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第三話 暗躍するもの、その名は〝結社〟

「落石だ!」


 騒然となる周囲。

 ミズニーさんが、即座に状況確認の言葉を投げる。


「ええい、何があった! 報告しろ」


 結論から言えば、事故が起きたのだ。

 炭鉱夫数名とゴーレム一体が傷を負ったとは、モーガンさんが集めてきた情報だ。

 事実、半壊状態のゴーレムが砕掘の最前線からこちらまで運び出されてきた。

 ネズミ顔の監督官が、顔色を変える。


「ゴーレム技師をすぐに呼べ! 視察の最中に不祥事なんて……許されない!」


 (わめ)くばかりで事態の収拾もおぼつかない彼。

 閣下はその様子を観察し、見切りを付けたように瞳の冷ややかさを強める。

 そうしている内に、ゴーレム技師が二名やってきた。


「ローエン、アゼルジャン! さっさと修理しろ、お前達の責任問題だぞ!」


 怒りにまかせたミズニーさんの叱責(しっせき)を受けて、技師達は半壊したゴーレムへと取り付く。

 だが、すぐに彼らは顔をしかめることになった。


「こりゃあダメっすね、監督官の旦那」


 短髪の男性、ローエンと呼ばれたほうが両手をあげる。


躯体(からだ)を構築する泥がほとんどなくなっちまってる。今の設備じゃ(おぎな)いようがないっすよ」

「それをナントカするのが貴様らの仕事でしょうがっ」


 真っ赤な顔で怒鳴るネズミ顔。

 けれど、アゼルジャン――学者然としたメガネの技師も反対意見を口にした。


「死者が横たわった土がなければ、ゴーレムの修復は出来ませんよ。そもそもは長い時間をかけて魔力を吸収した墳墓(ふんぼ)の土で作るのがゴーレム。ただでさえ壊れるペースが速いので、死体が寝そべった下の土で今日まで間に合わせてきましたが……あと一度が限界でしょうね」

「だから、それをやれと言って」

「横たわる死者すらいないでしょう、うちには?」


 アゼルジャンさんが、複雑そうな眼差しをローブの人物へと向ける。

 モーガンさんは、死霊魔術師。

 なるほど、どうやら事前調査の内容は事実であったらしい。


 ……この鉱山では、事故で死んだ人間を死霊魔術で非合法に操り、失われた労働力の代わりにしている。

 だから、採掘基地の近辺には墓がない。

 そんな報告があったと、私は閣下から聞かされていた。

 或いは墓も死体もあったが、全部使ってしまったのか。


「……あの」


 不意に湧き上がった疑問。

 私は思わず、技師の二人に問いをかけてしまっていた。


「テイマーが使役するモンスターとゴーレム、労働力として何が違うのですか?」


 同じならば、その辺の魔物――道中で遭遇した巨大蜘蛛とかだ――を捕まえてきて働かせる方が手っ取り早いはずだ。補給をどうこうと論じる必要もなくなるだろう。

 そんな安直な疑問を受けて、二人は顔を見合わせた。

 どう答えたものかと思案する彼らに、「さっさと解説して差し上げろ!」とミズニーさんが急かす。


「簡単っすよ」


 答えてくれたのは短髪の技師――ローエンさんだった。


「テイムされたモンスターは、主人の命令を逐一受けて行動するっす。でもゴーレムは、一度与えられた命令を忠実に繰り返すっすよ」


 つまり?


「ゴーレムの額に紋章が刻まれてるのが解るっすか? ここに指示式が刻まれていて、無くなればゴーレムは土塊(つちくれ)に戻るっす。それまでは、どんな過酷な状況でも命令を遂行するんす。モンスターはあんまり過負荷をかけると逃げちまうか死んじまうんで……」


 なるほど、絶対に主人を裏切らない土人形か。


「はいっす。もっとも、そのぶん各所に無理が出て、壊れるときは盛大に壊れるんすが。さて、監督官の旦那。俺とアゼルはゴーレムを治せないかなんとか試してみるっす。というわけで、失礼するっすよー!」


 ミズニーさんが反論するよりも速く頭を下げた彼らは、適当な人員を見繕い、ゴーレムと一緒に退出していった。

 ネズミ顔の監督官さんは額を押さえ、それからハッと気が付いたようになり、こちらの様子を窺う。


「これは、大変お見苦しいところを……!」

「よい」

「ですが、不手際ですので。ええと……そう! 今宵は歓迎の席を準備しておりまして、ささやかながらこの地の名産品などをご笑味いただければ……」


 言いながら、彼は閣下の懐に何かを入れようとする。

 賄賂(わいろ)か、それに類する物。

 しかし閣下は颯爽と身を翻し、


「見るべきものは他にもある。次へ案内しろ」


 と、にべもなく歩き出すのだった。

 冷酷無慈悲な辺境伯?

