第17話:赫翠の交わり カザン VS ルジーラ
全身を深紅の鎧で覆い、月光を受け光り輝く二本の角。赤黒いマントをたなびかせ、巨大な戦斧を構える堂々たる威容。鬼神と化したカザンの目の前には、金色に輝く瞳をぎらつかせる褐色の美少女。カザンに呼応するかのように、全身に闇を纏い変貌を遂げる。
【焔冥のレガリア ブレイズ・ソウル】────死の翠星ルジーラの持つそのレガリアは、カザンの怒りの感情と同じく、人が持つ “とある負の感情” を共鳴魔力とし具現化した魂の武具。それに加え、A・Sとしての特性を活かし、全ての人間の魔力を吸収し自身の攻撃力に変換するという、恐るべき能力を有している。
そしてルジーラの出生に関わる生まれついての加護・異能……人の魂を燃料とした炎の生成、飛行能力。ルジーラの持つ全ての能力が噛み合い、このレガリアを最強の存在たらしめていた。
闇から姿を現したのは、全てを漆黒の鎧で身を包み、自身の数倍はあろうかという巨大な翼を携えた獣。翼に生えた爪は更に禍々しさを増し、一本一本が命を刈り取る鎌のように蠢いている。闇夜を照らす翠炎を纏ったその姿は、まさしく悪魔そのものだった。
カザンのレガリア、戦斧に嵌め込まれた怒涛核が輝き出す。一瞬にして辺りは灼熱地獄と化し、両者を含む全てのものを焼き尽くしていく。だが、ルジーラは自身が焼かれながらもまるで動じることなく、カザンへと襲いかかる。
ルジーラの翼爪とカザンの戦斧が激突する。火花を散らし擦れ合うレガリア──その火花に着火するかの様に、カザンの戦斧から爆発が生じる。空へと弾き返されるルジーラだが、その爪には傷一つ付いておらず、まるでそれをアピールするように翼爪をガシャガシャと動かす。
カザンの戦斧に熱が集まっていく。それを見たルジーラは空中で翼爪を束ね、その切先に翠炎を圧縮していく。両者示し合わせたかのような行動、それは解放の時も同じだった。
戦斧から放たれる灼熱の熱線、翼爪から放たれる翠色の大火球。轟音と閃光を撒き散らしながらぶつかり合う赫と翠。拮抗し合う様に見えた両者の攻撃だったが、熱線に含まれるカザンの魔力を火球が吸収し、遂には火球が熱線を蹴散らし始めた。
カザンが力を込めるほどに強大になっていく火球。攻撃を諦めたカザンに、勢いを増した大火球が着弾する。地面が激しく揺れ、カザンの灼熱地獄を吹き飛ばすほどの熱波が、周囲を覆い尽くす。広がる熱波に当てらてたレヴェナントたちは、その全てが翠炎によって燃やし尽くされていく。
着弾点で燃え盛る翠炎を振り払い、姿を現すカザン。その深紅の鎧には、まるで亡者が縋り付くかのように、翠炎が纏わりついている。だがその炎も、カザンが戦斧を振るうだけで消えてしまった。そして再び、互いに攻撃をぶつけ合う両者。
────2人は楽しんでいた。並の相手なら、自分と対峙した時点で死んでいる。でも……今目の前にいるのは、自分の持つ全ての力を受け止めきれる相手。2人といない、2度と出会えないかもしれない好敵手。
いつまでも楽しんでいたい──そう思い戦い続ける2人は、やはり “似たもの同士” だった。
だが、何事にも終わりは訪れる。幾度となく攻撃を合わせてきたルジーラは、戦いながらも戦場全体を把握しており、最後の攻撃へと転ずる。
カザンの攻撃を掻い潜り、虚空を掴むことすら可能な鉤爪で、カザンの両肩をがっしりと鷲掴む。カザンの両肩付近の空間が歪み、その場に固定されたかのように、カザンの動きが阻害される。
「────ッッ!」
「あははッ!」
笑い声を上げながら、空へと飛び立つルジーラ。その漆黒の身体が、光に包まれ消失する。固定された両肩を、魔力で強引に振り払い、ルジーラが消えた空を見上げるカザン。
カザンには、消えたルジーラが何をしているのかが分かっていた。一度幽世へと跳躍し、物理法則を無視できる幽世で魔力を消費し加速する。そしてその速度を保ったまま現世へと姿を現す。
問題はどこから現れるか。音速を超える速度で突撃してくるルジーラを視認してからでは遅い。だが、迷うことなくカザンは戦斧を構える。
