第七話 解決編
「さて、皆さんお集まりいただきありがとうございます」
今一度、食堂へ集まった関係者全員を見回す。
居心地が悪そうな表情をしているトマス男爵は、閣下を恐れてのことか。
ベツトリヌ代表はやはり仮面で表情が窺えない。
マーズ夫人は同じように仮面を付けているものの、どことなくわくわくしているのが伝わってくる。同類か?
トレニー導師は憔悴しきっており、うろたえた視線をこちらへ向けていた。
ノイジー剣聖閣下は、太い笑みを浮かべ、どっしりと腰掛けている。
「今回のハゴス子爵毒殺事件ですが……犯人がわかりました」
「それは本当ですの、ラーベ様」
話題に飛びついたのは、やはりマーズ夫人。
さすがの談話好き。
私は穏やかに頷く。
「はい、明瞭なことです」
「では、一体どなたが……!」
彼女はキョロキョロと視線を彷徨わせる。
好奇心に突き動かされているのだろうが、嫌疑を周囲にばら撒く姿勢はあまり快く思われないだろう。
事実、トマス男爵が強く咳払いをした。
夫人が「あら、いけない」と口元を押さえたところで、私が話を切り出す。
本当に、こちらが望んだとおりのことをやってくれる人だ。
「子爵が誰に殺されたか、これは重要なことです。しかしその前に、どうやって犯人がグラスに毒を盛ったかというお話をしましょう」
私が手を鳴らすと、給仕の方々が入室。
全員の前に件の杯を並べた。
そう、ドワーフ製の見事な彫刻がほどこされたグラスだ。
中には黄金色の液体――ポーションが満たされている。
「どうぞ、お飲みになって下さい」
私が薦めると、全員がぎょっとした。
「飲めませんか? それはなにか、後ろめたいことがあるからでしょうか?」
「なにを言って……だったらあなたが先に口を付けられたらどうだね!」
トマス男爵の言葉はもっともだ。
だから私は笑顔でグラスを掴むと、躊躇わず、一息に飲み干した。
唖然とする男爵。
すっきり爽やかな味わいに満足する私。
そして、
「飲め」
短く、底冷えするような声音は、私の背後にいたエドガーさまのもの。
自分の妻が危険を冒したのに応じないとはどれほど無礼かと、彼は強権を顕わにする。
なんとも言えない顔になった皆さんは、嫌々といった様子でちびりちびりとポーションを口にして。
しかし、手を付けることさえ出来ない人物がいた。
「飲めませんか?」
「……っ」
それこそは、仮面の商会代表。
ベツトリヌさん。
グラスを掴む彼の手はブルブルと震えている。
当然だ。
だって杯の中には。
「氷が、浮いていますからね」
「な――」
ガタリと椅子を鳴らして立ち上がる彼と。
喉の奥で笑うエドガーさま。馬脚を現したなとでも言いたいのだろう。
そう、これは犯人を暴くためのトラップだったのだ。
「ベツトリヌさん、あなたは氷の方に毒が入っていることを知っていましたね?」
「…………」
答えはない。
だから私は、勝手に推理を展開する。
「ハゴス子爵はかつて冒険者だったそうです。男性だけのパーティーメンバーで前人未踏のダンジョンへと挑まれ、そして生還したことで莫大な財を入手しました。これは事実でしょうか」
「……違う」
唸るように告げるベツトリヌさん。
そこに宿っていたのは怨嗟ではなく、もっと複雑な感情で。
「やつは裏切り者だ。俺たちを殺したのはやつなのだ!」
「……やはり、あなたは子爵の」
「そうだ、同じパーティーにいた」
突然の自白。
顕わになる過去と事実。
ざわつく食堂。
私は右手を挙げて一同を鎮め、ベツトリヌさんに話を促す。
彼が、訥々と語りはじめた。
「俺たちは確かに黄金郷へ挑んだ。そして手に入れた、財宝を! だが……帰途に就いたとき、誰かが悪念に囚われた。自分だけが生き残れば、財宝を独り占め出来るんじゃないかと」
だから、実行したのだと彼は言う。
「食事に毒を混ぜたやつがいたんだ。俺たちはのたうち回り、気絶した。目を覚ましたとき、みんなは死んでいて、ハゴスの姿だけがなかった。だから、やつがやったんだと俺は思った」
それからは復讐を志す日々だったのだという。
「ハゴスの名声は耳を塞いでも聞こえてきたからな。絶対に殺すと誓った。そのために俺も金を稼いで、商会を立ち上げて……」
「お顔は」
「自ら焼いた。どちらにせよ、毒で二目と見られる顔じゃなかったんでな」
そうして彼は今日という日を待ち望み、復讐を実行した。
「トレニー導師を買収し、氷を差し替えたのもあなたですか?」
「そうだ。本来は徐々に溶け出した氷の成分が毒へと変わるはずだった。この場にいる全員が死んで、その責任をハゴスが背負って自滅するはずだったんだ。なにせ、辺境伯殺しは大罪だからなぁ!」
けれど、そうはならなかった。
まっさきに、子爵が死んだから。
「あれ? 待って下さいまし」
そこでマーズ夫人が怪訝そうな声を上げる。
「毒は氷に入れられていたのでしょう? でしたら、ハゴス子爵は無事だったはずでは? だって、子爵は冷えたものを召されなくて」
「その通りです」
彼の杯には毒が入る余地などなかった。
ベツトリヌさんにとって、それは大きな誤算だったに違いない。
けれど子爵は確かに亡くなられた。
仮面の人物も、そこは得心がいっていなかったのだろう。こちらへと問い掛けてくる。
「そうだ、どうしてハゴスは死んだ? 天罰でも当たったのか?」
「答えは明瞭です」
私は、一同の疑問へと答える。
「子爵は自ら毒を呷りました。そう、この事件は――ハゴス子爵の、自殺だったのです」




