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第六話 透明な壁の向こう側事件(答え合わせ)

「カレンをデュラ家に連れ戻すため、皆さんは一芝居打った。そうですね?」


 私の問いかけに、しかし真っ当に答えられるものはいなかった。

 レックスさんは「なぜだ?」と繰り返し、マジョルカさんは崩れ落ちて泣きじゃくり、死臭に嘔吐(えず)いてさえいる。

 家宰さんはオロオロとするばかりで、逆に聖騎士さまは微動だにしなかった。


 なので、勝手に推理を続ける。


「透明な仕切りのある部屋を利用して、あたかもレオポルト男爵が殺されたかのように演出したあなたたちは、さらに凄惨な場面を印象づけるため、秘密の通路を開帳し、事件現場へと私たちを誘導した」


 聖騎士さまには壁を壊す手段がありながら、理由をつけて行使しなかったことも、全てが狂言だったとすれば納得がつく。


「父親の死と、最後の願い。それをカレンへ強く印象づけることで、実家へ連れ戻したかった。それ自体は善意だった。彼女が――カレン・デュラが〝結社〟に利用されていたことがあると、あなた方は知っていたからです」


 ビクリと肩をふるわせるマジョルカさん。

 ここで、聖騎士さまが口を挟んだ。


「それはおかしいんじゃないかな? レオポルト男爵は胸を刺されていた。脈も止まっていた。レックスくんはこれを確認したし、あの時点で狂言ではないと気付いたはずだ」

「いいえ、聖騎士さま」


 全身甲冑が放つ問いかけを、私は正面から切って捨てる。


「ナイフは、刺さってなどいなかったのです」

「なんだって?」

「カレン」

「はっ」


 命じれば、侍従はどこからかナイフを取り出し、それを自らの胸に突き立てた。

 またも悲鳴を上げそうになるマジョルカさんを、レックスさんが遮る。


「透過魔術! 使えるようになったのか、カレン」

「……いろいろありましたので」


 言いながら、彼女はナイフを引き抜いた。

 刺さっていた胸の部分が、水面のように揺れる。

 刃には、血液一滴ついていない。


「指定した場所を通り抜けられる魔術。これがあれば、死を偽装することは可能です」

「それはおかしいねぇ。男爵の脈が止まっているのは君も確かめて――」

「脇の下」

「――――」


 ただ一言、それだけの言葉で、王国の最大戦力が口を閉ざす。

 私は両手に手袋を装着。

 閣下に確認を取って、ご遺体へと歩み寄り、右腕を持ち上げた。

 ゴトリと、床に落ちたのは球体。

 彼が魔術の発動媒介に使っていた、ボールサイズの魔導具で。


「これを脇に挟むことで、一時的に血流を止め、心臓が脈打っていないように偽装したのです。ああ、結構、続く疑問はこうでしょう? そんなこと、すぐにバレるはずだと」


 しかしバレない。

 なぜならば。


「あなた方全員が、共犯者だったから。レックスさんが先に脈を取り、聖騎士さまが追認し、さらに私を同じ場所へと誘導する。これで三重のチェックならぬ、三重の欺瞞(ぎまん)が完成します」


