第四話 解決編
「さて、今回の一件には不可解な謎がつきまとっていました。開けられない、壊せないはずの宝箱が砕かれたことです」
一同を再び集めて、私は謎解きをはじめる。
この場合、宝箱の中身はさほど重要ではない。
従って、盗難が起きたかどうかも、思索の外へ出すことが可能。
よって、唯一大切なことは。
壊せないものが壊れたという一事に集約される。
「魔力を吸収し、物理的にも強い耐久性を持つ宝箱です。破壊は困難だったでしょう」
「だから、この盗人が――っ」
横やりを入れてくるアゼルジャンさんを見遣り、ふんわりと微笑んで見せれば、彼は息を呑み、押し黙った。
容疑者筆頭であるガンサイさんが「似ている、あの女と」なんて言っているから、クレエア家っぽい顔になっていたのかもしれない。
閑話休題。
「ハッキリと言いましょう。壊せないものは、壊せないのです。スライムがドラゴンに挑んでも勝てないようなものです」
「しかし、実際に箱の中身は失われた。これは厳然たる事実。ならば如何なる仕儀によるものでしょうか?」
「トマス男爵の疑問ももっともです。そして、そここそが解決すべき点と言えるでしょう。カレン」
「はい、お嬢様」
指示を出すと、カレンが一つのテーブルへと歩み寄る。
そしてテーブルクロスの端に手をかけると、一息に引っ張った。
テーブルの上に乗っていたあらゆる料理が宙に舞うかと予想して、人々が悲鳴を上げる。
けれどそれらはぴたりと静止し、純白のクロスだけが手元に残った。
いわゆる大道芸の類い。
愉快だったのか、或いはそういう商売にも手を出したことがあるのか、ガンサイさんは感心したように手を叩き、他の皆さんはただ驚いていた。
だが、彼らはまったく異なる事柄で、もっと別の驚きに襲われることだろう。
「そこです、カレン」
「心得ております。カレン、記憶力に自信」
布を持った私のメイドは、ガンサイさんが最後に倒れた場所へと向かう。
そうして、バッと純白の大布を宙に放った。
「こ、これは……!」
驚愕の声を上げる男爵。
舞い降りた布は、形を作る。
何もなかったはずの場所へ。
宝箱の、輪郭を。
「ガンサイさんの探し人がヒントとなりました。斥候職のかたは、必ず情報を敵地から持ち帰らなければならない。そのことから、姿や気配を隠す魔術を習得すると聞いたことがあります」
そしてもし、この魔術を自分ではなく任意の対象に付与出来るのだとしたら?
「し、しかし。〝開かずの宝箱〟は魔力を吸収して……そうか!」
「ご賢察です、トマス男爵。宝箱の上にいまと同じように布をかければ、直接触れたわけではないので魔力吸収の作用は発生しません。ではそのさらに上へと隠蔽魔術を重ね掛けすれば……?」
そう、不可視の宝箱が誕生する。
「だが、この事実を知っていたものとなれば……まさか」
「そうです、明瞭なことですね、男爵。この中で明確に、迷彩魔術を使えた人物といえば」
私が名前を読み上げるよりも早く、ある人物が逃走を図った。
だが、その場で大きく転倒して地面へと突っ伏す。
足下に見えなくなっていた宝箱があったから?
違う、いつの間にか陣取っていたカレンとガンサイさんが同時に足払いをかけたからだ。
「う、うう」
傷みに呻きながら起き上がった人物、それは。
「元冒険者、スカウト職の現執事、アゼルジャンさん――あなたが、犯人ですね?」
燕尾服の彼が、恨めしそうな表情でこちらを睨んでいた。




