わたくしは逆に、憎っくき怨敵をそこへ見出したのです。


 気が付けば、足はエスケープゾーンの外へと向かっていました。

 錯乱していたのでしょう。

 足下にはザイが付き添わせてくれたスライム。

 こうなれば彼らと玉砕覚悟でモンスターをぶち殺すしかない。

 その肉を食べて生き延び、地上へ舞い戻るほかないとわたくしは思い詰めます。


 そして、やつが現れました。

 眼前に立ちはだかったのは、妹の仇たる怨敵。

 解っております、それは幻覚だったのでしょう。

 それでもわたくしは、壊れかけのナイフを振り上げ、やつへと挑みかかり。


 ……気が付けば、足下にスライムの死体が散乱していました。

 そうなのです。よりにもよってわたくしは、ザイが善意で同道させてくれたテイムモンスターを殺してしまったのです。


 やっべ、()っちゃったゾ?

 なんて茶目っ気たっぷりではございません。

 めっちゃ恐慌状態です。

 ですが極限の飢餓は、わたくしに人知を超えたアイディアを与えもしました。


 そう、殺してしまったものは、食べちゃえばいいじゃないかと……!


 というわけで、いそいそと亡骸(なきがら)を持ち帰り、大型モンスターから襲われる前にエスケープゾーンへと再避難。

 残り少ない魔力で火を熾し、その辺にあった防具――兜とかだったと思います――を使ってスライムを蒸し焼きに致します。

 え? 魔術で水を生成して煮ればいい?

 あっはっはっは。


 ……魔術で作ったものは、しばらくすると影も形もなく消滅するものなのです。

 体内に取り込んでさえしまえば多少残留しますが、調理し、煮込み、食べ終わるまではとても保ちません。これは魔術学校を卒業している、わたくしほどの術者でもそうです。


 そうこうしているうちに蒸し上がりました。

 蓋を開けてみると……なんと奇跡的にスライムの内容物が液体になっております。

 これはうれしい誤算。

 わたくしは喜び勇んで、ザイへこのスープを与えました。


 彼は何か不穏なものを感じたのかしばらく躊躇していましたが、わたくしのことを信じると仰って、口にして下さいました。

 全てを食べ終えた後、彼は訊ねます。

 これは、なんなのかと。

 わたくしは答えました。


 迷宮カメのスープです、と。


 だって、スライムを殺してしまったことが後ろめたかったですし。

 そんな錯乱したところがあったと、彼に知られるのはとても恥ずかしかったのでございます。


 さてはて、このあと、たまたま深層攻略にやってきていた冒険者たちに救われたわたくしたちは、無事に地上へと生還しました。

 そうしてわたくし、ここで電撃的な閃きに至るのです。


 ええ、スライムを食べることが可能なら、それを喉に詰まらせることも可能ではないかと!

 なので、ザイから何か重要な告白を受けたような気がするのですが、割と上の空でございました。

 だって、あの憎っくきこん畜生をぶこっろする方法を思いついてしまったのですから。


 かくしてわたくしはザイからテイマーとしての心得を学び、そして復讐を達成するため、その側を離れました。

 いえ、まさか今回のような一件に発展するなど、露とも考えていなかったのでビックリ以外の感情がないのですが。

 ですが……心よりよかったと思います。


 なぜって、ザイは元気で、健勝だったのですから。


 なので、ええ、はい。

 一時的に監獄から出して頂いた辺境伯閣下と奥方様には、まったくもう足を向けて眠れないわけでして。

 なにかあったら、ぜひともお頼り下さい。

 このベス、魔術と才能の全てを使って、きっと奥方様に報いて見せますので……!


 あ、それから、一応ガンサイにも無事だとお伝え願えますぅ?

 あの図体で彼、けっこうナイーブ、心配性なので!

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