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第六話 メイドの助命事件(答え合わせ)

「リーゼ……? なにが、どうなっておる?」


 呆然とした様子で、お父様が呟く。

 語りかけられたリーゼは、クスクスと笑い、手に持っていた扇で私を指し示した。


「申しわけありませんけれどお父様、いまお父様にかかずらっている暇はありませんの。だってこれからは、姉妹による心温まる交流(おしまい)の時間なんですもの」


 言葉を失うお父様を無視し、彼女はこちらへ歩み寄ってくる。

 従えているのは、こそ泥さん。彼も自身を縛っていた鎖を、容易く消滅させて見せた。

 私は、仕切り直すために言葉を紡ぐ。


「さて――役者一同が舞台へと上がり、ピースが揃った以上は、謎を解かねばなりません」


 大きく息をつき、最初の問いを放つ。


「こそ泥さんが、転移術者だったのですね?」

「あら、いつからお気づきだったのです、みそっかすお姉様?」

「捕まっていたはずの彼が、鉱山に現れて推理をするなと忠告してきたときです」

「……下手を打ちましたわ」


 呆れたような、いたずらに失敗してふてくされたような顔をして。

 それからリーゼは、やはり笑う。


「〝結社〟の権力で牢を出た、という筋書きに共感してくださるものかと思っておりましたので」

「……閣下の潔白を信じる前は、有効な一手でしたね」


 嫁いだばかりの頃は、謎が解ければそれでよかった。

 だからエドガー・ハイネマンがどのような人物でも構わなかった。

 汚れていても、綺麗でも、そんなことに私は頓着(とんちゃく)しない。

 でも、いまは解る。

 彼がどれほど真っ直ぐに歩いてきたかを。


 その彼が、牢屋から出るのは早すぎると言ったのだ。

 〝結社〟の存在を念頭に置いていたはずの彼が。

 ならば、出力された推測が間違いということになる。


「小鳥、お前は俺さえも謎解きのピースと考えていたのか」


 そんなことを説明すると、閣下がじつに不本意そうな目の色をして問い掛けてきた。


「ですから、いまは違います。きちんと信じておりますっ」


 なのでお願いだからそんな、捨てられた子犬みたいな顔をしないでほしい。

 いま、謎解きがクライマックスなので!


「こほん。ではリーゼ、認めますか? 辺境伯領へ〝証拠〟を運び込んだこと。私を拉致したことを」

「後者の理由が説明出来るのなら、構いませんことよ」


 委細承知。

 脳髄はとっくに最大回転。

 演算は光の速さで、答えに辿り着くまでに要する時間はまたたきの如く。


「……私の帰る場所を滅ぼすため、ですね?」


「エクセレント! それでこそわたくしのお姉様! 愛すべき、憎たらしい最悪のボンクラですわ!」


 狂喜乱舞。

 そんな言葉の通りに、彼女は一人ダンスを踊る。


 なんてことだ。

 我ながらろくでもない答えに辿り着いたらしい。

 口元が、いつもとは異なる笑み、苦みの強いもので歪む。


「あなたの口から説明してもらえますか、リーゼ。どうしてこんなことを?」

「それは、我が家を巻き込み、辺境伯家を巻き込み、王家すら巻き込んで起こした争乱の理由を聞いておられるのですか? でしたら、答えは唯一でしてよ」


 彼女は。

 私の妹。

 悪意の大家、クレエア家が最後に排出した集大成は。

 ニンマリと告げた。


「平和な世の中が、とても退屈だったからですわ」



§§



「我が家の役目は、悪意による支配にありましたの」


 リーゼは語る。

 クレエア家の成り立ちを。


「魔術を産み出せば、これをもって効率よく他者を害する手段を考える。剣を作れば、もっと強い武器、多くを殺せる刃を考案する。言葉を知れば、そこに嘘と虚偽と隔意を植え付け不和を呼ぶ」


 それこそが悪意。

 人の業だと妹は言った。


「これを統率することで、我が家は大陸でも有数の地位を得ましたの。王家を揺るがすほどの力。口先一つで大戦争を招くパワー!」


 それは今回のことでお解りでしょうと彼女は笑う。

 エドガーさまが小さく唸った。

 当然だろう、当事者としてその恐ろしさはよく身にしみたはずだ。


「いざとなれば国を滅ぼして、民に殺し合いをさせて、全滅戦争を起こして全てを綺麗にする。クレエア家の役目とはこれでしてよ。でも、わたくしは思ったのです。そんなこと、誰も望んでいないなぁって」


 安寧の時代だ。

 ようやく掴んだ平和な世界だ。

 誰もすすんで戦争などしたくはない。


「なので、もう要らないなって」


 要らない、何が?


「我が家でしてよ。それはお姉様が一番よくお解りでは? クレエア家を滅ぼすために産まれ堕ちた、この世の謎を駆逐する装置。自滅因子ラーベ・クレエアこそが!」

「…………」

「あら? まさか自覚しておりましたの? まあ、なんて恐い。解っていながら、辺境伯さまのもとでイチャイチャ乳繰り合っていたのですのね? 女ってこういうところがありますのよ、お父様」

「お、え?」


 突然話を振られても、お父様は着いてこられない。

 とっくに限界を迎えていて、いまにもへたり込みそうになっている。

 それがつまらなかったのだろう、リーゼはため息を吐き。

 爛々と輝く瞳で、こちらを見詰めた。


「わたくし、思いました。ものごろついた瞬間、クソッタレなお姉様を一目見た瞬間から、このひとならば退屈な世界をめちゃくちゃにしてくれるはずだって。なので〝結社〟を利用しましたのよ」