 潔癖の間違いでは? なんて、私とカレンは小声で笑い合うのだった。



§§



 ミズニーさんたちに対する作業員たちの敵意は凄まじいものだった。

 案内を受けている間中、私たちも一緒くたに警戒心を抱かれ、さながら針のむしろ。

 辺境伯邸における私の立場など、比べる幕もない。

 もっとも、私もカレンも閣下もそういったことを気にしないたち(・・)なので、あまり問題にはならなかったが……とはいえ由々しき事態に陥っている現場である。


 現在、来賓用の宿舎に戻り、私たちは額を突き合わせていた。

 閣下の部下達が最後の情報集めに奔走してくれているので、その到着を待って最終的な結論を出すことになるのだけれど、


「実情、黒ですね」

「ああ、ドス黒いほどのな」


 ……意見の一致は既に見ている。

 この鉱山は、明らかに辺境伯領の法律を(いっ)していた。

 事故死した作業員について報告することなく、そのまま労働力として用いている疑いだけでもアウトだというのに、金銭の流れも書類上あやしい。


「〝結社〟と、便宜上呼んでいる」


 閣下が、防諜(ぼうちょう)術式を展開した上で唐突に語った。


「かつて、王都でこのような事件があった」


 何の変哲も無いある朝、前の晩にはなかったはずの怪文書が、街中に張り出された。

 一夜の犯行。

 不可能に見えるほどの早業劇。

 文章には、次のようなことが記されていたという。


『我ら、いと高きものの恩寵(おんちょう)によって、文字を読めぬもの、言葉を聞けぬもの全てを、真実と直感出来る正しき信仰へと導く。古き支配体制を打ち破り、来るべき夜明け、我々が同胞をあらゆる苦難と死のあやまちから開放すると約束するものなり』


 平たく言えば、主君に対する叛旗(はんき)の宣言だ。

 当然、現体制派は躍起(やっき)になって実行犯と首謀者を(あぶ)り出そうとした。


「しかし〝結社〟の足取りはようとして掴めず、暗躍を許すこととなった。俺は、彼奴らを白日の下へさらけ出すことを王より望まれている」

「ゲーザンさんは、その一件に関わっていたと?」

「この鉱山の物資を〝結社〟へと横流しする、その橋渡しをしていたと考えられる。よくも我が領地で好き放題してくれたものだ」


 地下組織の摘発など、外敵の備えである辺境伯が任される仕事ではない。

 しかし、自分の領地で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)された上に王命を受けているとなれば話は違ってくるのだろう。

 実際、閣下の瞳は真紅(いかり)に燃えていた。


 ……〝結社〟。

 残念ながら、謀略の一族に産まれながら、私はこれについて思い当たるところがない。

 実家が絡んでいる可能性は充分あるのだが、だとしても内部からすら証拠などは見えなかった。


「申しわけありません、閣下」

「小鳥よ、お前の謝罪は不適当だ。(とが)はそこにない」


 謝罪する私の肩に優しく手を置き、なぐさめの言葉をくださる閣下。

 そういった機能があったことに驚いてしまうのは、彼が冷酷無慈悲な辺境伯と噂されてきたからか。

 ずっと優しいかただということは、とっくに解っているのだが。


「お嬢様に理解者が現れるとは……カレン、安堵」


 何か世迷い言を(のたま)っている親友(メイド)を無視して、私たちは明日の予定を立てていく。

 閣下が来訪したことで、ミズニーさんは証拠隠滅に動くかもしれない。

 あるいは〝結社〟と連絡を取ってくれればめっけものだ。

 なんにせよ、閣下の放った密偵は、ミズニーさんへ張り付いているはず。


 私たちは相手方の動きを見て柔軟に対処すればよいと。

 このときは、そう考えていた。

 けれど、そんなもくろみは。

 明け方に響き渡った、たった一つの悲鳴によって雲散霧消(うんさんむしょう)する。


 駆け付けた私たちが見たもの。

 それは。


 ゴーレム技師、アゼルジャンさんの死体だった。


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