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第四話 囚われのカレン・デュラ

「ご迷惑をおかけしております、お嬢様」


 デュラ邸の一室に作られた、魔術的な座敷牢。

 その格子戸越しに、カレンが謝罪の言葉を口にした。


「今日のカレンは謝ってばかり。……迷惑では、ありませんよ」


 むしろ謎が現れてくれてうれしいとは、いくら私でも口にすることが(はばか)られた。

 この場でつまらない冗談を叩けるのなら、もう少しラーベという人間は社交性を持ち得ただろう。


 デュラ家では、レックスさんが暫定的に当主としての役割を引き継いでいる。

 彼らの主張は変わっていない。

 カレンに戻ってきて欲しいという、その一事だ。


 だが、聖騎士さまはカレンこそを疑っていた。

 なにせ超抜級の(エクストラ・)転移術者(ジャンパー)

 あらゆる密室が、カレンの前では無意味と化す。


 それだけではない。

 聖騎士エブルディオさんにしてみれば、カレンは〝結社〟との繋がりを疑う筆頭候補だ。

 リーゼの姉である私を主人と(あお)ぎ、デュラ家の卓越した術者となれば、疑わない理由の方がない。

 だからこそ、私も含めたこの屋敷にいる全員が、例の透明な壁がある部屋への接近を禁止されていた。


「兄上も、疑われておりますか」


 どこか不安げなカレンの問い掛けに、私は首肯するよりほかない。

 彼もまた、容疑者のひとりだ。

 なにせ秘密の通路を知っていたのは、レックスさんとレオポルト男爵だけだったのだから。

 ……いや。

 おそらくだが、聖騎士さまはこの場にいる全員を疑っていた。


 これは私も例外ではない。

 よって現場を検めることすら出来ず、このままでは謎解きが極めて難しいのである。

 ……しまった、また自分のことへ戻ってきてしまった。

 けれど、いまは思考をかき乱していることも必要だ。

 なぜなら。


「カレンなら、見切れましたか?」

「聖騎士殿のことを仰っているのであれば、あれは間違いなく読心術式でございます」


 やっぱり。

 奇妙な魔力だと思ったけれど、他者の心を読む魔術とは。


「我が家には伝わっておりますが、読心魔術はその性質上秘匿(ひとく)されるもの。聖騎士殿がどこで身につけられたのかは定かではありませんが……使用が許されているのは、よほどの権力者かと」


 彼女の言葉が正解だろう。

 聖騎士というのは家柄と力量が相まって初めて名乗ることが許される(ほま)れだ。

 なので、彼が近くにいるかも知れないとき、私はとっちらかった思考しか出来ない。

 なにを読み取られるか解ったものではないからだ。


「よって、これから訊ねることは、事件解決に寄与しない事柄かも知れません。それでも質問して構いませんか?」

「従者に(うかが)いを立てる主がどこにおられますか。どうぞ気兼ねなく、尋問をされてください、お嬢様」


 尋問。

 答えを得ようと問い詰めるなら、それは確かに尋問だ。

 ……胸のあたりが痛む。

 良心の呵責(かしゃく)

