第五話 解決編
第四の予言。
『そして悲劇の内に輝かしきものは失われるだろう』
これは、成就されたといってよかった。
トマス男爵家の宝物庫は甚大な被害を受けていたからだ。
とくに予言書の類いは、ほとんどが爆発の影響を受けてしまっており、再生することは困難に思われた。
「なにが起きた? どうしてこんなことになっている? 誰か説明をしてくれないか?」
惑乱の極地にあったのは、トマス男爵本人だ。
失われるはずだった命は繋がり、別の予言が成立してしまったのだ。
私も戸惑いを隠せない。
予言の順番が前後したとでも言うのだろうか?
或いは、単純に第三の予言だけが外れた?
解らない、ことが不明瞭だと落ち着かなくなるのは、なにも私に限った話ではないだろう。
それでも男爵が叫んだり暴れたりしないのは、彼の人柄以上に、マリアさんの影響が大きく見える。
病床から起き出してきた彼女は使用人達の陣頭指揮を執り、延焼を防ぐための処置や、宝物庫の整理、屋敷の結界の張り直しなどを急いでいた。
そして、どうやらこの一件に関しては、外部犯の犯行ということでまとまりそうになっている。
男爵家に張られ魔術の警戒網に、異常が検知されたからだ。
「外部犯が実在するとなれば、これまでの予言にも関わっていた可能性が出てきますね」
もしかすると犯人の狙いは、初めから宝物庫へ忍び込むことにあったのかも知れない。
そして目当てのものを盗んだら、痕跡が残らぬよう爆破した。
予言の成就は全て仕込まれたものだった……そう考えることも出来る。
できるのだが。
「小鳥、口元を隠せ」
閣下に言われて、ハッと手を当てれば。
そこは、三日月のような弧を描いており。
「順序を追え。それがおまえの流儀だ」
閣下の言うとおりである。
情報を整理しよう。
予言は四つ、事件は三つ。
第一の予言、ボヤ騒ぎは密室で行われた。
出入り口二カ所には両方とも見張りがおり、出入りは困難。
第二の予言、服の裁断は人目のないところで行われた。
被害者はマリアさん、彼女は突風によって服が切り裂かれ、不審者は見ていないと証言していた。
第三の予言、これは未発で終わった。
そして、第四の予言。
手勢の多くが男爵の元へ集中し、手薄になった警備をつかれ、宝物庫が外部犯によって爆破された。
「――――」
両手を顔の前で合わせる。
一種のルーティーン。
思考を飛躍させる儀式は、私に謎の答えを提示する。
「ラーベ。いま、おまえは星よりも美しい」
閣下が、剣を抜き放ち、再び私の前へとかざした。
抜き身の刃に映るのは、真っ直ぐな眼差しの自分で。
「……閣下、男爵夫妻と、話し合いの場を設けさせてください。それで」
全てを、明瞭にします。
§§
「いったいどうされたというのか辺境伯様。自分は正直、めまぐるしい状況について行けていないのです。そこを呼び出されては混乱必至で――痛い!」
普段にも増して早口でまくし立てる夫の尻を、マリアさんがつねって黙らせる。
彼女は沈黙を貫いていた。
視線を静と床へと落とし、ただただその瞬間を待っている。
私は一つ深呼吸をして――告げる。
「これから、予言が成就します」
「待って欲しいラーベ様。すでに予言は」
「あれらは偽り……そう、真犯人によってねじ曲げられた、紛い物の予言達成だったのです」
「なんだって!?」
「順を追って説明していきましょう」
心底驚いた様子の男爵を宥めつつ、私は論理を展開する。
「閣下、第一の予言を覚えておられますか?」
「無論だ、諳んじよう」
彼の豊かな声量と、低くよく通る声で、その詩が吟じられる。
「『糧を作り出す場所が燃えて消える』」
このボヤ騒動が、人為的なものではないと見做されていた理由は一つだ。
現場が密室であったこと。
これを可能としたのが、二人の見張り。
ひとりは、料理の手伝いをするために呼び寄せられた使用人さんで、館から厨房への出入り口を押さえていた。
もうひとりは、庭師さん。
彼は勝手口の前に陣取り、そしてマリアさんと事件が起きるまで話をしていた。
「改めて聞いても、自分には事故であるようにしか思えない。いったいどこに、犯人とやらが出入りする要素があるのだね?」
不信感に彩られた男爵の言葉。
首肯を返し、それから首を横に振る。
「はい、確かにこの謎は解くことが難しいのです。なぜならば」
私はある人物を真っ直ぐに見据える。
「犯人は、全くの偶然によって、現場不在証明を獲得していたのですから。そうですよね――マリア・トマス男爵夫人?」




