第16話:魂の盟約
瘴気の煙となって蒸発してしまったボルフェルがいた位置に、シンが泣き崩れている。敵だと思っていた人が、実は知り合いだったかもしれない……しかも、それが分かったのが今際の際だったのだから────
「シン……」
「タツ、俺は……俺を知ってるやつを……友達だったかもしれないやつを殺しちまったのか──?」
「シン、彼を殺したのは僕だよ。シンじゃない」
「そんなの、どっちでも似たようなもんじゃねぇか! くそ……なんで最後の最後で……もっと早く気づいてれば────」
「────シンは、僕を責めてるの?」
「え…………」
シンが何を言われたのか分からないといった表情で、僕に振り返る。
……胸が痛い。でもこのままじゃ、シンが自責の念に押しつぶされてしまう。それを回避する為なら、僕は自分の心を偽ることだって厭わない。
「シン。さっきも言ったけど、彼の魂は壊れてた。僕が彼の汚れた魔力を全部吸い取ったから、かろうじて何かを思い出したんだ。死ぬ以外に、彼が正気に戻ることはなかったんだ」
「…………」
「彼は敵だったんだ。もし彼が友達だって分かったら、戦わずに僕を見殺しにしたの?」
「そ、そんなはずないだろ!」
「じゃあ……お願いだよシン。今は、僕を助けることだけ考えて欲しい。敵のことより、僕のことを考えてよ────」
シンの苦悩が僕を責めているかのような物言い。本当はそんなこと、微塵も思ってない。シンが苦しんでいるなら、一緒に苦しんであげたい。でも……でも今は────
「僕はシンの為なら誰とだって戦う覚悟だよ。シンは違うの?」
「……いや、違わない。俺もお前の為なら誰とでも戦うつもりだ。……すまなかったタツ、突然のことで混乱してたんだ」
……ごめんよ、シン。
「シン、ヴィクターがまだ残ってる。城塞内をコソコソ移動してるよ」
「よし、ならそいつを相手するか。行こうタツ」
シンが背中を向ける。シンに僕の心情を悟られないよう、気持ちを切り替えてから背中に飛び乗る。
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残るヴィクターは、どこかで見たことがある魂だった。ただ、どうしてもそれが思い出せない。それを考え込んでいると、全身を駆け巡る悪寒に襲われた。
「な、なんだ!?」
「これは……」
シンも何かを感じ取ったみたいだ。空を見上げると、翠色の流れ星のようなものが飛んでいるのが見えた。
「なんだありゃ?」
「…………ルジーラ」
死の翠星ルジーラ。アマツクニではツボに気を取られてて気づかなかったけど、まさかこれほどの力を持ってるなんて……。
神域者の証である金色のオーラを纏い、虹色に輝くA・Sの魂。その美しくも他者を圧倒する魂に、僕は初めてカザンの魂を見た時のような恐怖感に襲われた。
──でも……でも僕には、彼女がみんなが言う様な悪党には見えなかった。それは彼女が、癒しの波長を持つA・Sだからなのかもしれないけど。
「大丈夫か、タツ?」
「う、うん。ちょっとびっくりしただけだよ」
シンが僕を気にかけてくれている。シンも落ち込んでいたはずなのに……結局シンに心配をかけている。
「あれがルジーラか。お前から見てどうだ?」
「正直言って、強すぎて分かんないね……」
「マジかよ。俺を100としたらルジーラはどれ位だ?」
「え、うーん…………530000位かな?」
その数字にシンが噴き出す。絶望感が伝わったようで何よりだ。まぁ実際はそこまでではないかもしれないけど、今の僕たちが逆立ちしても勝てないことだけは確かだ。
「絶対に勝てないヤツじゃん!」
「カザンに任せるしかないね……」
オウガは、今ここにいる戦力でルジーラに対抗できるのは、カザンしかいないと言っていた。もしここにラヴニールさんがいれば話は別だっただろうけど、今はその言葉通りカザンに任せるしかない。
(シン、そろそろ近づいて来たよ)
(オッケー。不意打ちでやっちまうか?)
