表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/129

第三話 暗闇のなかで、黄金の日々を思って

 (まぶた)を開けると、そこは暗闇だった。

 目隠しをされているのか、あるいは五感を魔術で奪われているのか。


「――――」


 呟いてみるが、声は聞こえない。

 やはり聴覚も封じられているらしい。

 気を失っていた時間は……解らない。


 暗闇の中で自嘲する。

 まったく、解らないことだらけだ。

 普段ならわくわくもしようが、この状況ではそれすら難しい。


 思考に一枚膜が張られたように、何もかもが陶然としている。厳密な思考が出来ず、すぐに考えていたことがとっちらかる。

 酩酊感(めいていかん)に近い無能感は、恐怖すら私へと与えた。


 思い出すのは、幼き日のこと。

 カレン・デュラ。

 大切な友人が現れるまで、私の生活は、この闇黒そのものだったのだから。


 初めて謎を解き明かしたときの、お父様の顔が忘れられない。

 怪物を見る目、異形を恐れる顔。

 (うと)み、蔑み、私を遠ざけ、座敷牢へと閉じ込めて。


 あの頃の自分には、それを(うれ)うだけの感受性があっただろうか。

 いや、無かった。

 落ち込みこそすれど、謎を解かないなどということは我慢がならなかったし、それ以外はどうでもよかった。

 自らさえ滅ぼす探究心。

 事実として、私はあのまま暗闇の中で死ぬのだろうと思っていた。

 そうだ、彼女と出会うまでは。


「カレン・デュラ。お嬢様の面倒を見るようにと仰せつかっております」


 どこまでも平坦で抑揚のない言葉。

 瞳には一片の光もなく、虚無だけが渦巻く。

 意志と呼べるものは、彼女のどこにも存在せず。

 だから、明かすべきことは一つしか無かった。


「ここで出される食事を全て食べたふりをして捨てるといいです。それから、水を浴びるように飲んでください。できるだけ汗を掻き、代謝もよくして。そうすれば、カレンさんはこの家から解放されると思います」


 私の言葉を彼女がどう受け止めたのか、それはいまもわからない。

 体内に残留する毒を無理矢理に排除して、洗脳から逃れる手段。これは私が実践していたから、効果があることは証明出来た。

 けれど、その新人メイドが実行してくれるかは未知数だったし……そんなことをしても幸せになれるか保証する術も持たなかった。


 でも。

 だけど。


 それからずっと、カレンは私の側にいてくれた。

 この社会不適合者の世話を焼き、政略結婚先にまでついてきてくれて。

 そして同類である剣術少女と出会って、姿を消した。


 いま、カレンはどこでどうしているだろう?

 会いたいと思う。

 会って直接訊ねたいことが山とある。


 けれど顔を合わせれば、私は真実を暴かずにはいられないだろう。

 それが恐い、それが怖ろしい。

 自分の脳髄が、己の願いとは正反対の答えを演算してしまうことが。

 彼女に、正当な疑い(・・・・・)をかけてしまうことが。

 だったら、この闇黒の中で朽ちていく方が、ずっと――


「――――」


 脳裏を過ったのは、オレンジ色と。

 虹の瞳。


 ……できない。

 死を選ぶことは不可能だ。

 だって私は。


「生きて、謎を解きたいのですから!」

「――十分だ!」


 声が聞こえた。

 あのひとの、勇ましい雄叫びが。

 刹那、闇黒が弾け飛ぶ。


 どうやら拘束されていたわけではなく、空間系魔術で隔離されていたらしい。

 視界が開け、射し込む光。

 足に力が入らず、体勢を崩す。

 倒れ伏しそうになった私を、支えてくれるひとがいた。


「エドガーさま?」

「――ラーベ」

「わわっ!?」


 強く、強く抱きしめられる。

 閣下に。

 エドガーさまに。

 痛いほどに、けれど気遣いに満ちた優しさで。


 彼の手にはティルトーが握られており、どうやらこれであの空間を切ってくれたらしいことは解った。

 しかし、抱きしめられている理由がわからない。そもそもなぜ彼がここに?

 このことを素直に訊ねれば、


「……クク。お前にも解らぬことがあるか」


 なんて返される。

 返された上で、もっと強く抱き寄せられて。

 互いの熱が、混ざり合って。


窮鳥(きゅうちょう)(たす)く。俺はお前を守る籠となる。そう告げたはずだ」

「――――」


 ああ、と。

 そこでようやく、私は腑に落ちた。

 この方は、私の夫なのだと。


「エドガーさま、もう……もうだいじょうぶです。ところで、ここは?」

「我が領土の外れだ」


 ようやく抱きしめるのをやめてくれた、けれど触れあうぐらいの距離にずっと立っているエドガーさまが説明してくださる。

 どうやら私は辺境伯邸から何者かによって拉致され、こんな場所まで連れてこられたらしい。

 どのぐらいの時間が経っているのかと訊ねれば、一日も経過していないという。


「それは、いくら何でも早すぎませんか」

「拙速を(たっと)んだ。離れていることが惜しく、なりふり構わず追ったと言うべきか」

「そうではなく、お屋敷からの距離が離れすぎています。ましてあの場には調査団の方々もいたはずで、そこから私を連れ出すとなると……」


 それではまるで、鉱山で起きたゴーレムを用いた時間差トリックのような不可能性である。

 移動距離と、速度が早馬であっても難しい数値なのだ。


「そうだな、相手方が迅速すぎる。たしかに不可能事をやりおおせている」


 ……それは、つまり。

 いや……。


「そもそも、私の居場所をどうやって突き止められたのですか?」

「二通の封書が投げ込まれた。ひとつはここへ至るルートが。そしてもうひとつは」


 そっと差し出された封筒。

 表面には、一言だけ『お嬢様へ』の文字。


「――あっ!」

「クク。その顔は、解ったのだな、小鳥?」


 気づきを得て声を上げる私に。

 エドガーさまが、微笑みを向ける。

 私は、元気を一杯に取り戻して、頷いた。


「はい、じつに。じつに明瞭なことです、閣下」


 難攻不落の要塞から私を外へ連れ出す方法など一つしか無い。

 同時に、この封書を届けたものが私の想像通りなのだとすれば、結論は論理(ロジック)ではなく心理(サイコ)によって説明される。


「ラーベ」


 閣下が、気遣いに満ちた声音で言ってくださった。


「この難題を解き明かせるのはお前だけだ。やってくれるか?」

「――もちろんです」


 もはや躊躇いはどこにもない。

 この醜悪な化かし合いに終止符を打つ。

 そのためにも。


「まいりましょう、エドガーさま」

「どこへだ」

「決まっています――実家へ、挨拶に!」

「それは……ああ、実に面白そうだ」


 私と閣下の口元が。

 相似形の、弧を描いた。


 さあ、謎解き(けっちゃく)時間(とき)だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