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第一話 名探偵令嬢、謎に釣られて夜会に出席する

 絶対に開かない宝箱がある。

 中身は不明で、製法も不明。

 いつ頃作られたのかも解らない。

 それが、とある夜会に余興として持ち込まれるらしい。


 ……なんて話を聞いて、私は破滅的好奇心(キュンリズム)を抑えることが出来なかった。

 夜会の主催者が、見知っている人物だったことも大きい。


 所用があって同行出来ない、ゆえに参加は認められないとするエドガーさまへ。

 数時間にわたる理路整然とした説得を試みた結果、私はパーティーへの出席を許可された。


 どっぷりと日が暮れたころ、会場には魔術の明かりが(とも)り、宴の開始が告げられる。

 カレンを伴って煌びやかな入り口を潜れば、身形のよい人々が、既に立食形式のパーティーを始めていた。


「これはラーベ様!」


 周囲を見渡すまでもなく、聞き知った滑舌のよい声がこちらへ届いた。

 振り返ればそこに、仮面の人物が。

 トマス男爵、この夜会のホストだ。


「トマスさま、本日はお招きいただきありがとうございます」

「こちらこそ招待に応じていただけるとは。早速ですが、御覧に?」


 なんて話がわかる方だろう。

 私は可能な限り愛嬌のよい笑顔を作って首肯し。

 ふと気になったことを訊ねる。


「ところで、そちらの方は?」


 男爵の隣には、眼鏡をかけた背の低い壮年男性がいた。


「ああ、これは執事のアゼルジャン。自分に長らく仕えてくれている信頼出来る男です。精神(メンタル)身体(フィジカル)魔術(マジカル)、あらゆることに一定の理解があります。御用向きがあれば、全て彼へ」

