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第七話 未来鏖殺事件(答え合わせ)

「何もかもお見通しとは……まったく、聡明なお嬢さんだ」


 苦み走った笑顔で、エブルディオさんが呻く。


「そうだ、ぼくは、〝結社〟は、今日のこの日、このときのために活動してきた。それは」

「あなたが、一度この異世界を垣間見たことがあるから、ですね?」

「待て、小鳥。あり得るのか、そんなことが? 異世界への転移など」


 エドガーさまの疑義に対して、反証は幾つか用意していた。

 その中でも、一番体感的に理解が容易そうなものを選ぶ。


「砂漠の無銘都市に残る煙龍伝説。高く遠い場所へと連れ去られるという逸話は、各地で見られます。それは術式の誤作動による別世界への転移だったとすれば、筋は通りませんか?」

「むぅ」


 唸ったのは閣下だけではない。

 パロミデス王にも思い当たる節があったのか、眉間に皺を寄せられていた。

 話を戻そう。


「転移術に秀でたエブルディオさんは、あるときここではないどこかへと辿り着いた。さしずめ、異世界転移(ドリフト)とでもいうべきでしょうか。その世界には、これがあった。違いますか」


 私が差し出したものは、ファイヤー・アームズ。

 この世界では子どもの玩具以下にしか見られない絡繰り。

 けれど、それを見詰めるエブルディオさんの眼差しは厳しかった。


「そうだ。いまある外界はいくつかある異世界のうちの安全なものだ。だが、なかにはそれを生み出すような世界もあった。僕はこの目で見たのさ、いくつもの命が、それによって――火砲によって奪われるところを」

「…………」

「もっと凄まじいものもあった。軍隊が使う戦略魔術に匹敵するもの、野山を破壊するほどの威力を持つあれを、彼方の世界の住民達は量産していた」


 だから、守らなければならないと感じたのだと、彼は言う。


「こちらの世界へ戻ってすぐ、考えた。どうすれば、あのような世界に立ち向かえるかと。平和ボケした王族の元では難しかったろう。戦を忘れて久しい市民達に争うことなど出来ず、ただ搾取されただろう」


 だから争乱を起こしたのだという。


「目覚めて欲しかったのだよ、殺しを躊躇わない精神に。殺される前に殺すという覚悟に」

「それが〝結社〟。あなたはドリフトの結果、多くの魔術に目覚め、その術式を用い、あらゆる分野に侵蝕した。陛下のお姿さえ借りて」

「憎らしいほどのご明察だねぇ、お嬢さん」

「しかし、ならばこそ解らないことがあります」


 私は、真っ直ぐに訊ねる。


「なぜ、物流を制限する必要がありましたか? 穀倉地帯を焼き、物資を制限したのもあなた方でしょう?」

(かつ)えだよ」


 餓え、飢餓、飢えが必要だったと、彼は説く。


「安寧の中で闘争心は生まれない。敵を打ち倒すという覚悟はね、いまに不満を覚えるものからしか湧き上がらないんだ。たとえ国力が一時的に下がろうとも、王家を打倒し、そのまま異世界へと乗り込むぐらいの覚悟が、必要だったのさ」