 国の暗部を司る我が家である。お父様が何を画策しなくとも、必然的に〝結社〟を認知することになっただろう。

 だが、いまの口ぶりからすれば、彼女は本当に幼い時から、この瞬間のために策を練っていたことになる。

 ただ一心に享楽のため、なにもかもを破壊するために。


「いろいろと、本当に色々と便宜(べんぎ)を図りましたの。そこのメイドをお姉様の元へ送り込み、手足となるように操って……いえ、これはなんか勝手に心酔していったのでわたくしの手柄ではありませんわね……そうそう、心身掌握の毒物、これの解毒剤を頑張れば手に入る場所へ配置したり。間接的に剣聖様のお弟子さんを助けたのもわたくしだったり」


 そうして舞台を整えた。

 この、謎解きのステージ。

 なにもかもを破滅させられる状況を。


「はい、その通りですわ。ええ、もうほんと、あと一歩でクレエア家とハイネマン家の大戦争か、あるいはお姉様によって我が家が完全解体というところだったのです。お姉様自身の手で帰るべき場所を解体させる。わたくしからすれば、それは極上のエンタメでした。でしたのに……邪魔をされましたのよ」


 ぎしりと歪んだ(よこしま)な眼差し。

 それが射貫いたのは、私の親友。

 妹は口惜しげに、カレンを睨む。


「客席で楽しんでいたわたくしを、そこのメイドが無理矢理に舞台へと上げたのですわ。まったく、転移術士なんてろくでもない。せっかくのプランが台無しですわ」

「ラーベお嬢様のメイドですので、主の願いには最大限応えなくては。カレン、尽力」


 冷や汗を垂らしつつ、カレンが告げる。

 そうだ、彼女はよくやってくれた。

 剣聖閣下の一件からリーゼの暗躍を悟り、私の元を離れ遊撃手へと姿を変えた。


 権力や法に縛られない状況で情報を収集しつつ、リーゼとこそ泥さんの居場所を突き止め、その隙間を縫って私に解毒剤入りの紅茶を届けてくれていた。

 そうして、この大一番で妹を引きずり出してくれたのだから、まさしくメイドの面目躍如と言えよう。


「よくやってくれましたね、カレン」

「もったいなきお言葉でございますお嬢様。カレン感激」

「よくもやってくれましたわね、キンカン頭の狂犬メイド」

「……も、もったいなきお言葉でございます、妹君様」


 リーゼに嫌味を言われて、心底震え上がる親友。

 そういえば私が拉致されたとき、彼女はこそ泥さんと争って負けていたのだったか。

 だから恐いと言われればそれまでだが。

 しかし、それは相手が悪かったのだ。


 カレンは転移門を介しなければ遠距離の移動が出来ないが。

 このこそ泥という人物――〝結社〟の一員は、単独で大質量の長距離移動さえ可能なのだから。


「……舞台はお開きですわね」


 さて、謎はあらかた解いてしまった。

 全面戦争も回避した。

 あとはどう収拾を付けるかと考えていたとき、リーゼがぽつりと呟いた。

 彼女はこそ泥さんを手招きする。


「いろいろと興ざめでしたし、わたくしは失礼させて頂きますわ。ほら、〝本部〟へ転移して頂戴」

「へっへっへ、やっとあっしの出番ですかい。へぇ、お任せあれ」


 転移術を起動して逃げようとするこそ泥さん。

 だが――その人は逃走など許さなかった。


「舐められたものだ。妻を(かどわ)かした不逞(ふてい)の輩を逃がすとでも思ったか」


 キン――ッと、鍔鳴りの音が屋敷中に響いた。

 これまでずっと、薄っぺらい笑みを顔に張り付けたいた男が。こそ泥さんが、驚愕に目を見開く。


 転移が発動しない。

 なぜか。

 それは。


「真なる剣はあらゆる問題を解決する。我が剣、鉄扉切りの本質は、強度にあらず。閉ざされしもの、秘されしものを斬り破る刃なり」


 エドガーさまが抜き放った愛剣ティルトーが。

 魔術式を、切り裂いていたのだ。

 私は、この瞬間理解した。


 どうしてこの人物が、大陸最強の剣聖さまと引き分けたのか、その真実を。

 彼は、エドガーさまの剣は、あらゆる魔術を無力化するのだ!

 だから剣聖閣下の秘剣を打ち破ることが出来たのだ!


「くっ!」


 初めてリーゼの表情に、焦りが浮かんだ。

 ここが分水嶺。

 閣下が、カレンが、彼女を捕まえるべく駆け出す。

 こそ泥さんがリーゼを守るように再度魔術式を組み上げて、やはり一撃でエドガーさまに粉砕される。


「い、いやっ」


 妹が悲鳴を上げた。

 その瞬間だった。


「ああああああああああああああああ!!」


 横合いから、巨体が割り込んだ。


「ドノバンお父様!?」

「逃げろリーゼ! おしまいではない、これがはじまりだ!」


 彼は満身の力でエドガーさまへと組み付く。

 そして、叫ぶのだ。

 悲壮なまでの決意とともに。


「絶やしてはならん、悪の根を! 我が家の復興を、謀略の大家の継嗣(けいし)として、万事を――頼んだぞ!」


 命すら惜しまずに挑みかかってくるお父様に。

 さすがのエドガーさまとカレンも気圧(けお)される。

 結果、決定的な隙が生じた。


「……相解りました。どうかこのリーゼに、お任せを」


 一礼し、駆け出す妹。

 彼女は一度だけこちらを振り返り。


「また(まみ)えましょうね、愛しいクソッタレなお姉様!」


 そんな言葉を残して。

 次の刹那、転移術で姿を消した。


 叩きのめされ、拘束されたお父様だけを残して。


 ……かくして、国を揺るがす大事件。

 辺境伯家取り潰し事件は、未然に防がれたのだった――

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