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第四話 実家への殴り込み

「なぜ貴様らがここに居るぅ!?」


 私の父、ドノバン・クレエアは大きくうろたえた。

 ここはクレエア領にある大邸宅、いわばお父様の本拠地。

 そこへ政敵であり、いままさに(おとしい)れようとしている対象であった辺境伯夫妻が乗り込んできたのなら、どれほどの大人物であっても飛び上がって驚くだろう。

 だって、


「査察団はどうした! 貴様らの身柄は、王家が押さえているはずじゃ」


 お父様の疑問は極めてもっともである。

 しかし、その問題は既に突破した。


 私が誘拐されたこと。

 そしてエドガーさまがこれまで集めてきた〝結社〟に関係する情報。

 加えて、王家からその対象を命じられていたという事実を持って、パロミデス王からこの場へ参上する権利を勝ち得ていたのだ。

 もっとも、閣下が積み上げてきた信頼全てを天秤にかける、薄氷の上を渡るような交渉があったことは事実であるが。


 この辺りを全てクリアして、私とエドガーさまはクレエア家まで飛んできた。

 文字通り、転移門を使って高速移動してきたわけだ。


「さて、お父様」

「失敗作が……どの面を下げて出戻ってきた!」


 出戻りなどしていない。

 私は今も、エドガーさまの妻だ。

 だからこそ、この場ではじめる。


「互いによる疑念の激突。いくつもの被膜(ヴェール)に覆われた真実の開示」


 即ち。


「謎解きを、はじめましょう。この事件の黒幕は――ドノバン・クレエア、あなたでは(・・・・・)ありませんね(・・・・・・)?」



§§



「な――なにを言い出すかと思えば。そもそも王族襲撃事件の首謀者はそこの辺境伯だろうが。貴様も同罪だ、失敗作」


 顔を怒りで真っ赤にしながらも。

 しかし声を荒らげなかったのは、さすがクレエア家の長。

 こと謀略が絡む一面において、私たちは極めて冷徹に振る舞うことを物心ついた瞬間から叩き込まれる。


 屋敷に乗り込んできたというのに、衛兵が止めに入らないこと、それが証左だ。

 辺境伯の身分にある人間を理由もなく討ち取ったとなれば、如何にお父様とはいえ弁明が難しい。

 だからこそ、こちらがボロを出すのを待っている。

 そこにつけ込む。


「たしかに私とエドガーさまは一蓮托生です。それを踏まえた上で、三つ、明かすべき謎があります」


 私は指を一つ立てる。


「ひとつ、王族連続襲撃事件の首謀者は誰か――いまお父様が指摘されたことですね?」


 さらにもう一本、私は指を立てる。


「ふたつ、この事件に用いられた凶器である特殊な暗殺者を製造したのは誰か」


 立ち上がる三本目の指。

 お父様の表情は変わらない。


「みっつ、私ことラーベを誘拐した犯人は誰か、です」

「貴様を誘拐?」


 覚えがないといった様子で首をかしげ、それから思いついたように口の端を歪めるお父様。

 それはそうだ。

 彼にとって私は時限爆弾。

 辺境伯領にとどめておくだけで、その全てを破壊しかねない危険物だったのだ。

 これを自ら無為に帰すような真似をするはずがない。

 つまりお父様の中では、辺境伯側が墓穴を掘ったように見えたのだろう。


 ゆえにこそ、突破口はそこにある。

 まずは、順番通りに行こう。


「一つ目の謎ですが、お父様は事件の首謀者を誰だと考えますか」

「エドガー・ハイネマン卿だ。こやつの領地からは無数の証拠が見つかっておる。領地一環となり、組織的に国家転覆をもくろんだ。そう考えるのが論理的だろう」


 なるほどどうして、外側から見ると確からしく見える。

 事実として、辺境伯領には毒物の原料が産出されるダンジョンがあり、武装蜂起するには十分な量の鉱山資源があり、クレエア家の言うがままになっている王家に対する不審もあっただろう。

 状況証拠、物的証拠、動機ともに100点だ。


「でしたらなぜ、エドガーさまは剣聖閣下のお弟子様を犯人として王宮へ引き渡したのでしょうか? 自らが不利になる証拠、実行犯を処分もしないとは、いささかおかしいのでは?」

「飼い犬に手を噛まれたからだ。洗脳のための薬物をケチったことで叛旗(はんき)を翻され大怪我でも負ったのだろう。だから口封じさえ出来なかった。相手は剣聖に並ぶ最強者だからな」