「……それほどまでに怖ろしい場所が異世界だと、あなたは考えるのですね?」

「ああ、いつかはこの世界を支配しに来るだろう。その前に、すべての民を戦士へと育成する。そのための〝結社〟。そのための――」


「そのためそのためと、耳障りで仕方がありませんわ」


 彼の言葉が、またも遮られた。

 他の誰でもない、呆れ果てたような顔のリーゼによって。

 彼女は告げる。

 私には出来ないことを、家の責務を全うするために。


「異世界など、クレエアは遙か太古の昔に観測しておりましてよ」

「なんだって?」

「その上で、あなた方〝結社〟とは異なる結論を出しましたの」

「……それはなんだい? まさか、友愛だとか馬鹿げたことを」

「ええ、そのような馬鹿げたことを口にはしません。ですが」


 彼女が。

 妹が、私を見た。

 複雑な感情の入り交じった眼差しで。


「……完成には、手間取りましたわ」


 告げる、リーゼ・クレエアが。


「恐怖とは、未知より生じるもの。原初の闇黒の中、炎すら持たない時代、我々の祖先はそう理解しましたの。それからは、ただひたすらに武器を研いできたのですわ。より多くの人を殺せる刃を、多くを殺せる魔術を。なんのために? 理解するためです。異世界の人間が攻撃的だったとして――自分たちが、どう振る舞うことが最善かをシミュレートし続けてきたのです。他者を知るには、自らも同じ知識と体験を得ることが、最も近道だったのですから」


 それは、途方もなく長い時間の試行錯誤。

 大陸という箱庭を利用したあらゆる因子の考慮と組み合わせ。


「そして見つけましたの。不明を照らし、暗闇の恐怖を取り除き、未知を既知へと変えるための、謎を解き明かすものさえいれば、少なくとも、話し合いが出来るはずだと。そうやって産み落とされた存在こそ――お姉様、ラーベ・クレエアなのです」


 …………。

 ……私!?


「まあ、この通り自覚のないボンクラなのですが……本人に自覚はありませんが、お姉様は望めばどんな人間にも成れたのです。ですが、ラーベ・クレエアが選んだ道は、理解でしたの。他者を知ること、世に調和をもたらすことこそが、クレエアの最終結論。わたくしは、その手伝いのために産み出されたに過ぎませんわ」


 あれだけみそっかすと言っておいて、わたくしのほうが絞りかすだなんて笑い話にもなりませんがと苦笑いし。

 リーゼは、続ける。


「それはさておき、ファイヤー・アームズについても、なので解析などとっくに終わっておりました。でなければ、長い歴史の中で魔術防壁が、爆発によって射出される鉛の塊を受け止める強度まで洗練されてはいませんことよ? 密やかに進められた対応は、とっくに必要量まで達していたのです」

「待てくれたまえ、それは、つまり」


 焦ったように身じろぎするエブルディオさんへ。

 妹は、断罪の刃を、放つ。


「異世界と対峙する手段は、来るべきとき王宮へ上がるように手配しておりましたの。そして、この異世界への大陸転移現象も――はい、この通り!」


 彼女が高らかに指を鳴らす。

 刹那、空間認知が歪む。

 振動。

 鳴動。

 そして、沈黙。


 一時と待たずして、玉座の間に、あの日と同じように伝令さんが走り込んできた。


「外界が、復活しました!」

「――ぶっつけ本番でしたが、なんとかなりましたわね。ほんと、リソースを全部奪取(ハック)しておいて正解でしたわ」


 肩の荷が下りたといわんばかりに、脱力するリーゼ。

 カレンとこそ泥さん、大陸中の転移術者の協力によって、全ては元通りになったのだ。


 そもそもダンジョンを魔力貯蔵庫として、各地に残る魔獣化塔(コントロール・タワー)を基点にして大陸を転移される術式の大部分は、クレエアが用意したもの。

 だから、悪用することも容易いと事前にリーゼは語っていたが……どうやら思ったよりも綱渡りだったらしい。


「ならば、僕のしてきたことは、なんだったのだ……」

「明瞭なことです」


 語りかければ、エブルディオさんがヒッと声を上げた。

 私の口元が、また弧を描いていたらしい。

 まあ、いまは気分がいいので、このままいこう。


「悪の貴族として、辺境伯夫人として、お礼申し上げますよ、〝結社〟総帥さん」


 私は、シメの言葉を口にする。


「予行練習、ありがとうございました。異世界との関係は、私たちが、もっと上手くやらせてもらいます」

「――は、はは」


 脱力し、から笑いする堕ちた聖騎士。

 かして三度大陸を巻き込んだ大事件は。

 このようにして、解決されたのだった――

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