第18話:終戦
戦いは終わった。5000人に満たないカザン傭兵団がゲヘナ城塞を攻め落とした。……確保した、と言った方が正しいかもしれないが、これは大快挙と言っても差し支えないだろう。ただし、1500人近くの仲間達が命を落とした。
王国の騎士団達は何万という犠牲が出ている。過去にルジーラ1人で3万もの騎士達がこのゲヘナで殺されたそうだ。それに比べれば遥かに少ない犠牲。
……でも、数じゃない。死んでいった一人一人には仲間が、友人が、家族がいるはず。遺された人からすれば、数なんて関係ないんだ。
カザンがいると馬に乗れないので、先発と後発に分かれてパラディオンに帰還することになった。オウガ達が先発で帰ることになり、カザンが気を利かして一緒に行くよう言われたが、断った。
タツが馬に乗れないから──というのは建前で、本音は怖かったからだ。戦いが終わってからは、ずっとボルフェルの事を思い出していた。あいつが最後に言った言葉……それがずっと頭の中で響いている。その度に、胸の辺りがズキズキと痛む。
オウガに会えば何かが分かる。そう期待してここへ来たのに、今ではもう思い出さなくてもいいのではと考え始めている。
後発組として出発した俺たちは、当然徒歩での帰路となる。死んだ仲間達を思い出し、涙するものもいれば、生き残ったことを喜び合う者もいる。
カシューとペロンドが俺の様子を変だと思ったのか、いつも以上に話しかけてくれた。
2人の心遣いが嬉しかった。でも、どうしても愛想笑いになってしまう。2人には……本当に申し訳ないことをした。
パラディオンまでは約1日の道のり。パラディオンに到着するまでの間、俺はほとんどタツと話さなかった。ボルフェルの事を責めるつもりもないし、ケンカしたとかでもない。
……俺だって馬鹿じゃない。ずっと一緒にいるタツの様子が変われば、さすがに気づく。多分、タツは何かを思い出している。それが何なのかまでは分からないが、会話の中でその事に触れられそうで、怖くて話しかけれなかった。そんな俺の心情を察してくれてるのか、タツ自身も俺にはあまり話しかけてこなかった。
関門を抜け、パラディオンが見えてきた。近づくほどに、人々の歓声が近づいてくる。終戦を祝うパレード──正規軍がタルタロス砦を落としたらしく、これでライヴィア王国に巣食っていた戦争は無くなったというわけだ。
街に入ると、皆が笑顔で手を振り、カザン達を讃える声を投げかけてくれる。街が幸せの絶頂の中、笑ってないのは俺くらいのものだろう。
「──シン」
「……ん、なんだ?」
下を向いて歩いていると、カザンに呼びかけられた。
「シン、今からセントラルに行くぞ」
「…………」
「タツ、すまねぇが──」
「うん、ちょっと散歩してくるよ」
そう言って、タツはどこかへ行ってしまった。……後で謝ろう。
カザンと共にセントラルの最上階、ラヴィの執務室へと向かう。ノックもせずに扉を開けるカザンに続き、部屋の中へと入る。
中にいたのは、この部屋の主ラヴニールことラヴィ。そして、その横に銀髪の美女がいた。
さらりと揺れる美しい銀髪に、アクアマリンを思わせる瞳。瞬きするたびに動く、そのまつ毛の長さに目を奪われる。カップを持った指は白くしなやかで、まるでピアニストのようだ。
優雅にカップへ口付ける唇にドキリとしてしまう。ラヴィやリリシアに引けを取らない美貌の持ち主だった。
俺が呆然としていると、その美女が口を開く。
「やぁ、シン。歩きで疲れただろう? お疲れ様」
ニコリと笑い、労ってくれる銀髪の美女。俺のこと知ってるみたいだけど、誰だ?
ただ、この中性的な声には聞き覚えがあるんだが……。
困惑気味の俺を見て、ラヴィが助け舟を出してくれた。
「シン。オウガですよ」
「オウガ? どこに?」
「ここですよ」
ラヴィが手の平で指し示したのは、隣にいる銀髪の美女だった。その美女は目を細め、まるで楽しんでいるかのように笑っている。
「………………えッ!?」
この人がオウガ!? オウガって王子なんだろ? 男じゃなかったのかよ!!
慌てた俺は、隣にいるカザンに耳打ちする。
「おいカザン、オウガって女だったのか?」
「男だぞ。あの見た目だ、勘違いされやすいがな」
キッパリと否定するカザン。
……いやいや。いやいやいやいや。あれが男だっていうなら、俺やカザンは何になるんだよ。ゴリラか? とてもじゃないが信じられない。
「からかってんのか?」
「本当だ。気になるなら、股ぐら掴んでみたらどうだ?」
できるか! 王子にそんな事したら不敬罪で死刑になるわ!!
「ふふ、いい反応してくれるじゃないかシン。仮面をかぶってた甲斐があるってものだ。さぁ、元気も出たみたいだし、とりあえず座りなよ」
「あ、あぁ」
促されるままソファーへと腰掛ける。オウガから見ても、俺は元気が無さそうだったのか。だが、確かに少し元気が出た。
っていうか、あの仮面は単純に顔を隠すためだったのか? 腑に落ちないが、オウガが女かどうかは、後でタツにも聞いてみよう。まぁ、タツも見方によっては女に見えるし、美形の王子様と言われればそう見えるんだがな。
「顔を見せたのは初めてだからな、3度目だが改めて自己紹介しよう。俺がオウガだ。2人の協力のおかげで、地獄炉を確保することができた。本当にありがとう」
「礼なんていいんだ。俺も、オウガに用があったからさ………」
「知るのが怖いかい?」
歯切れの悪くなる俺を見て、オウガが優しく聞いてくる。まるで海のように煌めく瞳に見つめられ、吸い込まれそうな錯覚に陥ってしまい、慌てて目を逸らす。まるで全てを見透かされてるみたいだ。
「正直言って……怖い。このまま知らなくていいんじゃないかと思ってる」
「そうか。でもシン、状況はあまり良くないんだ」
「良くない?」
「タツのことだ。これはタツの命に関わること。だから──この話だけは聞いて欲しい」
────タツの命?
「な、なんのことだ────」
『ここからは私が話そう』
声がした。少女の様な、まるで清らかな泉のように澄んだ声。
ラヴィの額に飾られた赤い宝石が輝き出し、人の形へと変貌していく。姿を現したのは、膝裏まで届く美しい金髪に、赤い瞳をした少女だった。白いワンピースを着たその姿はまるで絵画のようで、神々しささえ感じられた。
「ほ、宝石が変身した?」
『私は女神セルミアによって分かたれた最後の善性。オウガ達からは “ディア” と呼ばれている』
女神セルミア? そういえば、教会に祀られていた女の人の像に似ている気がする。つまりこのディアって少女は、セルミアの分身みたいなものってことか?
何が何だが分からなくなってきたぞ!
『では話そう────この世界の成り立ちについて』
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