 さすがの切り返し。

 いちいちすじが通っている。


 だが、ここで疑問が一つ浮上する。

 それほどの最強者を手懐ける毒とは何か。


 金か、権力か、暴力か。

 催眠状態に落とし込む薬物か。

 それとも精神に作用する高位魔術か。


「お父様はどれだと考えられますか?」

「答える義務があるものか」

「いまこの場で、私が謎を解くとしても?」

「…………」


 つまり、最適な証拠を提示すれば、身を滅ぼすのは辺境伯サイドということになる。

 お父様はそこで幾つかのことを天秤にかけて。

 やがて、重い口を開いた。


「黄金郷伝説、ダンジョンから産出される薬物を用いた長期にわたる洗脳。依存性による絶対的屈服。つまり……毒だ。それ以外にはありえん」

「この毒物の禁断症状から抜け出すことは?」

「……出来るわけがない」


 出来てもらっては困る、というのがお父様の本音だろうか。

 あるいは途方もない時間、苦痛に耐えながら毒を退け、薬物によって成分を中和し、強靱な意志で禁断症状を克服すれば、洗脳から抜け出すことは不可能ではないかもしれない。


 しかし、そんな兆候(きざし)が見えたなら処分してしまえばいいだけの話だ。

 だからお父様はそこを考慮しない。

 たとえ実例が(・・・・・・)あったとしても(・・・・・・・)、これまでそんなケース、見てこなかったのだから。


「つまり、二つ目の謎。襲撃犯は入念な洗脳と毒物による中毒症状で主に逆らえないようになっていた。同時に薬物でリミッターが外され、驚異的な身体能力を持っていたからこそ、あのアクロバティックな犯行が可能になった。そういうことですね?」

「ああ、そうだ。だから、犯人は」

「失礼」


 お父様が何かを言うよりも早く、私はその場にかがみ込んだ。


「ちょっと靴の調子が悪くて。なにせ大急ぎでここまでまいりましたので、普段履きから着替える時間も無く。そういえば喉が渇いたのですがお父様、お茶を頂いても?」

「貴様に与えるものなど一つも無いわ」


 いつも通りの親子の会話。

 けれど違ったのは、きしりと物音がしたこと。

 全員が振り返れば、部屋の入り口からこちらへ向かって、カートが自走してくるところだった。


 配膳台(カート)の上には、湯気を立てているカップが三つ。

 中身は琥珀色の紅茶で。


「まあ、ちょうどいい。皆で頂きましょう」


 私はそれを、エドガーさまとお父様に有無を言わせず渡す。

 そうして、


「頂きます」


 率先して口を付けた。

 毒味の役割だ。

 エドガーさまに視線を送れば、彼も無言で飲んでくれる。

 残るはお父様だけ。


 だが、彼は口を付けられない。

 その手がブルブルと震え、カップの中身が床にばらまかれる。


 ……思い出したのは、ハゴス子爵毒殺事件の時。

 仮面の犯人は、結局杯を飲み干したが、お父様にはやはり無理だったか。


「どうしました? お気に召しませんでしたか?」

「馬鹿な。ありえない」


 それは、なにが?


「これはお前が日頃(・・・・・)飲んでいる(・・・・・)銘柄だろう(・・・・・)!?」

「……娘のことをよく見てくれていて、とてもうれしいです」


 監視のためだったとしても。

 私は、いまならばこれをうれしいと思える。

 だって、いまひとつの謎が、明らかになったのだから。


「そうですお父様。これは私が毎日欠かさず口にする紅茶。今日まで絶やしたことはありません」

「ふざけるな、ふざけるな!」


 こちらは大真面目だが。


「飲めませんか?」

「出来るわけがない。これは」

「――洗脳するための毒物であるから。そうですね?」


 彼が息を呑む。

 激憤に顔色が真っ赤に染まり破裂しそうになって。

 私は、父親の怒りが爆発する直前に、言葉を差し込んだ。


「では、最後の謎です。このように、毎日実家から都合のよい洗脳処置――意識を縛る毒を与えられていたラーベという娘は、いかにして自由意識を得たのか。そして、自由意志を得たと判断された瞬間、拉致は実行されました。その実行犯は誰か。端的に、明瞭にまいりましょう」


 犯人は。


「結界の中でも転移魔術が使える超抜級の魔術師。そしてこれを配下に置いている、私に近しい人物です」


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