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第二話 その冒険者は何を食べたのか?

「仲間を食べたとは、どういうことですか?」


 気が付けば、私は席を立ってその人物へと話しかけていた。


「え、誰ですか?」

「私はラーベ。あなたは?」

「僕は、ザイですけど……」


 当然だが警戒されている。

 こういうときは、攻め手を緩めず、相手を当惑させてしまうのが定石(セオリー)だ。


「ザイさんのご職業は?」

「あ、その……冒険者……スライムテイマーをやっています」

「普段はどうやって生計を?」

「ダンジョンへ潜って採取とか探索とかやっていて」


 よし、矢継ぎ早に質問をすることで、ザイさんの精神へ麻痺(サプレッサー)効果が生じた。

 これで先ほどのように、いきなり取り乱すこともないだろう。

 とはいえ、地べたに座り込ませたままというのはよくない。

 本題にも入りたいし……仕切り直しが必要だ。


「シェフ、あるいは支配人さん。個室をお借り出来ますか?」


 私のお願いはすぐに叶えられた。

 エドガーさまが身分を明かしたからだ。


 そうして、レストランの個室に四名の人物が揃う。

 私と、閣下と、冒険者のザイさんと。


「なぜ貴様がいる?」

「落ち着けよ旦那、オレにだって興味がある」


 シャオリィ・ヴァーンさん。

 彼は楽しげに口元を歪め、ザイさんへと問いを投げる。


「それで君、何があったんだい?」


 彼はおずおずと語りはじめた。

 苦難と絶望に満ちた、冒険譚を。



§§



 ザイさんは元々、個人(ソロ)でダンジョンへと潜る冒険者だった。

 あるとき魔術に秀でた女性と良い仲になり、気の合う武闘家の友人を含め数人でパーティーを結成、迷宮探索を行うようになったらしい。


「僕はいわゆるテイマー職で、スライムを操るのが得意だった。最弱のモンスターなんて呼ばれもするけど、群れをなせばそこそこ強いし壁にもなる。育て方によっては、いろいろな役割を与えることも出来た。その日もたくさんのスライムを連れてダンジョンへ潜ったよ」


 ところが、彼らは探索の途中で落とし穴(ダスト・シュート)の罠を踏んでしまう。

 一気に地下深く、深層と呼ばれる帰還困難領域まで落下したザイさんたち。

 なんとか一命を取り留めた彼らだったが、深層でしか遭遇しない凶悪なモンスターに追い回され、ひとり、またひとりと脱落していく。


 追い詰められ、恐怖に(おのの)き、心がへし折れそうになったとき。

 ザイさんたちは、〝そこ〟へ辿り着いた。

 ダンジョンには必ずある偽りの希望――エスケープゾーンに。


 切り取られたように四角い部屋。

 周囲は岩壁で、唯一の出入り口は細い。

 深層に()む大型の魔物は侵入してくることはなく、他の場所よりは安全。

 だが、逃げ出せばすぐさま襲われ、(とど)まればいずれ食糧が尽きて死ぬ。


 それゆえに、偽りの希望。

 エスケープゾーンは、そんな場所だった。


 ザイさんと残された仲間は、生き残るためエスケープゾーンを探索した。

 けれど見つかったのは壊れた武具、いつのものともしれない変色した薬品、()びた食料、そして白骨化したいくつもの遺体。

 それでもなお、生きようと誓い合い彼らは必死に耐えた。

 狂乱の最中、恐慌を起こさないように闇黒に包まれながら、理性の明かりを灯して。


 されど日が経つにつれ、一人、また一人とその命が失われていく。

 最後に残ったのはザイさんと魔術師の女性、そしてスライムだけ。

 極限の緊張と喉の渇き、そして(かつ)えからくる絶望に心が支配されるザイさん。

 このまま死ぬのだと嘆く彼を、魔術師は根気よく(なだ)めた。

 だが、言葉だけでは、優しだけでは空腹は満たされない。


 もうだめかとザイさんが覚悟したとき、女性がふらりとエスケープゾーンの外へと出て行った。

 食料を用意してくる、そう言い残して。


 これを止める気力も、追いかける体力も彼には残っていなかった。

 ただ彼女に死んで欲しくないという願いから、残されたスライムを護衛に付けて、ザイさんは待った。

 はたして、女性は無事に戻ってきた。

 そして、そこで出された料理こそ――



§§



「スープだったんだ」


 うなだれた様子で、ザイさんが語る。


「壊れかけの鉄兜に入った、色も解らないスープ。調理に使った魔術の微かな火が照らす中で、僕はこれを夢中で飲んだ。酸味と(なまぐさ)さがつきまとう肉が入っていて、噛むとプツッと弾けた。……だけど美味かった、命の味がした」


 食べ終わってから、彼は訊ねたのだという。

 これはなんの肉だったのかと。

 魔術師の女性は答えた。


「迷宮カメのスープだって」


 その後、二人は救助された。

 偶然深層を探索しに来ていた実力派パーティーの手によってだ。

 生還したザイさんは女性へ求婚した。

 命が助かったのは彼女のおかげだと思ったからだ。


「けれど、彼女は答えをはぐらかして……そして僕の前から姿を消してしまった。それから一年以上探していて……風の噂でこの街にいると聞いてやってきたんだけど見つからない。そのうち、再会したら一緒に食べようと思っていたこの店の予約期限が来て」


 キャンセルするのも勿体(もったい)ないので、今日、ひとりで食事をすることにしたのだという。


「料理は迷宮カメのスープを頼んでいた。あのときのことを思い出したくて。でも」

「食べてみたら、味が違ったというわけですね?」

「……ああ」


 頭を抱えた彼は、しばらく押し黙り。

 やがて、ぽつりとこう呟いた。


「あのとき、彼女は何を料理したんだ? 僕らが食べたものは、もしかして――」


 その先の言葉は聞こえなかった。

 大きな笑い声と、拍手の音が(さえぎ)ったからだ。


 シャオリィさんだ。

 彼はひとしきり笑うと、ぎょっとした様子のザイさんへ語りかける。

 実に(たの)しそうな様子で。


「簡単だとも、冒険者のお兄さん。このオレ、シャオリィ・ヴァーンが君の食べたものを当ててやるさ」


 チラリとこちらを見遣り、なぜかサムズアップを決めてくる糸目の彼が。

 推理をひとつ、口にする。


「ずばり――深層のモンスターだ!」


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