エピローグ 名探偵令嬢の幸福 (第一部最終話)
あれから、いろいろなことが起きた。
一連の事件、その首謀者であったクレエア家は処罰を受けることになる。
しかし、大陸と王家を支える巨大貴族の一角が崩壊することを、パロミデス王は危惧。
引退していた先代当主を当主に復帰させた上で、近隣の有力貴族から養子をとり家督を譲り、さらに別の貴族と婚姻させることで、完全に血縁に宿る権力を消滅させた。
あのままお家お取り潰しとなっていれば、我が家と一緒にあまい汁を啜ってきた連中が徒党を組み、大陸を割る戦争を起こしていたかもしれない……と考えれば随分穏当な処置だと言える。
お父様は爵位没収の上、終身刑が言い渡された。
監獄へと向かうお父様と顔を合わせたとき、
「小さめのひとり部屋は、意外と住み心地がよいものですよ?」
とアドバイスを送ったら、
「……貴様がもう少し早く、その悪意を発露させていれば、手元に置いて可愛がったものをな」
なんて、皮肉げな笑みを向けられてしまった。
おかしい、心からの言葉だったのに。
妹のリーゼはといえば、完全に姿をくらましていた。
……ちゃっかりと、クレエア家の資産をたくさん懐に入れてである。
こそ泥さんは〝法則〟を無視出来るほどの転移術士だ、今頃は常夏の国でバカンスに勤しんでいるか、あるいは〝結社〟あたりと合流しているのかもしれない。
「またお会いしましょう、最低で最愛のお姉様」
とは、自室に帰り着いた私の机の上に残っていた書き置きである。
我が妹ながら、大胆不敵だ。
おかげで、カレンが一日中私の警護に当たるようになってしまった。
カレンといえば、彼女の暗躍は不問とされた。
すべて私を思ってのこと。その上で国益に貢献したため、初めからエドガーさまの命令で動いていたと事実を改竄、情状酌量になった形だ。
これは、彼女の口から語られた暗殺者養成学校の情報が大きく作用していた。
クレエア家秘伝の毒物と、それに匹敵する薬物を用いて剣聖さまの弟子ほどの凶手を育成していた場だ。
取り潰すため即座に国の手が入ったが……もぬけの殻だったらしい。
拠点を一つなくせただけでもよかったと考えるべきか。
そうそう、セレナさんは王国お抱えの最大戦力として機能している。
今回の摘発でも、妨害に入ってきた一団をほとんど撫で切りにしたのか。
大陸最強の継承者は段違いだ。
さて、ここまでは外のこと。
ここからは辺境伯領に戻ってからのことになる。
冒険者ギルドは、かつてない賑わいを見せていた。
ハゴス子爵一行が見出した〝黄金郷〟行きのルートがついに再発見され、大開拓時代が訪れたのである。
実験的に用いられた冒険者保険や、消耗品のリースはこれに拍車をかけた。
子爵もきっと浮かばれていることであろう。
資源採掘用の鉱山は、クレエア家と〝結社〟が手を引いたことで業態が健全化された。
おかげで作業効率は上がり、今後も多くの恵みを辺境伯領へと齎すはずだ。
無名都市と呼ばれた砂漠の拠点にも、今後大きな査察が入るという。
ハイネマン辺境伯領は、犯罪温床都市の汚名を雪ぐことに注力していくと宣言した。
そして。
そして私たちは――
§§
「お嬢様、本日のお茶でございます」
カレンが差し出してくれたカップを、私は受け取る。
辺境伯邸のテラスから見える景色を嗜みつつ、薬膳茶の香ばしさを味わえば、脳髄が勝手に回転を始め出す。
どこかに謎でも落ちていないかとキョロキョロしていると、ノックの音が響いた。
入室してきたのは、褐色の肌に虹色の瞳を持つ貴公子。
エドガーさま。
彼は私の様子を一目見ると、瞳の色を愁いを帯びた青に変える。
「籠の外に出たいのか、小鳥よ」
「そんな、ひとをお転婆のように」
「否やがあるか?」
「……ありません」
確かに、随分と今回の一件ではエドガーさまに迷惑をかけてしまった。
とはいえ、こうやって部屋の中に押し込まれて、漫然と日々を過ごすのにも限界がある。
「初めてお屋敷を訪れた日、私は申し上げたはずです。謎をとかせてくださいと」
「ああ、あの夜を、俺が忘却することはないだろう」
言って、彼は喉の奥で笑うのだ。
まったく、こちらの気も知らないで。
「気も知らないで、か。確かにあの日、俺はお前を蔑ろにした。試した。計測した。それは幾たび謝罪の言葉を述べようとも許されることではない」
「ですが、私は既に許しました」
というより、まったく気にしていない。
正直にそう告げても、彼は静かに首を横へ振る。
「撤回すべき言葉というのはあるのだ。だが……」
「だが、なんですか?」
「……いささか気恥ずかしくてな」
実際、彼の頬は僅かに朱を帯びている。
驚いた。
このひとに、そんな感情があるなんて。
「俺を何だと思っている。……まあいい。ならば小鳥よ、あの夜お前が求めたとおり、謎を一つ捧げよう」
真剣な表情で。
エドガーさまは、仰った。
「俺はお前を愛している。この言葉は、真か偽か?」
「――――」
「……どうした。明瞭なことだとは、言ってくれないか」
「い――」
言えるわけが、ない。
だって、私は知っている。
彼がどれほど私を大切にしてくれたかを。
もしもそれが偽りだったのなら。
あるいは、真実だったのなら。
……これまで通りの関係を維持出来る気が、まったくしなくて。
「うー……」
けれど、謎を解かなければ気の済まない私の脳髄は、勝手に思考を進めてしまう。
エドガー・ハイネマン閣下。
夫であり、伴侶であり、いくつもの事件を共に切り抜けた戦友であり。
「……答えは、明瞭です」
「心して聞く。どちらだ?」
緊張しきった顔で訊ねてくる彼を見て。
ふと、悪戯心が芽生えた。
そうだ、これまで随分と振り回されてきたのだし。
時にはこんな形で答えるのもいいだろう。
「私は……閣下をお慕い申し上げております。この言葉が真実が偽りか、お解りになるようでしたら、お話ししたいと思います」
「……小鳥。ラーベ。我が妻」
彼が、どうしようもなく苦み走った顔で、告げるのだった。
「それは、卑怯だ」
「卑怯で結構です。だって私も――きゃっ」
抱き寄せられる。
目の前に、秀麗な彼の顔があって。
私は。私たちは、唇を――
「いえ、それは解釈違いですので。カレン、妨害」
「ちょ、カレン!」
「メイド、場を弁えろ」
「嫌でございます」
私たちの間に割って入るオレンジ頭。
彼女は、彼は、私は。
堪えきれなくなって、噴き出した。
「あははははは!」
……たぶん、人生で初めて。
私は謎解き以外が楽しくて、笑った。
かけがえのない親友、大切な家族。
彼らに囲まれながら、これからも私は生きていく。
悪徳貴族の令嬢ではなく。
辺境伯夫人として。
あるいは――やっぱり謎解きに目がない、ラーベ・ハイネマンとして。
だって世界はこんなにも。
魅力的な謎に、満ち満ちているのだから!
第一部 『名探偵令嬢、辺境伯家に嫁ぐ 編』 完――!
これにて第一部は完結です。
引き続き第二部をお楽しみください。
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