第六話 解決編
拘束されたエブルディオさん。
そして一同をぐるりと見回しながら、私は告げる。
「あなたは、大陸の未来を奪ってなどいませんね?」
「どうかな? 少なくともぼくは、君の命を奪おうとした。違うかい?」
先ほどまで、阻害魔術の突破を試みていた彼だが、無駄を悟ったらしく顔つきに余裕が戻っている。
すぐさま殺されることはないと思っているのが手に取るように解った。
私はリーゼを見遣る。
「準備はどうですか」
「オレンジ髪をこちらに連れてきたのですから、察してくださいませお姉様。なんならもっともったいつけるのが悪の貴族のやり方ですわ」
よし、やはり時間稼ぎは十分だったらしい。
ならば一気に紐解いてしまおう。
「一番の違和感は、私ばかりが狙われたことでした。これこそが、謎を解くための重要な手がかりとなったのです。私のようなどこにでもいる何の変哲もないしがない貴族令嬢が」
「どこにでもいる?」
「何の変哲もない?」
「しがない貴族令嬢?」
居合わせた人達が次々に首をかしげる。
もう! きれいにまとめようとしているのだから茶々を入れないでください!
「こほん。ごく一般的な貴族令嬢を、外界を消し去るほどの組織の長が何度も付け狙ってくるのはあまりに不自然でした。つまり、ラーベ・ハイネマンという人間は、それ自体が鍵である可能性があったのです。ただし、これはどんな謎でも解き明かすマスターキーではありません。あくまで一分野だけに特化した、一つの鍵を開けるための鍵」
さて、私にそんな実績があっただろうか。
あるのだ。
他の誰にも負けないほど、この私がやり通してきたことが。
「それは、私がクレエアの血を引いていることとも、ハイネマン家へと嫁いだこととも関係なく、貴族であることすら関与しない、たった一つの積み上げてきた事実と実績」
そう、私は。
「この大陸で、最も転移魔術に関する謎を解いた人間なのです」
各領地に張り巡らされた転移無効の結果。
それを自由にするポータル。
これらふたつがあることで、人々は転移魔術という強大な力に怯えることなく日常を営んできた。
それはつまり、転移魔術による事件へ遭遇しなかったということだ。
だが、私は違う。
最初に陛下と出会った夜から、ずっと転移魔術について考えてきた。
カレンという親友の存在が。
リーゼが侍らせるこそ泥さんが。
推理を行うとき、転移術を考慮の外に出させることを拒んだ。
「面映ゆい話ですが、逆説的に、転移魔術事件解決の専門家と名乗ることも出来たでしょう」
その私が断言する。
「今回の事件は、転移魔術によるものです」
すなわちエブルディオさんは外界を消したのではなく。
「大陸そのものを、別の場所へと、転移させたのです」
§§
「は、ははは、ははははははは!」
騒然となった玉座の間に、エブルディオさんの笑い声が響く。
ひとしきり笑った彼は、哀れむような表情でこちらを見遣る。
「それが解ったところで、なんだって言うのかなぁ? ここがどこだかも解らないだろうに」
「いえ、解ってはいるのです」
「……なんだって?」
目つきを厳しくする彼へ、わたしは順序を守り説明する。
「大陸全土を転移させる。これは荒唐無稽な話ですが、本来なら無理なことでした。なぜなら、この大陸は強固な結界で守られていたからです」
それによって、とあるものたちからの干渉を、すべてはね除けてきた。
だが、ある事件の解決のために、我々は自主的に結界を壊してしまったのだ。
「どういうことだ、小鳥」
「難しいことではないのです、閣下。最近、大規模な撤去を行った魔導具があったではありませんか」
「……〝開かずの宝箱〟か」
「正解です」
あれは、大陸の各所、とくに魔力を貯蔵するダンジョンへ置かれ、ときに襲いかかり、ときに無価値なことから見向きもされないできた。
それが一時のブームで富裕層へ流通し、そしていまは撤去される流れにある。
「もしもこの図面を描くために、エブルディオさんが皆人類魔獣化事件を勃発させたとすればどうでしょう」
答えは単純だ。
「〝開かずの宝箱〟こそ、大陸を守る結界の魔導陣、そのものだったわけです。ダンジョンから供給される無限の魔力を通じて、あらゆる干渉をはね除ける空間術式、それこそがあの箱の正体で」
「ならばラーベ・ハイネマン、この男の目的は何か」
パロミデス王の言葉を受けて、私は目を閉じ、両手を顔の前で合わせる。
ここで読み違いをするわけにはいかないから、今一度念入りに精査するのだ。
「……まるで、祈りのようだな」
誰かが、恐らく陛下が、そう仰った。
祈る、誰に?
……きっと、大切なものに。
目を開く。
告げる。
「この場所、いま大陸がある常とは異なる世界の危険性を、私たちに理解させるため。つまり――異世界を仮想敵として認知させるためです」