僕の言葉のせいで、シンが殺し急いでるように感じてしまう。シンに変な影響を与えるくらいならそれでもいいんだけど、相手が誰なのか見極めてからでもいいかもしれない。
(とりあえず見てみよう。ここからは忍足で行こう)
(あいよ)
シンがそろりそろりと歩を進める。家の角から先を覗いてみると、修道服を着た肌色の悪い男が、何かを地面に埋めているのが見えた。
(何やってんだ?)
(分かんない……なんか挙動不審だね)
その男はキョロキョロと辺りを警戒しながら、せっせと何かを埋めている。そして、その男の横顔に、僕は見覚えがあった。
「あ!!」
驚愕のあまり口から出た僕の声に、シンとその男が跳ね上がる。
「おいタツ! なにやってんだよ!?」
「ご、ごめん! だってあの人!!」
その男と目が合う。僕たちを見たその男も目を見開き、驚いている様子だった。
「誰だよ?」
「セコーモだよ! アマツクニにいたヴィクターの!!」
セコーモ────アマツクニにあるイズモ村を襲った4人のヴィクターの1人。使い魔である虫を操り、僕たちをずっと監視していた。
そういえばシンは、ほとんどセコーモの顔は見てなかったんだよね。使い魔の虫を経由して話していたし、僕は牢屋から出してもらうときに、直接話してたから分かったけど。
「た、タツ! それにシン!! よかった、生きてたのか!?」
セコーモが両手を広げて感激している。それに対し、シンは殺気を放ちながら手を鳴らしている。
「なに仲間ムーヴかましてやがんだこの野郎。お前が相手なら遠慮はいらねぇ、八つ裂きにしてやるぜ」
にじり寄るシンに、慌てて両手を突き出すセコーモ。
「ま、待て待て! 俺は味方だ!!」
「お前が味方だぁ? なにフカシこいてやがる。っていうか、なんで生きてんだよ? カザンに殺されたんじゃないのか?」
「お、俺は今、カザンのユニオンになっている! 強制的ではあったが、今はあいつの使い魔なんだ!!」
「カザンのユニオン? んなこと、カザンから聞いてねぇぞ。お前がここにいるってこともな」
「俺だって何度も報告しようとしたんだ! セルミア教に動きがあれば逐一報告しろと言われてたからな! ……なのにあの野郎、まるで応答しやがらないッ!一方的に通信を切ってやがるんだ!!」
主人とユニオンは魔力で結びついており、主人の魔力があるかぎり遠方でも念話ができると聞いた。恐らくそのことなんだろうけど、カザンの性格を考えると、面倒くさくて居留守を使ってた可能性は大いにあり得る気がする……。
「んな話、誰が信じるかよ」
「本当だ! タツ、頼む! お前からもなんとか言ってくれ!!」
「シン、セコーモの言ってることは本当だよ」
「マジで?」
見たことあるようで思い出せなかった理由が分かった。セコーモの魂の色に、カザンの色が混じってるからだ。きっとセコーモの言ってることは本当なんだと思う。
……とはいえ、セコーモがコウタ達の仇であることに変わりはない。
「どうする、シン? シンが処すって言うなら、僕は止めないけど……」
「ま、待てって! それに、俺を殺したって無駄だ! カザンにユニオンにされた際に、【魂の盟約】を結ばされているからな!」
「魂の盟約? なんだそりゃ」
「俺の命をどうこうできるのはカザンだけだ。例え俺の肉体と魂を破壊しても、カザンの魔力がある限り何度でも復活する。殺すだけ労力の無駄だ!」
「つまりどういうことだ?」
「簡単に言うと、セーブ&ロードみたいなもんだよ。盟約を結んだ時点でその魂の情報がお互いに記録され、どれだけ破壊されてもお互いの魔力がある限りロードできるんだよ」