 これまで持ち得なかった心も、カレンや閣下と過ごす内に私の中で醸造(じょうぞう)されてきている。

 失敗作が、人になろうとしている。


「……御父君との想い出を話してくれますか」

「取り沙汰して語るようなことはなにも。ごく一般的な貴族の父と娘……厳粛な魔術師と不肖の娘でございました」


 魔術。

 大陸に住まう人々のほとんどが認知出来る零落した神秘。

 技術にまで落とし込まれた奇跡の一端。

 だが、その中には幾つか、いまだ神代に生まれ出でたときのまま形をとどめ、再現性のない術式が存在する。

 デュラ家が守っているのは、そういったものの伝承なのだろう。

 血筋によって使えるのか、技術の高みにあるのか、あるいは天からくだってくるものなのかは知らない。

 興味はあるが……いまは目先の話。


「レオポルトさんはどのような魔術師でしたか?」

「得意なものが偏っていた、といいましょうか。結界術――あの部屋の透明な壁を構成している術式や、それを乗り越えるための術式に特化しておりました」

「乗り越えるとは? まさか、破壊するような魔術があるのですか?」

「いいえ」


 彼女はそこで、微かに笑った。


「そこまで大それたものではありません。部位を選んで、少しばかり貫通する術があるのです。一般的には、透過術式と呼ばれるものでして」


 聞き覚えはないが、名前から推測することは出来る。


「水面に手を差し入れ、引き抜くような技でしょうか?」

「はい、この場合指定される部位は水面になりますが」

「他に、デュラ家に伝わっている魔術はありますか? たとえば、物事を鏡映しにするような――」

「反転の術式でございますか?」


 彼女はしばらく考えて首を振った。

 少なくとも、当代に使い手がいるとは聞いていないと。


「――では、御父君の性格を話してください」

「厳粛と申しましたが、不器用という言葉が正しいやもしれませぬ、何かにつけてわたくしや兄、姉を気遣うのですが、どれも迂遠(うえん)で、大仰で……なので毎度、兄がフォローに回っておりました。そうですな、芋を焼こうとして家を焼くような人だったと」


 どこか遠くを見遣り、口元を微かに綻ばせながら語るカレン。

 仲の良い親子だったのだと、こちらにも伝わってくる。


「ああ、こういうこともございました。大陸の外から渡来した品の研究も我が家では行っておりまして、そのなかに、こう」


 彼女は、人差し指を真っ直ぐ前に伸ばし、親指を立てて見せた。


「このような形状の魔導具らしきものがありまして。用途が解らず、仕方なくファイヤー・アームと父は名をつけました」

「ファイヤー? 火でも出るのですか?」

「はい、筒の付け根で小さな爆発が起き、指の先ほどの鉛の塊とともに排出されるのです」

「…………」


 なんとも要領の得ない話だ。

 実物を見ていないというのもあるが、そんなものに何の意味があるのか。


「父は武器ではないかと判断しました。が、みなそれを笑ったものです」

「それは」

「ええ、防御術式も貫通出来ない武器があるわけもないと」


 彼女の言葉は正しい。

 剣や槍、弓に魔導陣を刻めば、相応の破壊力を得られるだろう。

 しかし、そのサイズでは、容易く防御術式に弾かれてしまう。

 軍用ではなく、民間のものですらだ。


「ともかく、変わった親だったのでございます。変わっていて、けれどかけがえのない……」

「カレン」

「だから、こうなってしまっても……いえ、こうなってしまったからこそ、怨みなどないのでございます。家に戻るように強く言ったのも、なにか理由があってのことでしょう。それでもわたくしは、お嬢様の傍に――」


 そこまで彼女が言いかけたときだ。

 ノックの音が響いた。

 入室を許可すると、家宰さんがお盆を持ってやってくる。

 どうやら食事の時間らしい。


 配膳がされるを見ながら、考える。

 今回の一件で、聖騎士様は如何にして秘密の通路を突破したかを謎としている向きがあった。

 転移術か、事前に知り得たか。

 前者であれば、選択肢は限りなく狭まり、後者であれば……じつは大きく広がる。

 もしも生前、レオポルト男爵が誰かにうっかり話をしていたなら、でなくとも話さざるをえない状況になっていたら、通路のことを知る人間は他にも存在したはずなのだ。


 ……いや、待て。

 私たちはなぜ、彼が殺されたという前提で話を進めているのだ?

 秘密の通路の先で死んでいたのなら、自殺こそを真っ先に疑うべきじゃないのか?

 まさか――


「いただきます」


 そこまで考えたとき、カレンが食事に手をつけようとした。

 何の変哲も無いパン粥。

 けれど。


「カレン、よほど空腹でなければ、食事はオススメしません」

「……なぜでございましょう」


 それはじつに明瞭なことだ。


「そのパン粥、毒が入っています」


 皿を取り落とすカレン。

 有り得ないと呟く家宰さん。

 なぜならと彼は続けた。

 「その料理を作られたのは、マジョルカ様で」と。


「姉上が?」


 普段の冷静さを欠き、取り乱す親友。

 だが、おかげで解った。

 デュラ家にとって、今回の事件は本来的に、この程度のことなのだ。


「カレン」


 私は落ちた皿を拾いつつ。

 家宰さんにもしっかりと聞こえるように。

 大切な親友に、犯罪の教唆(きょうさ)を行う。

 それこそ、犯罪の大家、クレエアの娘のような顔で。


「ひとつ、脱獄をしてみませんか?」


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