第七話 追い詰められたリーゼ事件(答え合わせ)
その日の婦人会では、やはり宗教の話で持ちきりだった。
正確には、いくつかの宗教団体、その裏金の流れが暴露され、市井で大問題になっており、領主達も対応に追われている、というもので。
大変ですね、などと相槌を打ちつつ会合を終えた私は、カレンを伴って街へと出る。
これといった買い物をするでもなく、目立つ場所をしばらくうろつき、それからカフェでお茶を頼む。
以前婦人会で話題になっていた、あちらこちらに店を出している大型商会直営のものだ。
とはいえ、私はカレンの淹れてくれたお茶以外は可能な限り飲まないことにしているので、ただテラス席で行き交う人々を眺めていた。
そんなときである。
正面の席に、サングラスをかけた女性が腰を下ろした。
鍔広の帽子を目深にかぶり、全身のシルエットを隠すようなコートを身につけている。
私と彼女はしばらく無言でいたが。
「あなたも、回復術が使えたのですか?」
時間も有限なので、気になっていたことを、とりあえず口にした。
彼女は答えない。
もっとも、どちらでもいいといえば、どちらでもいいことなのだ。
宗教団体の集落で起きた殺人事件。
五体を分割されたのは一体誰だったのか。
明瞭なことだ。
あれはやはり、聖女イリスだったのである。
聖櫃の中に分割した身体を納め、回復術を常時発動させ生存する?
いくらなんでも、そんな荒唐無稽な手段は成立しない。
どこかで魔力が切れれば死んでしまうし、身体がくっ付くという保証だってない。
あまりにリスキー。
であるなら、やはり正面ゲートから出る方が、よほどクレバーなのだ。
どうやって外に出たのかという謎には、既に答えが用意されていた。
私をあの集落へ連れて行った人物は、たびたび出入をしており、それを咎められることもなかった。
そしてあの教壇において、聖女が外出できないと知っていた人間はわずかに三人。
「つまり、契約魔術さえなければ、聖女の顔をした人間は、自由に出入をすることが出来た。そうですね?」
彼女は答えない。
それでも理由は幾つか思いつく。
いかに教祖さんと聖櫃が前面に押し出されようと、実際に人々の傷を癒やしていたのは聖女だ。
ならば、信者の方々は聖女こそを尊んだだろう。
その聖女が、ちょっとした息抜きに夜風を吸ってきたい。街にお忍びで出かけたい、なんてことを言い出したとき、止められるものがいるだろうか?
或いはいたのかも知れないが。
それでも、既に何度も外出が果たされていたという事実の前では、そんな仮定など霞んでしまう。
そもそも聖女と同じ顔の人物が、聖櫃を外へ運ぶという神聖な儀式を行うとき、阻めるものがいたのかどうか。
だから、重要なのは〝どうして〟ということなのだ。
なぜ、聖女は殺されたのか。
なぜ、五等分されなければならなかったのか。
答えは――
「確実にイリスさんを葬るため。たとえ回復術と聖櫃があっても助からないようにするため。合っていますか?」
そこで女性は。
はじめて。
微笑んだ。
つまるところ、この人物の目的は以下のようになる。
家の不始末であるイリスさんを処分し。
そして、各地に献金や裏金を用いて浸透しようとしていた〝結社〟の末端組織を潰す。
あまりに合理的で、非常識なその振る舞いを、私は――
「怖ろしく思うかしら」
女性が口を利いた。
聞き覚えのある声で。
皮肉げに口元を歪めながら。
「わたしは、この事実を沈黙し続けているラーベ様こそ、怖ろしいと思いますわ」
……返す言葉もない。
今度は私が、黙する番だった。
長い、長い沈黙。
とっくに冷え切った紅茶を、店員が入れ替えに来る。
どうせ飲まないのだからと私は固辞。
目の前の人物は水を頼んだ。
届いた水を彼女は口にしようとして、そのままテーブルに置く。
さらに長い無言の時間が流れ。
やがて彼女は、こう問うてきた。
「なぜ、婦人会でわたしのこと話題に出さなかったの? きっと盛り上がったでしょうに」
盛り上がったどころではない。
そうなったとき、彼女の家は大きな借りを諸侯へ作ることになっていただろう。
だが、私はそうしなかった。
理由は……単純な話だ。
「家の事情は、各々に色々ありますからね」
クレエアの末孫、ハイネマン家の政略結婚妻、二度にわたる大陸動乱の中心。
ほら、私だって人のことは言えない。
だから黙っていた。
語るべきことなど、解き明かすべき謎など、最早無かったのだから。
「……借りを作った、ということにしておきますわ。何かご用立てがあれば、気兼ねなく申しつけて下さいまし」
言って、彼女は立ち上がる。
この場の支払いの代金を、私の分も机において。
「いつ」
立ち去ろうとする彼女の背に。
私は、最後の言葉を投げた。
「いつ、婦人会には復帰されるのですか――アリサさん?」
「――――」
彼女は立ち止まり、数秒考えたあと。
振り返って、サングラスを外し、にこやかな笑顔で、こう告げるのだった。
「妹を失った、その傷心が癒えましたら、明日にでも」
それではごきげんようと挨拶を交わして私たちは別れる。
「お嬢様」
ずっと控えてくれていたカレンが手渡してくれた、彼女の特製のお茶を一口のみ。
私は、盛大にため息を吐くのだった。
まったく。
「お家を守るとは、ままならないものですね」




