第六話 解決編
集められた作業員の皆さんからは、相変わらずの敵意が放たれていた。
しかし、そんなことでいちいち尻込みしていられない。
私はひとつ深呼吸をして、一堂を見詰める。
「皆さん、どうかご静粛に」
小娘が発する突然の言葉に、作業員さんたちがむっと口を噤んだ。
反発は当然来る。
だからその出鼻を挫くため、私は次のセリフを即座に繰り出す。
「これより、ミズニー・バルデモ監督官の死因について発表します。彼は、殺されました」
ざわつく一堂。
その代表者として、ローエンさんが疑義を呈した。
「殺されたって、アゼルがやったっていうんすか? あいつはそんなことしないっす」
そうだそうだと、追従の声が上がる。
どうやらアゼルジャンさんは確かな人望があったようだ。
丁度いいので、利用させてもらおう。
「はい、犯人はアゼルジャンさんではありません」
「で、ですが、遺書が……」
か細い反論。
見遣ればモーガンさんが、肩身を狭そうにしながら挙手をしていた。
そうでしょうね、あなたはこのタイミングで声を上げるしかない。
押しつけなければ致命傷なのですから。
「あれは遺書であって遺書ではありません。万が一自身に何かがあったとき、立場を明確にするための証明書のようなものです」
「なにを言ってるんすか?」
「アゼルジャンさんは密偵だったと告げているのです。こちら――エドガー・ハイネマン辺境伯閣下のね」
言いながら、恭しく横合いを示す。
歩み出てくるのは帯剣礼装の貴公子。
彼は剣を抜き放って見せた。
そこに刻まれたのは、ハイネマン家の家紋。
この場に御座すのが雲の上の御仁、領主さまその人だと理解した人々が、一斉にひれ伏す。
鷹揚に頷く閣下。
威厳ある声が、響き渡る。
「如何にも。アゼルジャンは我が手足。この鉱山におけるミズニー・バルデモの悪事を暴くため派遣したものである」
ゴーレム技師でありこの場の代表であるローエンさんが、震える手を挙げた。
「恐れながら……では、ミズニーは自分が摘発されると感じてアゼルを殺し、逃走中に崖から落ちて死んだのではないっすかね」
「おそらく違うと思われます」
私が発言を引き継ぐと、彼は「なぜ?」と視線を向けてくる。
単純な話だ。
「この地で見つかった大量の血痕が、ミズニーさん、そしてアゼルジャンさんのものと一致したからです」
「それって」
「二人はこの地で致命傷を負ったということになりますね」
ざわめきが酷くなる。
「つまり、ふたりは差し違えたってことすか? だったら、ミズニーの旦那はどうやって鉱山の外に……まさか、テメェかモーガン!」
ハッと顔をあげたローエンさんは。
ローブの死霊魔術師へと掴みかかる。
「テメェがアゼルと旦那を殺したんすか!?」
「ち、違う。自分は」
「何が違うって? そうだ、聞けば旦那はここから半日も行ったところで死んでたそうっすね。でも、生きてる内に移動したんなら距離と時間のつじつまが合わない。つまりテメェが死霊魔術で操って、旦那を走らせたんじゃねぇのか? 俺たちの」
ゴーレム技師はそこで一旦息を吸って。
大声で、訴えた。
「俺たちの死んだ仲間を、労働力として利用した時みたいにっす!」
そう、この鉱山では死者を労働力に変換することが常態化していた。
労働者が命を失えばモーガンさんが操り、死後の安らぎすらないままに酷使されていたのだ。
だからだろう、ローブをかぶった死霊術士は大いに狼狽していた。
周囲の人々も、そうだったのかとか、許せねぇとか、口々に叫んでいる。
私刑でもはじまりそうな雰囲気だが……そんな興ざめなこと、やらせるわけにはいかない。
「三度申し上げます。ご静粛に。確かにモーガンさんの死霊魔術があれば犯行は可能であったでしょう。ですが、彼にはそれが出来ない理由がありました」
「……ないっすよそんなもの」
いいえ、あったのですよ、ローエンさん。
なぜならば。
「モーガンさんもまた、我々の調査に協力していたからです」
§§
「な、なに言ってるんすか……?」
驚き、目を丸くするローエンさん。
胸ぐらを掴んでいた両手からも力が抜けたのか、モーガンさんが必死に身をよじって逃げ出す。
「モーガンさん、あなたの口からご説明を願えますか?」
「はっ!」
私が話の向きを委ねれば、彼は即座に直立不動の姿勢を取った。
軍人のように。
「自分は、もとは国境線に配備されておりました一兵士でした。死霊魔術の才があったことで、仲間を最前線から後方へと移送する任務に当たり、そのときミズニー様と出会い、以降は彼の指揮下に入りました」
だが、そこで大きな問題が生じる。
ミズニーさんが贈賄に手を染めていたことだ。
「ミズニー様は既に監督官をされており、自分は副官として多くのことを務めました。その中で、いくつもの汚職……と思わしきものを発見したのです。ですが、自分には勇気がなく、これを告発することが出来ませんでした」
そのうち、彼もまた横領などの行為に巻き込まれていき、引き返せなくなった。
「ですが、契機は不意に訪れたのです。ミズニー様が、死者を操って土砂を掘れと命じられました。要救助者のためではなく、利権を守るために。自分にとって、それは耐えがたいことでした。そんなときです、アゼルジャン様が現れたのは」
密偵だったアゼルジャンさんは目敏く彼の実情を見抜き、現地協力者に仕立て上げた。
そうして、閣下が来訪するのを切っ掛けとして、汚職勢力を一掃しようとしたのだ。
……ただ、実際はそう上手くいかなかった。
アゼルジャンさんは死に、ミズニーさんも死んだ。
もしもこれでモーガンさんまで殺されていたのなら、〝結社〟による粛正、証拠隠滅を疑っていたところだ。
だからこそ、私と閣下の推理は遅々として進まなかった。
こそ泥さんが現れるまで。
こそ泥さんの登場によって、〝結社〟が内部にまで干渉していなかったと判断した私たちは、余計な疑義を切り捨て、発想を飛躍させる。
半日ぶんの距離、死体を移動させるトリック。
死霊魔術以外に、どうすればそんなことが可能か。
答えは……じつに明瞭なことだ。
「ローエンさん、一つ質問が」
「……なんすか」
「私たちがやってきた日、半壊したゴーレムがありましたね? あれは今、どこにありますか」
「……修理出来なかったんで、処分したっす」
「おや? おかしいですね」
今朝、アゼルジャンさんの遺体が見つかるまであなたは修理にかかりきりだったはず。
そして、その後は事情聴取が続き、とても破棄出来るタイミングなんてなかった。
にもかかわらず、ここにはないと言う。
「今回事件において最大の謎は、ミズニーさんがどこで殺され、どうやって移動したかでした」
殺された場所は既に明らかになったとおり、この鉱山だ。
よって、死者は半日分の距離をどうにかして移動したことになる。
「では、死霊魔術に寄らない移動方法はどんなものがあるでしょう。転移、外部協力者による早馬、それとも瀕死の彼が自分で歩いた? どれも現実的ではありません」
「さっきから持って回った言い方をして……なにが言いたいんすか」
そんなにはっきり言って欲しいなら、その通りにしよう。
「ゴーレムを使ったのではないかと、そう言っているのですよ、ローエン技師?」