第15話:死星襲来
潜入チームが城塞内で戦いを繰り広げている時、外ではそれを上回る激戦が繰り広げられていた。カシューとペロンドが率いる一番隊と三番隊は、四方を敵に囲まれながらも、押し寄せるレヴェナントと変異種を斬り伏せていく。特にカシューとペロンドの戦闘力は凄まじく、優先して変異種を駆逐していた。
だが、無限と思えるほどに湧き出てくるレヴェナント達に、遂には犠牲者が出始める。槍で貫かれ、輝きを失い始めるレガリア。命の灯火が消えようとした刹那、傭兵は最後の力でレヴェナントを切り裂き、そして倒れ込む。
後詰として参戦した四番隊と五番隊の傭兵達も、今では大量のレヴェナントに囲まれていた。繰り出される槍を避けることもできず、次々に失われていく命。レガリアを持たぬ彼らには、巨大な体を持つ変異種の相手など、できようはずもなかった。
遠距離からの狙撃──フルティナの援護で変異種が撃ち抜かれていく。今まさに食われかけていた傭兵は、安堵の表情を浮かべた。だが、すぐさま地面が黒く泡立ち、新たな変異種が姿を現す。
終わることのない悪夢────そう形容するに足る地獄絵図。仲間が次々に死んでいくなか、団長であるカザンはひたすらに任務を遂行していた。
手に持つロングソードは刃こぼれし、無数のヒビが入っている。威容を誇っていた深紅の鎧も所々が欠け、見るも無惨な状態となっていた。
「………限界だな」
そう言い、剣としての体を成していない武器を、未練なく放り捨てる。そしてダインから降り、光と共にダインは姿を消してしまった。その様子を見ていたヴィクターの1人、ヴェルオンは勝ち誇ったようにランスを構え直す。
「ふ、そうだろう。そんな剣では、私の盾を打ち崩すことはできない。大人しく降伏するなら、捕虜として扱うことを約束しよう」
「あぁ、そうだな。そろそろ……我慢の限界だッ」
カザンの手に赤い稲光が走り、巨大な戦斧が顕現する。
【滅びのレガリア ディープ・レッド】────カザンのレガリアであるその戦斧は、死んでいった仲間達の怒りに呼応するかのように、鈍い光を放っている。そして両刃の間に嵌め込まれた、“感情炉 怒涛核” が、その力を解放せんと脈打っていた。
「なるほど、それが貴様のレガリアか。今までのは様子見というわけか……私も舐められたものだな」
「言わなかったか? テメェにはあの剣で十分だって。俺は今からゲストの相手をしなくちゃいけないんでな」
「なに?」
その戦場にいた、全ての者の動きが止まる。響きわたっていた剣戟音・怒号・悲鳴は鳴りを顰め、静寂が戦場を支配する。リリシアの花粉によって統一されていた魔力が、一瞬にして上書きされる。
突如出現したその圧倒的な魔力に、変異種とレヴェナント達は金縛りにあったかのように固まっている。
夜空に輝く翠色の星。軌跡を残しながら、一直線にこちらへやってくる。その存在に気づいた全ての者が、幻想的な光景に息を呑んだ。
カザンとヴェルオン────両者の間に割って入るように落下する翠星。その衝撃で翠の炎が飛び火し、周りにいたレヴェナント達を燃やし尽くしていく。
「カ〜ザンちゃん あっそび〜ましょ〜」
鋭い鉤爪が虚空を掴み、何もない空中でコウモリのようにぶら下がっている。捲ったヴェールから覗くのは血のように赤い瞳。褐色の肌に、微笑を浮かべる唇からは2本の牙が見え隠れしている。天を覆い隠すような一対の翼、漆黒の鎧で身を固め、黒とベージュが織り混ざった三つ編みが翠炎で照らし出される。
死の翠星ルジーラ────執行者最強と言われる存在の出現に、カシューとペロンドさえも動けなくなっていた。ルジーラから放たれる重圧を正面から受け止め切っているのは、カザンとヴェルオンの2人だけであった。
「ルジーラッ、貴様……今頃なんのつもりだ!?」
「あとはウチがやるから、君はもう帰っていいよ」
怒りを顕にするヴェルオンに、あくまで微笑を浮かべながら言い放つルジーラ。だが、到底納得できる答えではなく、ヴェルオンはランスを構える。
「ふざけるな! 男の戦いを邪魔するなどッ──」
「ウチだってぇ、1体1の戦いを邪魔する趣味はないんだよ? でも、カザンちゃんが限界だったみたいだし……お姉さん、空気を読んだつもりなんだけどな」
「な、なんだと?」
「それに、ウチは親切で言ってあげてるんだよ? 中が大変なことになってるよ。早く助けに行かないとお仲間死んじゃうんじゃないかなぁ? あ、もう遅いかな?」
「2人が……まさか侵入者がッ!? ルジーラ! それが分かっていながら見逃したのか!?」
