第三話 リーゼ曰く、それは聖櫃
「改めて訊ねますが……なにをしているのですか、リーゼ?」
神殿へ移動しつつ、私は妹に尋ねる。
妹、妹である。
間違いなくリーゼ・クレエアが、そこにいた。
「それはこちらの台詞ですわ」
戸惑ったような、或いは怒ったような顔で、リーゼは私へと指を突きつけてくる。
なんだか拗ねているみたいだ。
「は? 拗ねてなどおりませんが? とかく、お姉様のようないまをときめく大貴族が、なぜこのような場所に?」
「いまをときめくかどうかは知りませんが、我々は――」
「あのー、よろしいかしら?」
丁々発止のやり合いをはじめようとしたところで、アリサさんがおずおずと挙手をされた。
「おふたがたは、どのような関係で? そっくりですが……」
「「似ていません」わ」
「え、でも」
「「まったく似ていません」わ」
「はぁ……?」
困惑を隠せない様子のアリサさん。
これは、重要な部分は伏せつつ、互いに自己紹介をした方が良さそうだ……顔といえば、アリサさん、どこにも傷がない。
酷い倒れ方をしたので、血が出たように思えたのだが……いえ、それよりもこちらの事情説明を優先すべきか。
「ふむふむ。そちらのかたのご姉妹を探して教団へ? ……確かに、メイクで印象が違いますが、よく似た顔が聖女の中にあったような」
「どこですっ? イリスはどこにいるのですの!? やはり、例の部屋に監禁されてっ?」
詰め寄ってきたアリサさんを受け止めつつ、どうするのが正解か? という顔をこちらへ向けてくる妹。
私が頷いてみせれば、彼女は盛大なため息を吐く。
「案内しますわ。そしてその間に、わたくしがどうしてこのような場所へ身を窶しているか……その話をいたしましょう」
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結論から言えば、リーゼはいま〝結社〟から逃亡中の身の上なのだという。
「例の魔獣騒動でいろいろやっていたことがバレまして、仕方なくわたくし、ドレスの裾をまくって逃走したわけです。そこからは、聞くも涙、語るも涙の冒険譚があり」
「それは結構なので、端的に理由を説明してください」
「……お姉様の、そういうところが、嫌いですっ」
ぷいっとそっぽを向く妹。
一瞬だけ視線を交差させれば、第三者がいるところでこれ以上の説明は無理という結論が出る。
けれど、おおよそ状況は掴めた。
〝結社〟に追われた彼女は、隠遁すべく聖櫃の社へと身を寄せたのだろう。
事実、リーゼは教団について、こう説明してくれる。
「ここはくるものを拒まず、行き場のないものによりどころを与える。そういった性質を持つ社会奉仕集団です」
宗教には、少なからずそういう部分がある。
避難所、シェルター的な意味合いだ。
トラブルに巻き込まれ、俗世間に留まることが難しいもの、暴力が迫るものが逃げ込める場所としての役割。
これ自体は翼十字教会でも盛んに行われているが、メジャーである分、あちらは足がつきやすい。
ところが、このような小さな施設であれば、そもそも逃げ込んだことすら解らない。
そして、逃げ込んだが最後、匿ってもらったという恩義があるので、離れることが出来なくなる。
……もっとも、リーゼについて、これは無用な心配だろう。
なにかを利用することにかけて、リーゼ・クレエアに並ぶものはいない。
「しかし、くるものを拒まずとはいえ、炊き出しなどの財源はどうなっているのです?」
私の質問に、リーゼは一瞬不思議そうな顔をした。
ややあって、状況を把握したらしい妹は、ニタリと笑う。
「そちらのかたも、貴種でしたか。であるなら、さぞや聖櫃の社を目の敵にしていることでしょうね」
「そんなことは……」
首を振るアリサさんだったが、リーゼは嘘偽りを許さない。
彼女の前で、虚偽とは何の意味も持たないのだ。
「しているはずですわ。だって、商家や騎士達の家からも、ここには資本が流入しているのですもの」
なるほど、得心がいった。
聖櫃の社は、思ったよりも人心を掌握している。
触れ込みはなんだったか、聖女による奇跡。
それが回復術の延長線上だったとしても、救われた命があれば、対価は発生する。物理的な形でなくてもよい。貸し借りという概念は、想像よりもずっと強く、人間の心に作用するのだ。相手が常人であれば、なおさらに。
これを危ぶんでの、アリサさんの内偵。
だが、妹さん――イリスさんの身柄を確保したいというのも本当だろう。
こういったメカニズムの団体に長く籍を置くと、おおよその場合、理不尽な恨みを買うものだから。
「そういえばリーゼ、先ほどからあなたが運んでいるそれは、なんですか?」
彼女の腕の中には、一抱えほどの箱があった。
再会したときから、ずっと持っていたものだ。
全ての面に、判読不能な文字のようなものが記されているが、一切魔導具としての性質は見て取れない。
でたらめな模様が並んでいるとも、彫金や宝石などで落書きがされているともいえる、ともかく不思議な箱だ。
「これが〝聖櫃〟でしてよ」
リーゼは、あっけらかんといった様子で告げた。
……つまり、この教団における、教えが納められた有り難い箱?
