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第五話 不幸な武闘家事件(答え合わせ)

「ひとつ――ひとつだけよろしいでしょうか、ラーベ様」


 すっかり犯行を認めたアゼルジャンさんへの処罰や、集まった参加者の皆さんへの補填、そしてガンサイさんの処遇すべてをお任せして帰途に就こうとしたところで、私は男爵に呼び止められた。

 振り返ると、彼は迷彩が解かれた宝箱を指差し、真剣な眼差しで訊ねてくる。


「この中身は、何なのでしょうか?」


 質問の意図は明確だ。

 ただ何が入っているかを知りたいわけではないことぐらい、私にだって解る。

 案の定、彼はこう続けた。


「アゼルジャンとは長年の主従でした。無意味にこのような蛮行へ手を染めるなどとはとても思えません。金銭や入り用の物品があれば自分が準備するからです。では、いったい何があの真面目な男を犯行へと狩り立てたのか」

「それを知りたい……ですか」


 強く、トマス男爵が頷く。

 確かに、それは謎として興味深い。

 ……改めて考えなければならないほどの謎かといえば別だが、それでも望まれるのなら、私は役目を果たそう。

 悪徳を司る貴族の令嬢として、その使命を。


「〝絶対に開かない宝箱〟、これは古い時代からありました。鍵穴はありますが、鍵自体が存在しないものとしてです」

「では、ものを入れるものではないと?」

「いいえ、他者へ絶対に(・・・)見られては(・・・・・)ならないもの(・・・・・・)を納めるための箱なのです」


 当惑した表情を見せる彼。

 無理もないことだ。

 私は少しだけヒントを口にする。


「男爵は、誰にも知られてはならない秘密を、外部へ漏らすことなく他者とやりとりしたいとき、どうしますか?」

「それは、通信魔術に暗号術式を仕込んで……いや、古の時代にそんなものはない。では、まさか!」


 勤めてにこやかに、私は首肯した。


「はい。古来の貴族が、ダンジョンという人を寄せ付けない場所を用いて行った、親書の交換ポストとでもいうべきもの。機密ブラックボックス。それが、〝絶対に開かない宝箱〟の正体です。ですから、あの鍵穴は」

「そうか、複製の作れない専用の鍵を用意することで、事情を知っているもの同士だけが中を確認出来る。そういうことですね、ラーベ様?」


 一息にまくし立ててくる彼は、ただただ感心したように頷いてみせる。


「それほどの機密だ、価値としては計り知れない。ならばアゼルジャンも欲しがったはず。なるほど、なるほど」


 満足したらしく何度も感嘆の声を上げる男爵へお別れの挨拶をして。

 私とカレンは、会場を後にするのだった。



§§



「お嬢様、よく我慢をされましたね。中身を(あば)くまで帰らない、そう申されるかと覚悟しておりました」


 ボロ切れみたいだったメイド服を真新しいものへ着替えたカレンが、意地悪な顔で訊ねてくる。

 何のことだと誤魔化してもいいが、無意味すぎるので正直に答えた。


「あれはそもそも、開かないものなのです」

「……は?」

「実は、男爵が事態の収拾に勤しんでいる間に、ガンサイさんへ協力を仰ぎました」


 なんでも気功術には、波動(オーラ)を用いて閉所(へいしょ)の探索を行う技があるらしい。

 その応用で、箱の中を探ってもらったのだ。

 探知術式が効かないのは、魔力を伴うから。

 ならば、それを必要としない技術によれば、中身を知ることが出来るはず。

 結果、


「――つまっている、みっちりと。だから振っても、音すらしない」


 武闘家は、そんな答えをくれた。


「よって、結論は定まりました。あれはそもそも、一つの金属を削り出して作った箱形のオブジェなのです」

「オブジェ……でございますか」

「カミソリ一枚通さない蓋、鍵開けの道具も入らない鍵穴、繋ぎ目のない筐体(きょうたい)、そして内部が完全に充填されていること。つまり、蓋は作られていない、鍵穴も貫通していない、元々そういう形の金属の塊であった、そう考えるほうが素直ではありませんか?」


 少なくとも、出揃った証拠からはそうとしか思えない。


「では、そんなものを何のためにダンジョンへ……」

「宝箱は、大いなる昔からダンジョンに設置されているものです。その起源を辿るのは……ええ、今回はさすがに遠慮しておきましょう。ですが」


 こと〝絶対に開かない宝箱〟に限って言えば。


「〝悪意の結晶〟。ゴーレムの試作品、ミミックの原型というところでしょうか」


 鍵穴のように見えた部分は、おそらく動力源(コア)を取り付けるアダプターだ。

 同じ階層にコアを隠しておくことで、それを見つけた勘のいい冒険者が、宝箱を開けようと試みる。

 次の瞬間、箱は襲いかかってくる。


「決して壊れない、魔術も通用しないゴーレムとして」

「なんと、悪辣(あくらつ)なトラップで」


 あのカレンが青ざめた顔をするが、当然というほかない。

 なにせ、ご先祖様のやらかし(・・・・・・・・)なのだから。


 そう、〝絶対に開かない宝箱〟をばら撒いたのは、クレエア家のルーツになった人々だ。


「もっとも、表面に書かれている術式にはバリエーションがあります。まったく別の役割を持つオブジェクトもありはするでしょうね。結局、誰かを害するものには違いないのでしょうが」


 各地に点在する開かずの宝箱は。

 今日も迷宮で、人々を待つ。

 欲望に負けた誰かを、不幸にするために。


 ……いやはやまったく、よほど実家の業というものを私へ見せつけたいらしい。

 見せつけた上で、お前は何も感じないだろう? と、そう彼女は言いたいのかもしれないが。


「リーゼ……」


 私は。

 きっと今回の一件の裏に潜んでいただろう実妹の名を。

 胸の中だけで呼ぶのだった。

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