第三話 迷宮カメについての迷推理
「モンスターって、えっと」
「シャオリィ・ヴァーン。オレの名前はシャオリィ・ヴァーンだ。ザイとかいったか。君、彼女は何も嘘をついていなかった。それが真実だと思わないのか?」
混乱した様子のザイさんに、龍を模したタトゥーの彼は熱弁をふるう。
「深層にだって生態系はあるさ。だったら、その中で比較的弱いモンスターを狩って食事にした。弱肉強食、当然の理に則ってだ」
「でも、弱いモンスターは群れる。それに深層ともなれば、当時の僕らでは撃破出来る相手ではなくて……」
「言っただろう? 生態系さ。捕食者がいるなら、彼捕食者だっているはず。エスケープゾーンには黴があった。なら、植物だってありそうなものだろう。例えば……バロメッツとか」
バロメッツ。
図鑑で目にしたことがある植物系のモンスターだ。
茎を伸ばした先に果実が実り、これが大きく成長すると中から羊が出てくる。
この羊には血と肉と骨があり、食することが可能であるとか。
まるで餌となるためだけに存在するようなモンスターだが、果実とは得てしてそういうものだ。
他の生物に食されることで捕食者の体内に種を留まらせ、遠方で糞とともに排出させて、芽を出し繁殖圏を広げる。
深層に生態系があるとすれば、たしかに類似するモンスターがいる可能性は否定出来ない。
味についても、血抜きが出来ていない羊肉ならば酸味と腥さがあるだろう。
だが。
「で、でも……そんな植物があったら、他のモンスターが集まってくるはずだよ。そうなったときに競い合ったり、バロメッツを抱えて逃げたりするだけの体力は彼女に無かったと思う……」
ザイさんが否定したとおりだ。
食うか食われるかで循環する生態系において、餌の競合はどちらかの死に繋がる。
バロメッツ説は現実的ではないように思える。
「レディー・ラーベはどう思う?」
シャオリィさんが、こちらへ話を振ってきた。
答えようとすると、ずいっと大きな背中がこれを遮った。
エドガーさま?
「弁えよ、我が妻を愛らしい娘と呼ぶことの不遜さを」
「……おっと、恐い恐い。冷酷無慈悲な辺境伯閣下に睨まれちゃ、いかなるオレでも軽口すら叩けない。だったら……そうだな、ラーベちゃんの考えを逆に推理してみようか」
糸目の男性はしばらく顎を撫でていて、パッと顔を明るくする。
なにか思いついたらしい。
「レディーはこう考えているんじゃないか? 仲間の彼女が召喚術士だった。それで、契約していたモンスターを呼び出して食事にした。あるいは食料を呼び出した。どうだろう、筋が通ると思わないか、ザイくん?」
「彼女にそんな素養は無かったよ。テイマー職なら、いい線をいっていたけれど」
ザイさんがすぐさま棄却。
シャオリィはめげずに次の案を出す。
もはや私の思考というよりは、彼の当てずっぽうだ。
「武具に使われている革製品を煮込んだ。その可能性はいくらばかりだい?」
この解答にも、やはりスライムテイマーさんは首を横に振ってしまう。
現場にあった革製品や、身につけていたものも、とっくに食べてしまっていたと。
「つまりだ」
シャオリィさんが、ニタリと嗤う。
「ザイくん、君はいま、あり得そうな可能性を全部否定してしまったわけだ」
「う」
「レディー・ラーベ、こういうのはなんて言ったかな。そうそう、消去法推理。だったら、残された可能性は一つじゃないかい?」
「うう」
「そう、ザイくん。スライムテイマーの冒険者くん。君自身が言ったんだぜ? 自分は」
彼は。
「仲間を食べてしまったんじゃないか、ってね」
「ううう」
呻き、頭を抱え、顔面を蒼白にするザイさん。
これを意地悪そうな顔で、実に愉しそうな表情でタトゥーの彼は見下ろしている。
そうして、またも私を意味ありげに見遣り、
「どうだろう、オレの名推理! レディー・ラーベにいいところ見せられたかな? あるいは、運命的にときめいてくれたりしたかい?」
なんて告げてきた。
私は。
「いいえ。残念ながらシャオリィさんは、重大な見落としをしています」
蹲ってしまったザイさんにそっと手を差し伸べ、立ち上がらせながら断言する。
「彼が食べたものは、人間ではありません。しかし、仲間ではあります」
「――? それは、いったい」
明瞭なことだ。
「ザイさんのすぐ傍にあったものこそが、その命を繋いだ希望だったのです!」