ルジーラが望むのは力と力のぶつかり合い。決して背後から襲ってきたりはしない。カザンを空間固定したのも、攻撃を当てる為ではない。ルジーラから好敵手《愛する人》への、“最後の攻撃に移るよ“ というサインだった。
カザンの戦斧に凄まじい熱が圧縮されていく。かつて、レガリアを身に纏ったタツとシンを相手に使用した最大の攻撃。自身をも死に追いやるかもしれない諸刃の刃。
この戦いを見ていた者には、これで世界が滅びるかもしれないと思わせるほどのカザンの魔力。その魔力が、戦斧の中心で激しく輝く怒涛核に集まりきった時、カザンの前方の空間が歪み────世界は無音になった。
両翼に携えた6本の翼爪を一つに束ね、翠の爆炎を纏いながらカザンへと突撃するルジーラ。その圧倒的エネルギーを持った翠星に、破滅をもたらす戦斧を振り下ろすカザン。
────空は一瞬にして炎に包まれ、大地は裂け、その衝撃波で城壁が破壊されていく。閃光と轟音、衝撃が撤退し続けるカザン傭兵団の背中を叩き、遠くから戦いを見守っていたフラウエル達を萎縮させる。
「きゃあ!」
「くッ……カザン!」
「な、なにが起こってんのよ!」
「めッ……目があぁ! あと耳も!」
「てぃ、ティナ!? フラウ! ティナが目をやられました!!」
スコープで戦いを見ていたフルティナが、激しい閃光によって視力を奪われていた。慌ててその目を治癒するフラウエル。
嵐の後の静けさ……それぞれが耳鳴りの音しか聞こえない戦場で、煙に巻かれた2人の姿が徐々に見え始める。
空中で逆さまにぶら下がるルジーラと、戦斧を振り下ろしたまま動かないカザン。両者とも鎧はひび割れ、互いの象徴である武器も破損している。
「うーん、今日も抱擁で終わりかー。キス位まではいけるかと思ってたんだけどね」
「なんだ、もう終わりか?」
レガリアが解かれ、再び褐色の美少女が姿を表す。その顔はニコニコとしており、誰が見てもご機嫌そのものだった。そしてカザンもまたレガリアを解き、少し乱れた赤と銀の混じった髪を手で捲り上げる。
「中はもう全部終わったみたいだしね。ウチ、今幸せな気持ちでいっぱいなんだよ。もしこのまま戦い続けてオウガとガウロンが横槍入れてきたら……お姉さん怒り狂っちゃうかも」
「そうかよ、じゃあとっとと消えな」
「んもー、なぁにその言い方。ピロートークで余韻にひたろうって気はないの?」
「ピロー……? なんだ、話があるってのか?」
「カザンちゃんさぁ、なんか弱くなったんじゃない? 昔の君はもっと攻撃が重かったけどね」
「どの口がほざきやがる。弱くなったのはテメェだろ。昔はもっと苛烈だったぜ」
カザンの返しに、キョトンとした表情になるルジーラ。
「あれれ、本当に? 自分じゃよく分からないなぁ。まぁ楽しかったからいいんだけどね」
「話は終わりか?」
「どうしてそんなに急ぐのかな? 今いい気分だから、色々教えてあげようと思ったのに……お姉さん悲しいな」
「もったいぶらずさっさと話せ」
「しょうがないなぁ。じゃあ、なにはともあれ────」
満面の笑みでパチパチと拍手するルジーラ。ただし手甲に邪魔されたその音は、祝福の音とは程遠かった。
「おめでとう、カザンちゃん。重要拠点であるゲヘナを落とし、二大騎士団が合流したタルタロスも時間の問題。これで平和が訪れるね!」
「白々しいことを。所詮、仮初の平和に過ぎん。……お互いにつまらん時間ではあるがな」
「んふふ、そうだね。でも、お姉さんこれから忙しくなるんだよ」
「なんでだ? 」
「天蓬国だよ。ライザールが撤退したことを知ったら、間違いなく兵を送り込んで来るだろうね。その対応をしないといけないんだよ」
「お前ら協力関係にあるんじゃないのか?」
「あの国と真に協力し合える国なんて存在しないよ。唯一の同盟国であるアマツクニ、そこへ攻め込むのに協力したのは誰だと思う?」
「まさか、この前の騒動は天蓬国が裏で糸を引いてやがったのか?」
「そういうこと。ライザールと裏で取引してても、弱ったと分かったら必ず攻撃してくる。ライザールは世界に敵視されてるから、世論も味方してくれるだろうしね」
