第五話 解決編
「超抜級の魔術師だと?」
怒りがピークを越えてしまったのだろう。
お父様の紅潮していた顔は、いま呆れ色の嘲笑を湛えていた。
「確かに、広い世の中を探せばいるだろうな。結界というルールを無効化出来る大術者。それが貴様を攫ったと? だが、何のために?」
そう、そこが最大の謎なのだ。
仮に一連の事件、国家転覆を謀ったのがクレエア家だったとしよう。
であるなら、私をエドガーさまの元から引き剥がす意味など欠片も無い。
なぜなら、放置しておけば勝手に証拠から解法を演算し、辺境伯にとって不利な真実を導き出していたからだ。
それはトドメとなって、クレエア家に最大の利益を齎しただろう。
即ち政敵の凋落である。
だからこそ、お父様はその事件を感知していない。
私が苦し紛れに嘘を吐いて、事実を攪乱したがっていると感じたからこそ嘲ったのだ。
あるいは、毒物の禁断症状で錯乱していると。
そうだ、私は幼い頃から毒を与えられてきた。
クレエア家に忠誠を誓うように。
謎を解き明かしてしまう、策謀を台無しにしてしまう失敗作だからこそ、手綱を付けて政治利用したいと皆が考えてきた。
毒物。
これの存在を認めたことは、クレエア家にとってマイナスではあるが、決定的な打撃とはなり得ない。
むしろ、同じような薬品を身内にだけ使っていたからこそ、辺境伯家の陰謀を暴けたと喧伝することも可能だろう。
ゆえに、真実を明かすための重要なポイントはそこではない。
もっと逼迫した謎がある。
「私が拉致された理由、それはただ一つしかありません。謎を解かれて困る人物がいたのです」
「ならばハイネマン卿がその筆頭だろう。こやつが貴様に消えて欲しかった、余計なことを喋る前に口封じしようとした。それだけだ」
やはりお父様の言葉にはすじが通っている。
自分が、嘘偽りを言っているとは思っていない実直さがある。
そう、だから向いていないのだ、このひとは。
謀略とか、陰謀とかに適性がない。
だって……根が哀しいぐらい素直だから。
私は、強く反証を口にした。
「いいえ、エドガーさまは私を失うわけにはいきませんでした。なぜなら、これまでとある組織についての謎解き、そして王都での襲撃犯の特定には、私が活用されてきたと、パロミデス王へお伝えしていたからです」
逆説、私が導き出す答えが、どこにも依存しない偏りのない真実であると、王家が太鼓判を押していたことになる。
であるなら辺境伯サイドは、なんとしても有利な答えを出させようと謀ったはずなのだ。
殺してしまえば、王の不興を買う可能性だって多分にあった。
そんな状況で拉致監禁するなど、狂気の沙汰にもほどがある。
「そもそも、奇妙なのです。私の身柄は厳重な監視下にありました」
王家から価値を認められた真実暴露装置。
査察団、辺境伯自身、衛兵。
いくつも監視が、この身にはついていたのだ。
「その全てを掻い潜り、辺境伯邸から私を連れ出せた存在ともなれば、自ずと限られます」
というか、ある人種にしか不可能だ。
それが。
「超抜級〝転移〟魔術師。あらゆる場所を自由に行き来出来る、世渡り者。その人物によって私は邸宅から転移させられたと考えられます」
「くだらん。何度言葉を繰り返させるつもりだ? 実際そんなものがいて――いや、いはするのだろうな。貴様が失踪したことは間違いないとこちらでも確認が取れていたのだから。だが」
論理的に、生真面目に。
お父様が、こちらの論理の瑕疵を突く。
「その人物は特定出来るのか? どこにでもいて、どこにもいない誰かを」
「可能ですよ、お父様」
確かに相手は盤上に登りさえしない。
ずっと隠れて暗躍を続けてきた。
その能力を、人前で見せたことすらない。
だが、しかし。
「私を拉致した犯人には明確な動機がありました」
「謎を解いて欲しくないだったか」
「はい、それは同時に、あのとき謎を解くことが可能だったということの裏返しなのです」
つまり。
「事件の黒幕は、いま、この瞬間を待ち望んでいたのでしょう」
ゆえに、私は声高に呼ぶのだ。
百万言よりも雄弁な信頼の証しとして。
その名を。
親友を!
「カレン・デュラ!」
「――お呼びになりましたか、わたくしのお嬢様?」
鮮やかなオレンジの髪を翻し。
虚空より、メイドが優雅に舞い降りて――
§§
「デュラ家の娘? なぜこの場面で現れる? 確かに貴様は転移術士で、しかし我が家の」
「ええ、大旦那様。わたくしはクレエアの忠犬。薬物によって首輪をはめられております。しかし、幾つか勘違いがございますね? 術者は、わたくしだけではございませんので」
「なっ!?」
お父様が目を見開いた。
カレンの両手には鎖が握られており、それが大きく引かれたとき。
虚空から、さらに二名の人物が姿を現したからだ。
一人は印象に残らない小男。
そしてもうひとりは、煌びやかなドレスを身に纏った、私とよく似た顔立ちの娘。
即ち。
「リーゼ!」
お父様の叫び。
そう、彼女こそ私の妹にして。
「一連の事件の黒幕、〝結社〟のメンバー。私を拉致した犯人。それはあなたですね――リーゼ?」
「ええ、その通りですわ、卑しくも愛おしいお姉様」
魔力によって鎖を焼き切りながら。
首謀者が、艶然と微笑んだ。