ランスを震わせ問い詰めるヴェルオンに、ルジーラがまるでワガママなお嬢様のように、悪びれることなくそっぽをむく。
「だってぇ、ウチが受けた仕事は城塞外の敵の排除だし。中のことには関与しないよ」
「き、貴様ぁ……」
「まぁ同情はするよ。相手がカザンちゃんだから、まずは自分が様子見で出陣したんだよね? その仲間思いの行動が仇になっちゃうなんて────んふふ、無駄死にだね。やっぱり仲間なんていらないね」
笑いを浮かべ、そして冷酷に言い放つルジーラの言葉に、ヴェルオンの兜の奥に宿る瞳が金色に輝き出す。
「このゲヘナは、ライザールにとって重要な前線基地……ボルフェルとランシラスも、それが分かっているからこそ私の指示に────」
「……ぷッ」
仲間の死は無駄死になんかではない。重要拠点防衛の為に戦い死んだのだ。それを自身に言い聞かせるかのように始めた話を、ルジーラが一笑に付す。
「あはは! 聞いた、カザンちゃん? 重要拠点だって! ……なるほどなるほど、それでお尻の青い坊や達は勘違いしちゃったのかな? 自分達は重要拠点防衛に選ばれた優秀な騎士だって」
「な……にを……」
「ゲヘナなんて、テクノスにとっては廃品を入れるゴミ箱に過ぎない。もしここが重要拠点なら、君たちみたいな見習いを置くはずないじゃないか」
「見習い……? 何を言って────」
「あッ、そうか。君たちテクノスに色々イジられて記憶がごっちゃになってるんだね? 自国の守護神に魂をイジられ、化け物と融合させられて、挙句にはいつでも使い捨てできる駒として冬眠させられて……レヴェナントと同じじゃん。お姉さん涙が出ちゃうよ」
「…………」
ルジーラの言葉に、俯き、絶句するヴェルオン。それを嘲笑うかのように、ルジーラが言葉を続ける。
「結局君たちは、都合よく記憶をイジられて、ヴィクターなんて尊大な名前を与えられた哀れな操り人形なんだよ。そんな傲慢なことをする神様なんて────んふふ、いなくなったほうがいいよね?」
「おいコウモリ女。テクノスにとって、ここはその程度の認識なのか?」
今まで口を噤んでいたカザンが、ルジーラに問いかける。カザンの問いに、ルジーラが大きく口を歪ませる。ご機嫌そうにケモ耳をピクピクと動かし、血のように赤い目が、まるで唯一の宝石であるかのように妖しく輝く。
「んふふ、そうだよ。でもね、その慢心が命とり……傲慢な神どもは、人間の力が自分達に及ぶなんて信じない、認められないんだ。だから人間を侮り、油断する。そして人間に討たれるんだよ」
戦場に角笛の音が響き渡る。場の異変を察知したカシューの指示で、カザン傭兵団が撤退を始めたのだ。カシューの判断は正しく、ルジーラの小柄な身体から、陽炎のように魔力が溢れ出している。
「神が人間を管理する時代は終わる。これからは……人間が人間の意思で殺し合う時代が来るんだよ!」
「おのれルジーラ、このイカレ女が!! 貴様の世迷言など────」
激昂し、ルジーラに突撃するヴェルオン。ルジーラの発言を否定する言葉……だが、彼がその言葉を言い切ることはできなかった。
ルジーラの翼爪が、ヴェルオンの盾を容易く貫通し、鎧共々貫かれる。そして一瞬閃光が走ったかと思えば、ヴェルオンの身体は馬もろとも内部から爆発し、四散していた。
原型を留めずバラバラになったヴェルオンの肉片。その肉片を貪り食うように、翠炎が覆い尽くしていく。
その凄惨な光景を、黙って見つめるルジーラ。その顔に笑みはなく、虫ケラを見るような冷酷な目で見下している。だが、すぐにその口から甘い声が紡がれる。
「────聞いた、カザンちゃん? ウチのこと、イカレ女だって……お姉さんびっくりしちゃった」
恋人に甘えるように、慰めてもらいたいかのように、甘い声を出すルジーラ。そんな声とは裏腹に、ルジーラから溢れ出す魔力が徐々に増大していく。
「……何を今更。己の魂を武器と化すレガリア、人を殺せば殺すほど傷付き澱んでいく魂。その “レガリア“ で敵を殺そうとする連中が、マトモだとでも思ってるの────」
ルジーラから放たれる魔力で、次々にレヴェナントと変異種が発火していく。それはさながら、2人を取り囲むリングのようになっていた。
カザンが構えを取り、レガリアが輝き出す。
「────イカレてるから玉璽保持者なんだよッ! そうでしょカザンちゃん!?」
両者の瞳が、金色へと変貌していく。
後に────【五大厄災】と呼ばれることになる、2人の戦いが始まった。
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