「正解ですわお姉様。教えは三つあって、無一物、不殺、健康。箱にはそのうちの一つだけが納められており、集会のたびに入れ替えますの。参加した祭儀において得られる効能は、箱の中身で違うということですわ」
「なかなかあくどい商売ですね」
「一目で看破するとは……本当にお姉様は、未知が許せないのですわね」
嫌らしい笑みを浮かべた妹が、嘲りを放つ。
それはどうでもいいのだが、しかしよく出来たシステムだ。
箱の中身は解らない。
お目当ての効能が得られるかはランダム。
無一物は生まれ出でて死ぬまで身一つという教えのはずだから、不浄を削ぎ落とす。
即ち、浄化――病の治癒。
不殺は殺生をしないことなので、死を遠ざける。
即ち、老化防止。
そして健康は……そのままだろう。
即ち、怪我の治療。
この三つの組み合わせが合致しなければ、願い事は叶わない。
ならば、開催される集会には全て参加しなくてはいけない。
そこから導き出される最も収益性の高い結論は。
「集会に出るだけで、喜捨が必要になる?」
「その通りですわ」
つまるところ、この場の本質は健康促進サロン。
おそらく裏側では、肉体的な奉仕活動も行われており、それを目当てに集まっているものもいるだろう。
現世利益はお得感と婦人会では言っていたが、ここまで即物的なものとなると珍しい。
ふむ……確かに貴族が嫌いそうな宗教だ。
自分たちが得るはずだった利益を途中で抜かれるなど、たまったものではないだろう。
だが、ここはアリサさんの領地ではない。
つまり彼女は純粋に、妹さんを救いに来たこととなる。
「ちなみに箱ですが、毎度こうやって人力で入れ替えます。また、入れ替えられた箱は敷地の外部へと運び出されますの。そこそこ地位のある人間にしか任せてもらえず、わたくしの他には教祖様の右腕のイケメン、全幅の信頼を寄せられている老爺の二人しかおりませんわ」
「箱を外に出すということは……中身は別物にすり替わっているのでは?」
「さすがはあくどいお姉様。教団を支えている各地の団体へ、喜捨の中身をばら撒くための隠蔽工作でして。聖櫃を持ち回るという大義名分で、金銭をロンダリングしているのです。ですので当然、厳重にチェックされる他の荷物とは違い、こちらはアンタッチャブルなものとして運ばれます。なのでわたくし、これを活用して外部と――」
「そんなことより、妹はどこにいるんですか! イリスは!」
姉妹仲良く陰謀トークをしていたら、たまりかねたようにアリサさんが声を荒らげた。
気持ちはわかるが、ここは神殿。
無人ではないし、比較的静かな場所だ。
大声を出されるのはいささか拙い。
同じ判断をしたのだろう、リーゼもまたため息を吐き。
建物の奥を指差した。
「実際に、参加されるのが一番では? 間もなく始まりますわよ」
「なにがですの!」
「あなたの妹さん――聖女による奇跡が、ですわ」