「ちッ、あの国らしいな。で、わざわざテメェが迎撃に行くのか?」
「上陸されると厄介だからね。攻め込むなら海路を取るだろうから、海の藻屑になってもらうつもりだよ」
「御国防衛の為に頑張るたぁ、らしくねぇじゃねえか」
カザンの指摘に、ため息を吐き目を逸らすルジーラ。
「無頼を気取ってはいるけど、お姉さんにもしがらみってものがあるんだよ。アラテアに頼まれたら、さすがにウチも断り辛いからね」
「聖女アラテアか。じゃあついでに、ライヴィアに近づいてくる天蓬国の連中も片付けといてくれ」
「カザンちゃんにお願いされたら、お姉さん断り辛いなぁ。貸し一つだからね?」
「はいはい。で、ディセント計画はどうなってんだ?」
ディセント計画────地獄に落ちた女神セルミアを、現世に召喚しようというセルミア教の計画。その計画の中枢にいるのがルジーラ達 執行者だが、口に指を当て首を傾げる。
「さぁ〜?」
「おい、とぼけてんのか?」
「本当に知らないんだよ。ノヴァリス4姉妹、あの子たちは既に器として出来上がってる。特にリリシアは器としては申し分ないし、いつ実行されてもおかしくないんだけどね」
「戦争は一旦終わった。今が機じゃねぇのか?」
「計画を取り仕切ってるグラスが、最近やる気ないみたいだしね。こそこそと何かやってるし、オウガにでも聞いた方がわかるんじゃないの?」
「…………」
チラリと城塞に視線をやるルジーラに、言葉が詰まるカザン。
「あっ、もしかして秘密だった? ごめんね、内緒にするから」
「……コウモリ女、テメェはどこまで知ってやがる?」
「んふふ、言ったでしょカザンちゃん。ウチに聞いてくれたら何でも教えてあげるって」
「テメェら三人は何が目的だ? テクノスの手先だと思ってたが、むしろ敵対してんのか?」
「調子に乗った神はお仕置きしないといけないからね。人間を舐めたツケが回って来たんだよ。グラスとアラテアの思惑の先にある障害、それが神なんだよ。そしてウチは……言わなくても分かるでしょ?」
「へッ、ただ戦いたいだけってか」
そう言い切るカザンの言葉に、ルジーラが今日一番の笑顔になる。
「そう、肉体も魂も熱くなるような戦いを──やっぱりウチを理解してくれてるのはカザンちゃんだけだね……お姉さん嬉しいな」
巨大な翼をバサバサと動かし、顔を紅潮させるルジーラ。
「じゃあそろそろ退散しようかな。暇ができたらパラディオンに遊びに行くよ」
「冗談だろ? パラディオンにはラヴニールがいるんだぞ」
「げッ、そうだった。できればあの子には会いたくないんだよねぇ」
「はっはっは、向こうも同じだろうよ」
何かを思い出すように自分の頬をさするルジーラに、カザンが声をあげ大笑いする。そんなカザンを見たルジーラは、目を丸くして驚いている。だがすぐに、目を細め優しく微笑む。
「ふーん、そうやって笑うんだ。カザンちゃんがどんな風に暮らしてるか、興味が出てきたよ」
「え、おい。マジで来るつもりか?」
漆黒の翼を広げ、反転し空へと飛び上がるルジーラ。
「あ、そうそう。シンに伝えといて……シチュー美味しかった、ごちそうさまって」
「は? いつの間に食ったんだ? っていうか何でシンのこと知ってんだよ!?」
「じゃあねカザンちゃん。また遊びましょ」
そう言い残し、瞬く間に翠星は見えなくなってしまった。話し相手のいなくなったカザンは、頭を掻きながら踵を返す。
熾烈な戦いの跡──人と人が戦った跡とは到底思えない、天変地異を彷彿とさせる破壊の跡。その跡を歩くカザンに、仲間達が歓声を上げながら駆け寄る。
2人の戦いで破壊された城壁から、オウガとガウロン、そしてタツとシンが姿を現す。さらに遅れて、フラウエルとノヴァリス4姉妹が合流した。
仲間から多くの死者を出したこの戦い。だが、戦いは終わった。この戦いの結末は瞬く間にライヴィア王国を駆け巡ることになる。
カザン率いるカザン傭兵団がゲヘナ城塞を落とし、死の翠星ルジーラを退けた、と────。
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