「まじかよ……めちゃくちゃ便利じゃないのか?」
「もちろん、そんなうまい話はないわけで。肉体の復活なんてカザン級の魔力がないと無理だし、盟約にも条件がある。盟約は決して対等な関係じゃなく主従関係になるんだ。主人に対して完全に魂を屈服させなくちゃいけないし、主人が命令すればいつでもしもべは死ぬことになる。そんな一方的な盟約を結びたいと思う?」
僕の説明に、シンが腕を組んで悩んでいる。
「確かに無理かも。相手が嫌なヤツだったら屈服なんてしたくないし……いい奴だとしても、尚更屈服なんて出来なさそうだよな?」
「そういうことだよ。上辺だけじゃ駄目なんだ。シンは僕を奴隷として見れる?」
「無理だな」
かつてカザンがダインと戦ったように、相手の魂を屈服させるには戦うことが一番だ。敗北した相手は、心身ともに相手に屈服する。そして主従関係を結ぶんだ。もし戦いもなく屈服できるとしたら、それは完全なる利害の一致、もしくは自分の精神を完全に操れるような人位なものだろう。
「それで、セコーモはカザンとどんな盟約を交わしたの?」
「…………俺がヤツの言うことを聞き、ヤツはいつでも俺の命を奪えるという盟約だ」
「ま、マジでメリットないじゃん。よくそんな条件のんだな、お前」
「し、仕方ないだろ! 受け入れなければどちらにしろ殺されてたんだ!! そもそも、強制的にユニオンにされた時点で地獄の苦しみを味あわされて、反抗する気力なんて残ってなかった……」
「分かったでしょ、シン。相手を本当に屈服させるにはここまでしなくちゃいけないんだ。生殺与奪の権利を奪われるし、奴隷相手に有利な条件を提示してくれる人なんていないよ」
「よく分かった。しかし、よく知ってるなお前」
「ま、前にカザンから聞いたんだ」
おっとと、話が逸れてた。でも、これでシンにも魂の盟約の危険性が分かったはずだ。悪魔との契約と呼んでも差し支えないものだしね。
「まぁ、経緯はわかった。で、ここで何してたんだ?」
「こいつを城塞周辺に埋めてたんだ」
そう言ってセコーモが大きなカバンから取り出したのは、何かの結晶だった。
「なにそれ?」
「……わからん」
「わからんって、舐めてんのかお前」
「ほ、本当にわからんのだ! セルミア教の上層部からの指示で、バレないようにこいつを埋めてこいと言われたんだ!!」
教団が指示した……ってことは、なんでもないってことはなさそうだけど。僕はその結晶を一つ手に取ってみる。
「これ、オウガがエーテルダイブした時の場所に埋めてあったやつだね」
よく見ると、この結晶が色々な場所に繋がっている。上から見ないと分かりにくいけど、城塞全部を包み込む結界のようにも見える。
「ってことはオウガの仕込みか? あいつ、セルミア教とも繋がりがあるのか」
「……かもね」
オウガについては、まだよく分からないことが多い。憶測でものを言うのはやめておこう。地獄炉に、オウガと一緒にもう1人いるみたいだし…………しかもA・S。
「と、とにかく。俺の役目は終わった……俺は引き上げるから、カザンに連絡には出ろと言っておいてくれッ」
「あぁ、報連相は大事だからな」
シンが妙に納得したように首を縦に振る。そしてセコーモは闇に包まれるように消えてしまった。
遠くから、身体を揺さぶる様な爆発音が響いてくる。恐らく、カザンとルジーラが戦っているんだ。地獄炉は既にオウガの手中にあり、ガウロンが抑え込んでいたヴィクターも今は姿が見えない。
終わりが近づいている。多くの人間の思惑が交錯する、この戦いに────
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