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第四話 解決編

 それで、場はいったんお開きになった。

 あれ以上お店側へ迷惑をかけるわけにもいかなかったし、とある準備が必要だったからだ。

 なにせ別れ際、私はこんな啖呵を切ってしまったのだから。


「七日後、辺境伯邸に来て下さい。きっとご納得いただける迷宮カメのスープをご用意しますよ」


 さて、当日になって。

 ザイさんはおっかなびっくりといった様子で屋敷を訪ねてきてくれた。

 ……なぜか、シャオリィさんも一緒に。


「たまたまそこで一緒になってね。ぜひオレにも最後まで立ち会わせてもらいたいなと、門を潜らせてもらったのさ」

「失せろ。衛兵、このものをつまみ出せ」

「あー! 愛しいレディー、たすけてくれないか!」


 なぜか怒った様子で実力を行使するエドガーさまを(なだ)めつつ、糸目な彼を放置し。

 中庭に設営したテーブルへと、ザイさんを案内する。


 腰掛けた彼の前へ、私は皿を運び、置いた。

 彼が、ピクリと鼻をうごめかせ、大きく目を見開く。

 唖然とした言葉が、漏れ出した。


「透明な、肉……?」


 そう、スープの中に浮かんでいたのは、透明な肉……ゼリーのようなものだったのだ。

 当惑する彼へ、私は実食を(うなが)す。

 震える手でスプーンを持ち上げたザイさんは、ゼリーごとスープを口に運び――


「あ、ああ、あああああ」


 ぼたぼたと、涙をこぼした。

 けれどそれは、あの日レストランで見せた悲しみと絶望の(しずく)ではなく。


「これだ……僕があの日食べた味は、これだ! ぷつりとした食感、広がる酸味と(なまぐさ)さ……でも、この肉は、いったい?」

「考えてみれば、じつに明瞭なことでした」


 請われるがままに、私は解説を始める。

 そう、さほど難しい理屈ではないのだ。


「お話を聞く中で、私はある存在がたびたび登場しながら、しかし最終的にフィードアウトしていることに気付いたのです」


 それは、ずっとザイさんとともにあり。

 だが、帰還したときには影も形もなくなっていたもの。


「それは、いったい」


 身を乗り出してくるザイさんを、まあまあと押しとどめ。

 私は順番に話をしていく。


「ダンジョン深層は弱肉強食の世界であり、弱いものは真っ先捕食されます。とても人間がモンスターから奪える獲物はなかったでしょう」

「だったら」

「しかしそこに、一つの例外があります。パンの(かび)を覚えていますか?」


 もちろんだと頷く一同。

 エスケープゾーンに放置されていた食料は、腐ったり黴が生えたりしていた。


「ですが、これはおかしいのです。深層に、黴などが生える余地があるでしょうか?」

「可能性はゼロじゃ無いと思うが?」


 口を挟んでくるシャオリィさん。

 確かに、完全に否定は出来ない。


「けれど、普段から空間を漂っているとも考えられないのです。苗床となる相手は存在しないのですから」


 生きている強力なモンスターの身体に黴は生えないだろう。

 では(しかばね)はどうか。

 あの世界は弱肉強食。

 おそらく皮から骨に至るまで食べ尽くされている。


「となれば、外部から持ち込まれた可能性が高い。冒険者がパンに黴の菌糸がついていると知らずに深層へ潜り、そして繁殖した」

「なにが言いたいのかな、レディー・ラーベは?」


 こちらの真意がわからないからだろう。

 少しばかり真剣な顔つきで、シャオリィさんが詰めてくる。

 確かにそうだ、いささか増長になってしまった。

 端的に答えを述べよう。


「同じく地上から持ち込まれたものならば、充分食料たり得たということです」

「だから、そんなものがどこに」

「――そうか、読めたぞ小鳥」


 糸目タトゥーの彼を(さえぎ)って、閣下が得心がいったとばかりに手を打つ。


「テイムモンスターだな?」

「その通りです、エドガーさま。ザイさんの従僕、あの場にいたスライム(・・・・)こそが、迷宮カメの正体だったのです」

「す――スライムだって!?」


 驚愕するザイさん。

 たしかに、彼にしてみれば盲点だったのだろう。

 だが、じつに単純なことなのだ。


「疲弊した冒険者が、深層で得られる食料は、あの場面においてただ一つ、スライムの他にありません」


 消去法というならば、これこそ消去法だ。

 少なくとも、ザイさんたちが食事をしたあとからスライムは話に登場してこない。

 であるなら、おおよそ間違いなく、犠牲になったのはそれなのだ。


「だけど、それは、そんな……」


 受け容れられない様子で右往左往するスライムテイマー。

 私は、ここでダメ押しをする。

 そのために、一週間の時間が必要だったのだ。

 閣下にお願いして、とある人物をこの場へと連れてくるために。


「では、そのスープを作った本人からお聞きしましょう。あなたが材料にしたものは、何ですか?」

「――はい」


 木陰から、彼女が歩み出てくる。

 ザイさんの両目が、これまでに無く、大きく見開かれた。


「ベス……君なのか!?」


 豊満な身体を持つ妙齢の女性。

 私がこの領地へやってきた日に起きた、とある事件の犯人。

 それこそが。


「ええ、ザイ様の元パートナー、勝手に出奔(しゅっぽん)した罪深い女こと、わたくしはベスで間違いありません」


 スライムテイマーの掃除屋にして魔術学園主席卒業者。

 ベスさんに、他ならないのだった。


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