 その成立には、全員のアシストが欠かせない。

 思えば、マジョルカさんの悲鳴がなければ、誰も現場になど駆け付けられなかった。

 レックスさんが秘密の通路を解禁しなければ、遺体を確認など出来なかった。


「そして聖騎士さま、あなたがいなければ、現場検証はもっと容易かったでしょう。ことはすぐさま露見したはずです」

「……だが、男爵は実際に死んでいるよ。この中に犯人がいることには、変わりないんじゃないかなぁ?」


 その指摘は正しい。

 なぜ、狂言だったはずの自死が、本当の死にすり替わっているのか。


「そういえば聞いたよ」


 銀色の甲冑が、悪意を(さえず)る。


「カレン嬢に、マジョルカ嬢は毒を盛ったそうじゃないか」

「ち――違います! わたしは!」


 ヒステリーを起こしかける姉の肩を、カレンがそっと叩いた。

 大丈夫だと妹が頷けば、マジョルカさんは突っ伏して泣きだす。


「……毒は腹痛を起こす程度の弱いものでした。あれは、毒殺されかけたという事実を持って、カレンを容疑者から外すための手段だったのです」

「小鳥、結論を述べよ」


 ここまで無言だった閣下が。

 腰の刃に手をかけながら、問う。


「デュラ男爵は、誰に殺された?」

「明瞭なことです」


 告げる。

 その人物を真っ直ぐに見据えながら。

 カレンや閣下が、出入り口を封鎖するように動くのを確認してから。


「聖騎士さま――あなたが、犯人ですね?」



§§



 彼は、どうやってとは言わなかった。

 ただ。


「なぜ解ったんだい?」


 と、首をかしげる。


「ぼくは、どんなミスを犯したのかな」

「非常に単純な失敗でした。私は当初、この部屋に反転の術式――鏡写しの魔術が張られていると考えていたのです」


 透明な仕切りは鏡になっており、現場とは違う風景を、左右――正しくは前後入れ替えて移しているのだと。


「けれど、それは違いました。何度記憶を精査しても、部屋に入った直後も、それ以前も、男爵の胸にはナイフがあったのです」

「いまも、あるじゃないか」

「そうですね、右胸にあります。ですが――私たちが最初に見たとき、ナイフは左胸に刺さっていたのです」

「――――」


 透過魔術によってナイフは安全に突き立てられていた。

 それでも右胸に刺すことは怖ろしかったのだろう、男爵は左胸へとナイフを飾った。

 でもいまは右胸に刺さっている。


「ならば刺し直したと考えるほかありません。そしてそれが可能だったのは、最後に部屋を出た人物」


 つまり。


「聖騎士エブルディオ、あなたは早業(はやわざ)殺人を行ったのですね……?」


 早業殺人。

 ただただ素早く人を殺す。

 悲鳴を上げることも許さず、暴れることも許さず、誰にも悟られることなく。

 そんなことが可能なのは、暗殺者だけ。

 そうしてこの場面で現れうる、もっとも配役に適した暗殺者となれば――


「け、けけ」


 奇妙な音が聞こえた。

 泥が煮立つような、あるいは怪鳥が鳴くような声。


「けけけけけけ――けーけけけけけけけ!!!」


 笑い声が。

 同時に、白銀の甲冑が爆発する!


 閣下が私の前へと飛び出し、吹き飛んでくる鎧を払い除けた。

 だが、それは決定的な隙で。


 目くらましの向こう側から現れたのは、〝純白〟。

 あらゆるものを暴食する、どんな色も染め上げる、何者も寄せ付けない絶対の白。


 白銀のたてがみをした、黄金の瞳を有する長身の男性が、こちらへと向かって肉薄する。

 端正な顔に張り付いていたのは、兇猛(きょうもう)な笑み。

 本性を現したエブルディオさんが私たちへ襲いかかろうとした刹那、その顔が、大きく歪む。


 飛び込んできたカレンが、思いっきり蹴り飛ばしたからだ。

 もんどりを打って吹き飛んでいくエブルディオさん。

 だが。


「抜かったねぇ」


 純白の笑みは、一つも(かげ)っていなかった。

 回転の終着点、そこは秘密の出口で。

 恥も外聞も無く立ち上がった彼は、そのまま脱兎の如く逃げ出す。


 全ては計算だったのだ。

 出入り口を封鎖する閣下とカレンをどかすための。

 閣下が追う。

 だが――おそらくエブルディオさんは逃げ切るだろう。

 なぜならば。


「お嬢様、あの男に見覚えがあります」


 親友が、怖れを込めて呟いた。


「〝結社〟の暗殺者養成所で、カレンの師を務めた魔術師――全能のエブルディオです」


 ――こうして事件は幕を閉じ、私たちは日常に戻る。

 なんとも後味の悪い、解明のカタルシスすらない一件。

 けれど、たった一つ明瞭なことがあった。

 それは――


「お嬢様、お茶の時間でございます」


 オレンジ髪の親友は、依然として侍従でいてくれているということ。

 そんなかけがえのない真実が。

 私の元には、残ったのだった。

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