終章:追憶の旅へ──
時間が過ぎるのが本当に早い。パラディオンに着いたのは夕方くらいだったのだが、セントラルで話し込んでいる間に、外はすっかり夜になっていた。街灯が街を照らし出し、人々の明るい声が聞こえてくる。
街では皆が終戦を祝って、宴の真っ最中だ。その声を背中に受け、後押しされるように坂を駆け上っていく。
遠目からでも見えていた1本の樹が、徐々にその大きさを増してくる。
神聖樹メルキオール────始まりの12柱の神、施しの神と言われる善神が桜の木となった姿。心なしか、その葉が光っているようにも見える。
メルキオールが、地下から汲み上げた水が流れる水路を遡り、その樹の麓までたどり着く。そこには、1人の子供が佇んでいた。
「タツ!」
俺が呼びかけると、その子供がゆっくりと振り返る。微笑みを携えて振り返ったその金色の髪は、まるで灯火のように優しく光を纏っていた。
「シン」
「タツ、ごめんな。1人にして──」
「ううん。さっきまでね、ガウロンが一緒にいてくれてたんだ。色々街を案内してくれて、ここまで一緒に来てくれたんだよ」
「そうか……あいつ、面倒見がいいよな。見た目は怖いのに」
「はは、そうだね。子供達からも人気が凄かったよ! ただ強いだけじゃない……英雄ってのは、ああいう人の事を言うんだね」
「あぁ、俺たちも見習いたいもんだな」
談笑する俺たちの間を、風が吹き抜けていく。メルキオールの葉がその風に揺られ、カサカサと音を立てる。それは、まるで俺を奮い立たせてくれてるかのようだった。
「タツ、俺さ……思い出したいんだ。忘れてた事を全部──」
「うん、ごめんねシン。僕のせいで、余計な心労をかけちゃったね……」
申し訳なさそうに言うタツに、俺は静かに首を横に振った。
「そんな事ない。タツ、俺はどうしたらいい?」
「メルキオールがさ、手伝ってくれるって。メルキオールに触れて、“思い出したい” ……そう思うだけで大丈夫だよ」
「分かった」
俺は前に進み、メルキオールの幹に触れようと手を出そうとする。──しかし、手が上がらない。ここに来て再び手が震え出した。
なんて情けない。決意してここに来たのに、土壇場で尻込みしている。
だが、そんな震える俺の手を、タツが小さな手で優しく握ってくれた。
「タツ────」
「シン、後ろを見て」
言われるままに後ろを振り返る。そこには、夜の暗闇を弾き返すほどに飾られた色鮮やかな灯火の数々。ひんやりとした秋風が、笑い声と歓声を熱気と共にここまで運んでくる。
目を閉じれば浮かんでくる──親子が、友人が……多くの人々が手を取り合いながら歩き回り、酒を酌み交わし、喜び合う光景が。
「シンのおかげだよ。シンが戦ってくれたから、こうしてみんなが幸せにお祝いしてるんだよ」
「俺は、大したことしてないさ。みんなが……カザン達が頑張ったから、この街があるんだ」
謙遜でもなんでもない、偽らざる本心だ。その俺の言葉を聞いたタツが、嬉しそうにニッコリと微笑む。
「そうだね、みんなで頑張った。シンと……みんなが頑張ったんだよ!」
「タツ……」
「忘れないでシン。シンは1人じゃないんだよ? シンと一緒に戦ってくれた仲間がいる。シンの事を心配してくれてる仲間がここにいるんだよ」
「あぁ。わかってるよ、タツ」
まるで自分がいなくなった後の事を心配するような、俺に言い聞かすようなタツの言葉に、俺はタツの手を強く握ってしまう。そんな俺の手を、タツも力強く握り返してくる。
「シン、僕はいなくなったりしない。シンがこの手を握り続けてくれる限り、僕は消えたりしないよ。大丈夫、きっと乗り越えられる。今までも、そしてこれからも────無敵の2人に、仲間までついてるんだからね!」
太陽のように明るく笑うタツに、俺も釣られて笑ってしまう。
絶対に離さぬよう、再度タツの手を握りしめ、もう片方の手で、メルキオールにそっと触れる。まるで人の体温の様に暖かいその樹皮を掌に感じながら、目を閉じ、願う様にこう思った────
────────思い出したい、と。
第三章、これにて完結となります。ここまで読んでくださり、本当に感謝しております!登場人物も増えたので、用語・国・キャラ紹介を投稿した後、第四章・五章を開始します。
第四章【シン追憶編】・第五章【オウガ追憶編】となっています。
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