第21話:エデンスフィア【後編】
タツが……守護者の器になるために生み出された? あのタツが?
俺とずっと一緒に育ってきたタツが?
「そ、そうだよ。俺はタツとずっと一緒に育ってきたんだ……。物心ついた時から────幼稚園も小中高も!大学だって!! 同じ学校で同じクラスで、ずっと一緒だったんだ!! なのにタツがワケの分からない器とか……そんなわけないだろ!?」
気持ち悪い。吐き気がする……。こんな馬鹿げた話が信じられなくて否定しているのに、言葉を口にする程に俺の心臓が大きく跳ね上がり、不安が全身を侵食していく。
取り乱す俺を諭すように、ラヴィが静かに話し始めた。
「シン、落ち着いて聞いて下さい。あなたは以前、私に年齢を教えてくれました。あなたが18歳で、タツが16歳。それに間違いはありませんか?」
「え…………あ、あぁ。間違いない」
「このパラディオンにも、学校はあります。公平を期すため、学友は基本的には同じ年齢の者達で集められます。あなたとタツでは2歳差がありますが、それでも同じクラスだったのですか?」
「え────?」
な、なんだよ……、俺が嘘ついてるってのか? 俺はずっとあいつと一緒だった、それは間違いない。でも、あいつは俺より年下で、俺はあいつのことを弟のように思っていて────なんだ……どこが食い違ってるんだ?
「シン。前にこの部屋で、ディアに触れてもらった時の事を覚えていますか?」
「………………あぁ」
この街へ初めてきた時、俺はラヴィの額の宝石に触れた。まさかそれがディアだったとは知らなかったが、触れた瞬間全身を弄られるような感触がして驚いたのを覚えている。
「ディアは、言うなれば神の化身。ディアは人の魂をある程度解析することができます」
「魂の解析────?」
『私がお前の魂を解析したところ、多くの記憶が封じられていた。その中身までは分からないが、封じた相手は分かっている。封じたのはタツだ』
「タツが……俺の記憶を?」
『余程都合の悪い事なのだろう。それはお前にとってなのか、タツにとってなのかは分からない。だがシン、それがタツの命を危うくしている一端でもある』
「そ、そうだ! タツの命に関わるって……どういう事なのか教えてくれ!!」
『タツは間違いなく守護者の器だ。だが、その肉体は脆弱そのもの。とても器と呼べるものではない。はっきり言って、いつ消滅してもおかしくない不安定さだ。今もなお存在し続けているのが不思議な位だ』
「そ、そんなに悪いのか?」
『タツとお前は、不思議な何かで繋がっている。その繋がりがタツを繋ぎ止めているのかも知れないが、お前の封印された記憶の揺らぎが、更にタツを不安定にさせている』
「俺の……俺のせいなのか?」
『お前が失った記憶を取り戻せば揺らぎはなくなり、タツの不安定さもある程度軽減されるかもしれない』
「じゃあ! 俺が思い出せばいいんだな!?」
タツを……タツを助ける為ならなんだってする。それが俺のせいだって言うのなら尚更だ!!
