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第六話 違えられた予言事件(答え合わせ) 前編

「……冤罪、ですよ」


 眉根の一つ、表情の一つも変えることなく、マリアさんは否定する。

 だが、私は追及の手を緩めない。


「第二、第四の予言は、あなたを犯人とすると、まったくといっていいほど抵抗なく説明が出来ます。たとえば――閣下、お願いします」

「『汝と幸福を分かち合うもの、その身を包む装飾が剥がれ落ちるときがくる』」


 この予言において、マリアさんは服を切り刻まれた。

 そして不審者の仕業ではなく、突風が吹いて自然とそうなったと説明したのだ。

 これは、如何にも不思議だ。

 魔術や人の手によるものならともかく、風が吹いた程度でドレスはちぎれたりしない。

 予言とは、これから起きることを当てるもので、不逆的に事象を確定する術式ではない。


「ですが、もしもマリアさんが自ら犯行に及んでいたのなら、そのような疑問は無為に帰します」


 だって、ひとのいない任意のタイミングを選んで、自ら服をズタボロにすればすむ話なのだから。


「証拠がありません、ね」

「いまあなたが身につけられているドレスが不自然に残っていたことは、状況証拠としては確かに不十分でしょう。しかし、疑いを強めることは出来ます」

「便利な言い回し。ラーベ様は、意外にも小憎たらしい性格ですね。予想外、ですよ」


 この状況で軽口を叩けるあなたを、私は尊敬する。

 その上で、謎は全て解き明かす。


「閣下」

「承知――『そして悲劇の内に輝かしきものは失われるだろう』」

「第四の予言は外部犯によるもの。これは確かなことでしょう。しかし、ならばこそ、どうして外部犯が易々(やすやす)と侵入出来たかという話になります」

「それは自分の警備に人手を当てたからだ! マリアに(とが)はない!」


 さすがにたまりかねたのか、ジョン・トマス男爵が声を上げる。

 だが、それこそが逆説的な証明だった。


「そう、男爵の警護、その陣頭指揮を執ったのがマリアさんです」

「――――」

「つまり人員の配置を、彼女は決めることが出来た」


 必然、外部犯の誘導も容易かっただろう。


「だが、だが……そうだ、マリアには第一の予言のとき、アリバイがある! 妻は庭師とともにいた。ならば、火事を起こすことなど……!」


 一縷の望みに縋るよう、熱弁をふるう男爵。

 彼の言い分は正しい。

 けれども。


「人類史がはじまってから一度たりとも、密室が密室であったことなどないのです、男爵」


 私は、キッパリと断言する。

 この謎の根幹をなしていた、曖昧さを。

 確認の、不行き届きを認めるために。


「庭師さんはこう仰いました」


『ええ、煙が出る少し前にやってきて、木々の剪定をしておりました。誰も勝手口から厨房へ入られた方はおりません』


『途中からでしたか、宴に必要だからと菜園へハーブを取りに来たマリア様と出くわしまして、しばらく談笑しておりました。そうしましたら、火が出まして』


 ――と。


「お解りですね? 庭師さんは、ずっと勝手口を監視していたわけではないのです。彼が訪れる以前に厨房へと出入をしていたのなら、十分に犯行は可能」


 そして、勝手口は施錠されていたのだから、これを入手出来た人物は限られる。


「マリアさん、あなたになら、それが出来たのではありませんか?」

「……確かに、魔術を用いない、時限式の火種を使えば、わたしにも犯行は可能に思えます、ね。ですが、それならばトマス家の予言は、外れたということになりません、か?」


 彼女の瞳に、強い光が宿った。

 そう、ことこの瞬間までが、すべてマリアさんの描いた図面の上だったのだ。

 これほどまでの差配能力、女主人としての厳格さ。

 憧憬の心。

 純粋な敬意。

 それに、私はここで、終止符を打つ。


「いいえ、予言は全て的中したのです。だから――トマス男爵家の名声を地に落とすことは、不可能なのですよ、マリアさん」


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