「アゼルジャンと申します」


 主人とは対照的に、言葉少なく、しかし確かな礼節と気品を持って執事さんはこちらへ頭を垂れてくれた。

 ふむふむ、教養を感じる。

 恐らくはどこかの貴族、その二男坊か三男坊と言ったところか。


「……彼は家から追い出された身でしてね、若い頃は斥候職(スカウト)としてダンジョンに潜っていたこともあるのです」


 などと考えていたことが顔に出たのだろう、男爵が補足してくれた。

 そうか、スカウト。

 名前の通り偵察や鍵開け、罠の探知に優れた職業だ。

 先ほどの、あらゆることに一定の理解があるという言葉が裏打ちされたといっていい。


「彼の特技はモンスターから隠れることでしてね、それで経験が浅いうちから難しいダンジョンに潜り、何度も生還してきた実績があります。そうだなアゼルジャン?」

「はっ。ですがそんな生活も限界となった頃、旦那様に拾い上げて頂いたのです。以来、恩義に報いるため研鑽に努めております」


 今度は雄弁に語るアゼルジャンさん。

 それだけトマス男爵へ大きな感情を抱いている、ということだろう。

 納得していると、男爵が眼鏡を押し上げ、キラッと輝かせながら更なる補足を付け加えた。


「実はハゴス子爵に協力したのも、アゼルジャンのことで冒険者に興味を持っていたからなのです。つまり、彼は既に自分への恩義を果たしているとも言えますな」


 声に出して笑い、自慢の執事の背中を軽く叩く男爵と。

 もったいなきお言葉ですと(こうべ)を垂れる従者。

 非常によい関係が構築されているように思えた。


 と、そんな楽しい談笑もあっと言う間。

 私たちは会場の中心へと辿り着く。


 この頃になると、私の素性へ気が付いたものも現れ出した。

 そういう可能性も考慮して、フリルもレースも着いていない、なるたけ大人しいデザインの黒色ドレスを身につけてきたのだが……やはり先日の一件が尾を引いているらしい。


 男爵とアゼルジャンさんがあしらって下さっているので問題ないが、目的を達成したら迅速に引き上げるべきかもしれない。


「では本題です。ラーベさま、自分が現在、冒険者ギルドへ出資していることはご存じですかな」

「はい、ハゴス子爵の後を継がれたと」

「不思議な縁を感じましたからな」


 もともとギルドを活性化させるパトロン計画は、成金子爵と呼ばれた人物がひとりで推し進めていたものだ。

 彼は冒険者がダンジョンなどから持ち帰ってくる様々なアイテム、薬草、素材、宝物の類いに目を付けていた。


 トマス男爵はこれを引き継ぎ。

 現在は、全面的にギルドをバックアップしているとか。


 事実として、辺境伯領に連なる一帯における冒険者家業は、かつて無く盛況で、その結果として様々な〝物品〟がダンジョンから持ち出されている。

 より深く、より安全にアイテムを回収出来るようになったからだ。


「その成果物の一つが〝絶対に開かない宝箱〟なのです。アゼルジャン」

「はっ」


 〝それ〟の周りに出来ていた人だかりを、執事さんが掻き分ける。

 安置されていたものを見て、私は思わず感嘆の息をこぼした。


 宝箱だ。


 ダンジョンに、遙か昔から設置され、鍵を開ければ宝物が手に入るという、あの宝箱。

 いや……厳密には異なるか。

 宝箱には三種類あるのだ。


 物品が収められた、或いは既に抜き取られたもの。

 魔物が擬態したもの。

 そしてこの、絶対に開かない宝箱だ。


 いままでは中身を確認出来ないことから〝はずれ〟呼ばわりされてきたが、冒険者ギルドの指針が変わって評価が一転。

 稀少であるという理由から、好事家(マニア)の間で高値で取り引きされていた。

 そして男爵が援助するチームも、このたびめでたく探索から、宝箱を持ち帰ってきたという訳なのである。


 開かない箱。

 その中身という謎が、いま目前にあって。

 興味を、そそられないわけがない。


「近づいて観察しても?」

「もちろん。招待させていただいたのは、その見識をお借りしたかったゆえ。あわよくば中身を知りたい、そんな欲求は自分にもあります」


 堪えきれず漏れた言葉に、男爵は快く許可を下さった。

 私は生唾を飲み込み、即座に黒手袋を装着。

 魅惑の謎を検めていく。


 宝箱は、大部分が金属で作られているようだ。

 蓋はぴったりと閉じられており、カレンに用意させたカミソリを差し込もうとするが、まったく入らない。

 表面のあちこちには古い時代の魔術文字。

 さすがに専門家ではないので完全には読み解けないが、かろうじて『取り引き』、あるいは『置換』、『変化』に意味する文字が刻まれていることが解った。


 実際に触れてみる。

 硬質だ。

 どこもまんべんなく硬く、柔らかな部分、脆い部分というのは見受けられない。


 持ち上げようとするが、重い。

 何かがぎっしりと詰まっているのか、揺らしても中身がブレる様子はない。

 腕力に秀でた男性なら移動させられるだろうが、私がやるとどこか痛めそうな重さだ。


 次は鍵穴を覗き込んでみる。

 真っ暗。

 光を当てても同じ。


「ふむ……この中身について、魔術による探査を検討しましたか?」

「アゼルジャンを含む信用のおける人間に幾度か試させましたが」


 首を横に振る男爵。


「不思議なのです、一流の鍵開け職人も呼びましたが解錠には至りませんでした。つまるところ、中身については見当もつかないのです」

「鍵開けは物理的な技術によるものですか?」

「解錠の魔術でも同じ結果となりました」

「ほかになにかアプローチを?」

「もちろんです。当方に秘策あり!」


 彼は、待っていましたとばかりに口をニヤリと歪める。


「今宵の宴はその実演のため。お集まりの皆様、ご注目を!」


 彼が拡声魔術を用いて、会場全体へ言葉を届ける。

 思い思いに話をしていた参加者達が、一斉にこちらを向く。


「本日の目玉であります〝開かずの宝箱〟。こちらの耐久度を計測してみましょう。そう、空かないのなら壊してみせればいいのです」


 充分にお客達へ距離をとらせてから、男爵の合図でアゼルジャンさんが爆裂術式を宝箱へと照射。

 大きな音が響き、皆がびくりと身体を震わせたものの、箱には傷ひとつ無し。

 立て続けに幾つかの攻勢魔術が試されるが、やはり無傷。


 なるほど、〝開かず〟の二つ名に嘘偽りはなしだ。


「ですが、男爵。これは箱が……」

「さすがお目が高い。その通りですラーベ様。この宝箱は、魔術を吸収してしまうのです」


 つまり、逆説的に言えば。


「物理でなら破壊出来ると?」

「並の冒険者では無理でしたが、武術に特化した人物なら、或いは。ただ、そのような方々は中身の無事を勘案していただけない気がしておりましてな」


 暗に私の夫や、その好敵手である剣聖閣下について言及されている気がするが、一旦忘れよう。

 重要なのは、いまだ宝箱の中身が解らないということで――


「トマス様!」


 誰かが、おそらく執事さんが大声を上げた。

 見遣れば、彼は片目を閉じており。


 次の瞬間、私の視界が闇に包まれる。

 意識が奪われた?

 違う、会場の明かりが一斉に消灯したのだ。


 混乱と当惑のざわめき声が広がる。

 けれどそれは、すぐにより大きな驚きにとって代わられた。

 明かりが再点火されたとき、そこには。


「こ――壊されている!?」


 男爵の悲痛な叫びが響く。

 先ほどまで絶対の頑強さを見せていた宝箱。

 その上蓋が粉みじんに砕け散り、そして。


「トマス様、やられました! 盗まれたのです!」


 執事さんの怒りに燃える声。

 そう、宝箱の中身は。


 綺麗さっぱり、消え失せていたのである。


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