第三話 秘密の通路で、壁の向こう側へ
初めから室内にいたのは、カレンの姉君、マジョルカさん。
悲鳴を上げたのは彼女だろう。
ついで私たち三人が入室。
そのすぐあと、兄君のレックスさんと家宰さんが現れた。
唖然と立ち尽くす一同。
私は挙手をして、提案する。
「安否確認を、するべきではないでしょうか?」
「そうだよねぇ」
どこかのんびりとした様子で、聖騎士さまが追従。
……殺伐とした場面になれているだけだろうか?
「この壁の向こう側へは、どうやって行けばいいのかな?」
「それはっ」
過剰に反応したのはレックスさん、彼はなにかを言いかけて、しかし押し黙る。
マジョルカさんが「そうよ」と悲痛な声を上げた。
「壁の向こうへは、当主しか知らない秘密の通路を通らないといけないわ。でも、兄さんは知っているでしょう? もうすぐ家督を譲り受けるはずだったんだから!」
「ばか、俺は」
なおもうろたえるレックスさん。
私は再度挙手して、訊ねた。
「嫌疑がかかることを恐れているのですね? ですが実の父親の安否確認を怠れば、一層疑いは強くなると思います。ここはどうか、迅速な判断を。命に関わります」
「…………」
踏ん切りがつかないらしいレックスさんを見て、聖騎士さんは腕をつかねた。
「これは、困ったねぇ。やるとなれば、ぼくの魔術で壁を吹き飛ばしてもいいけれど、そうなるとあちら側はただでは済まない。いろいろ、稀少な書物とかあるんじゃないのかい? よしんば御父君が生きていた場合は――」
「――ああ、わかったよ!」
やけっぱちといった様子で、レックスさんが部屋から駆け出す。
私たちも後に続く。
自分だけが秘密の通路を知っているから、親殺しの罪を問われるのではないかと考えてしまった彼。
だが、現状はなによりもレオポルト男爵の無事を確認することが肝要。
あの肌の色、壁を隔てている以上、確かなことは言えないが……まだ生きている可能性は十分にあるし、蘇生魔術が間に合うかも知れない。
聖騎士さんは、そこを的確についたのだ。
「ここだ」
考え事をしている内に、レックスさんがなにもない壁を叩いた。
疑問に思うよりも先に、魔術式が起動。
壁全体が薄ぼんやりと光り、積み上げたブロックが解きほぐされていくようにして、道が拓かれる。
先に続く通路は、これまで辿ってきた道筋を迂回するかたちになっているらしい。
レックスさんを先頭に走り抜けると、薄暗い通路の中に、ぽつんと小さな扉が見えた。
彼がドアノブへと手をかけ、祈るようになにかを念じ、引き開ける。
「親父!」
うずたかく積もれた書物と魔導具。
中央に置かれた椅子。
その足下に、レオポルト卿はやはり倒れていて。
勢いのまま、レックスさんが駆け寄り、父親の右手を取り、がっくりと肩を落とした。
「失敬」
聖騎士さまも男爵へと近づいて、レックスさんと同じ位置から脈を取るが、こちらを向いて首を横に振る。
……彼らを信用しないわけではなかったが、念には念を入れて、私も脈を取らせてもらった。
無い。
一切脈が触れない。
けれど、人体は暖かく――
「残念だが、デュラ男爵は亡くなられているよ」
聖騎士さまが、結論を口にする。
「そしてもっと残念なことに、この中に男爵を殺した人物がいる……かもしれない。よって、現場の保全をさせてもらうよ。証拠隠滅を図られちゃあ困るからね」
「そ、そのような権利、いくら聖騎士さまにも……」
マジョルカさんが抗議の声を上げるが、銀鎧の聖騎士は受けあわない。
彼は懐から件のスクロールを取りだして、全員に突きつける。
「ぼくは王命を受けて、デュラ家の内定を行っていたのさ。このなかに〝結社〟と通じているものがいる可能性も高い。よって、君たちを閉め出させてもらうよ」
言うなり、彼は私たちを追い出しにかかった。
有無を言わせない強引さ。
あまりに唐突な強権の発動。
だが、レックスさんたちは反発しなかった。
まるで予定調和のように粛々と退出していく。
その奇妙さに首をかしげつつ、室内の様子を目に焼き付けていると、聖騎士さんが立ち塞がった。
「さあ、辺境伯夫人も、お早く」
柔和な声で諭されれば従うしかない。
私はカレンと一緒に、部屋の外へと出る。
「大丈夫ですか、カレン」
「……ご心配には及びませんお嬢様。カレン、強靱」
その顔色で、よくぞ言えたものだ。
そうしていると、聖騎士様も部屋から出てきた。
物音と呪文が聞こえていたので、内容から察するに保全魔術をかけていたらしい。
彼が扉をしっかりと閉め、私たちは見えない壁のある部屋まで退去することになった。
遺体はそのままだが、顔の上に布がかけられている。
聖騎士さんの気遣いだろう。
……しかし、なんだろう。
漠然とした違和感があった。
服装は同じ、背丈も変わらない、凶器のナイフも残されたままで。
けれど確かに、先ほどまでとは違っているような――
「カレン、やはりうちに戻ってこい!」
こちらの思索を遮るように、レックスさんが大声を上げる。
彼は実の妹へと詰め寄り、切々といった様子で声をかけた。
「父上の意向、ひいてはデュラ家の方針は変わっていない。おまえに、デュラ家の人間としてこの地に留まって欲しいと願っている。そして、それがおまえの身を守ることに繋がるんだ」
彼はチラリと、全身甲冑の騎士を見遣る。
「オレたちの誰かが〝結社〟との結託を疑われている。もちろん有り得ないと知っているが……だが、おまえには特殊な才能がある」
「なるほど。つまりレックスくん、君は実の妹へ、こう言いたいんだねぇ?」
聖騎士さまが、ガチャリと鎧を揺らして、笑いながら続けた。
「カレン・デュラには、レオポルト・デュラを殺すだけの、手段があった――と。確かにそうだ、だって彼女は……超抜級の、転移術者だからねぇ」