『だが、果たしてお前にそれが耐えられるか?』
「え……」
『もし記憶を取り戻して、お前の魂が耐えられなかった時、恐らくお前もタツも死ぬことになる。タツだけではない、お前も不安定なんだ』
「俺……も?」
『タツに比べればまだ安定してると言える。だが、もし記憶を取り戻したことでお前が取り乱し、タツが消滅したら……お前は耐えられるか?』
「………………」
そんなの無理だ。もし俺のせいであいつがいなくなったら────俺は耐えられない。その場で死を選ぶか、もしくは俺も……テクノスのように壊れてしまうかもしれない。
胃から込み上げてくるモノを我慢し、その場に立ち尽くす。得体の知れない恐怖が、まるで痺れのように俺の全身を支配している。まわりには、俺が滑稽なほど震えているのがまる分かりだろう。
「シン」
俺がまとまらない思考に囚われていると、隣にいたカザンが肩を叩き、そのまま俺を座らせてくれた。
「シン、前にも言ったが……お前が記憶を取り戻すことで、どんな悪影響があるか分からないと言ったな? その考えは今でも……いや、今は更に強くなっている。お前の反応は尋常じゃない。無理して思い出すことはないんじゃないか?」
「カザン……」
カザンにしては、珍しく真面目な顔で言ってくる。その優しさを含んだ言葉に、滅茶苦茶だった心が少しだけ落ち着いた。
「シン、私も反対です」
「ラヴィ……」
「不安定とはいえ、大きな力を行使しなければすぐに消滅するようなことはないはずです。タツが封印したと言うのなら、それはきっとあなたを想っての事なのでしょう。その想いに応える為にも、知らないままの方がいいと思います」
カザンも、ラヴィも……俺たちを思って言ってくれているのだろう。ディアも無機質な言い方ではあるが、俺たちを案じてくれている。現状、3人が反対している状態。
でも、でも俺は────残った最後の1人の答えが聞きたかった。俺はその為にこの国へ来て、戦ったのだから。
俺は向かいにいるオウガの目を見る。まるで吸い込まれそうな綺麗な瞳────だが、今度は目を背けない。そんな俺の視線を、オウガも逸らすことなく見つめ続けている。
心臓が高鳴る。手汗が滲んだ拳を力強く握りしめる。震えながら前のめりになってオウガの答えを待つ俺に、オウガは……ただ優しく微笑んだ。
「────大丈夫だよ。君たち2人なら、きっと乗り越えられる。今までもそうだったんだろう?」
予想していた答えとは違っていた。でも、3人が反対する中で、オウガ1人の答えがその場を纏めてしまった。カザンとラヴィとディアも、ただ目を閉じ納得しているようだった。
俺の震えは止まっていた。道が開けた……そんな感じがした。俺は居ても立ってもいられず、勢いよく立ち上がった。
「ありがとうオウガ! ありがとうみんな!! そうだよな、ずっと2人で乗り越えてきたんだ……タツのところに行ってくるよ!!」
「シン。タツはメルキオールの元にいますよ」
「ありがとう、ラヴィ! 行ってくるよ!」
こうして俺は、今まで沈んでた分を取り戻すかのように、元気に部屋を飛び出して行った。
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「オウガ、占ったのか?」
「ふふ、占うまでもないだろう? あの2人の絆は強い、そう簡単に切れたりしないさ」
カザンの質問に、オウガが微笑を浮かべながら答える。
「そういえばラヴィ。シンもラヴィって呼んでるんだな? シンとはどこまで進んだんだ?」
「何を言っているのですか。出会ってまだ数日ですよ? 進むも進まないもありません」
「そうなのか? 誠実そうだし、いいヤツだと思うんだけどなぁ。見た目はおじいちゃんだけど」
「そう思うなら、あなたがアプローチすればいいじゃないですか」
「何言ってるんだよ、俺は男じゃないか」
「女でしょ。カザンに口裏まで合わさせて……どういうつもりですか?」
「そうだぜ。どっちにしろ、タツにはバレてるんだろ? その内シンにもバレるだろうよ」
『意味のない行為に思えるが』
その場にいた3人が呆れたように、オウガに問いかける。それを受けたオウガは、悪戯っぽく、そして少し憂いを帯びた笑みを浮かべる。
「シンは気付かないさ。タツも俺が女だとは絶対に言わない。その方が、今後の為だからね。俺の占いはよく当たるから────」
3人が顔を見合わせる。ラヴニールは悲痛な顔になり、カザンは舌打ちをしてソファーに乱暴に寄り掛かる。そんな中、ディアが無機質に言い放つ。
『なるほどな。オウガの命はあと1年──ならばそう考えるのも、無理のないことなのかもしれないな』
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