第三話 ファイヤー・アームズと予言の書
両男爵家は、こちらの要請を快諾してくれた。
だからいま、私の手元には二つ、門外不出とされたものがある。
ひとつ、トマス男爵家の予言の書。
そして、デュラ男爵家収蔵、渡来品ファイヤー・アームズ。
後者は既に、閣下が預かっていたものを、正式に借り受けた形で。
問題は前者で、私は既に一度、これに対して謎解きを試みている。
その時は犯人の行動原理を示すものだと思われたのだが……あらためて読み直すと、これは大陸そのものの命運を占っているようにも読み解けた。
たとえば、『糧を作り出す場所が燃えて消える』。
これはいま起きている穀倉地帯への放火を意味するのではないか?
それによって少量が圧迫されることへの暗示。
次に、『汝と幸福を分かち合うもの、その身を包む装飾が剥がれ落ちるときがくる』。
二番目の予言に関しては、まだなんとも言えない。
だが、三番目。
『二度の騒乱が箱船を揺るがすとき、トマスの血は絶え、やがて世界は小さくなるだろう』――これは、明確に大陸の外側は消滅したことを示唆している。
世界が小さくなるとは、大陸以外の場所が消え去ること、即ち今回の事件そのものを示唆していた。
では、最後の予言は?
『そして悲劇の内に輝かしきものは失われるだろう』。
これは何を意味する言葉なのだろう?
予言とは、過去から未来を見て記された、不可逆な決定事項。
曖昧なそれとは違い、トマス家のものは確実性を帯びていることが調査で判明している。
でなければ、王宮はトマス家を重用しなかった。
……待て。
あのとき、白い聖騎士エブルディオが男爵家の宝物庫を破壊した理由は、ここにあったのではないか?
この異常事態に対して、何か対策と呼べるようなことが、他の預言書に記されていたのでは?
点と点が繋がっていく。
その最も先端、あるいは根っこにあるもの。
それが……ファイヤー・アームズ。
鉛の塊を爆薬によって打ち出すという、まったくなんのために存在するか解らない道具。
極めて精密な機巧で作られており、繊細。
魔導陣のようなものはどこにも彫刻されていない。
デュラ家の研究によれば、一種の自衛のための武器ではないかとされているが、実験の結果タリスマンの加護を突破することすら出来なかった。
つまり、実用性でいえば、魔導具に劣る。
であるなら、刃物やひとを雇う方が、よほど安価だし、確実性が高い。
だからこれまでは、一種の工芸品として考えられてきた。
だが、そうではなかったとすれば?
思想的、文化的、技術的にまったく異なるものが、大陸の外にあること自体は不思議ではない。
だが、これはあまりにも、この世界の原理原則からかけ離れている。
……リーゼは転移と言い残した。
いま治療を受けている真っ最中であるはずの彼女が、何を伝えたかったのか、真意はわからない。
けれど、私の仮説が正しいのなら――
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
そこまで考えたところで、思索は遮られた。
入り口に、お茶を持ったカレンが立っていたからだ。
彼女は入室してくると、テキパキとティータイムの準備を始める。
そして、こちらへと恭しくカップを差し出す。
「どうぞ、お嬢様」
私は。
「誰ですか、あなた?」
そっと距離を取った。
「誰って、わたくしはお嬢様の」
「カレンが入れるお茶は、全て薬膳茶なのですよ?」
「――まだ毒が抜けていなかったかのかい、それは抜かったねぇ」
嗤った。
彼女の、何者かの手の中で、ティーカップが泡立つ。
次の瞬間、それはこちらへと襲いかかってきて。
スライム!?
「っ」
――ラーベ・ハイネマンに、戦闘能力は存在しない。
傍聴術式の指輪を通じて閣下が事態を察するまで数秒あるだろう。
かつて送られた身代わりの髪飾りは、怖ろしすぎて身につけていない。
いくつか防御用のタリスマンはあるが、そんなものあちらもお見通しで、既に攻撃術式が構築されている。
死ぬ。
ここで、私は。
カレンの格好をした誰かの手で――
「!?」
そいつが、飛び退いた。
刹那、窓や壁を貫いて、無数の閃光が室内へと飛び込み、スライムを滅多斬りにする。
「……あいつなら、その程度容易く避けられはずなの」
直刃のような言葉とともに、彼女が降り立つ。
矮躯、長い髪、腰に差されたのは名も無き長剣一本。
騎士団の格好をしながら、その全てに囚われないもの。
かつて大陸最強とうたわれた剣聖の……最後の弟子。
セレナさんが、私を守るようにして、ニセモノのカレンと相対していた。
カレンの格好をした何者かは、手から出血をしている。
どうやらセレナさんの奥義を喰らったらしい。
それの姿が、にわかに崩れる。
現れたのは、純白の髪と、黄金の瞳。
裏切りの聖騎士、エブルディオで。
「まったくリスペクト出来ないの。それで、どうするの? いまここで私に倒されるか、それとも――」
「――――」
エブルディオの判断は速かった。
即座にきびすを返し、脱出を謀る。
セレナさんは追撃をしない。
みなぎる緊張感の元、私を守り。
やがって、大きく息をついた。
「これで、ようやく借りを返せたの。お久しぶりなの、にっくき辺境伯夫人?」
すっかり大人びた様子の彼女が、複雑そうな微笑みを、私に向けたのだった。




