第13話:タツ&シン VS ボルフェル
瘴気を纏ったボルフェルの身体、鍛え上げられた筋肉は更に増大し、針金のような体毛が全身を覆い尽くす。もはや人とは呼べぬ獣の顔つきに、瞳孔の開き切った金色の瞳。牙を剥き、凶暴な咆哮を轟かせる。
「おいおいおい! 狼男かよ!?」
「シン! 危ない!!」
ボルフェルの変貌と威圧感に1歩後ずさった直後だった。大木のような腕を振り上げた狼が、俺のすぐ目の前に現れ、巨大な鉤爪を振り下ろしてくる。
タツのおかげで辛うじて攻撃を躱したが、俺たちがいた石畳には、まるでバターでも抉ったかのように大きな爪痕が残されていた。
(あッ、危ねぇ!!)
「シン!止まっちゃダメだ!!」
驚く暇さえ与えてくれない連続攻撃─────その攻撃を躱す程に、地面と建物が破壊されていく。身体を捻り、いなし、何とか躱し続けるが、休むことなく攻撃を仕掛け続けるボルフェルに、恐怖と焦りが生まれ、息が乱れ始める。
(これ以上は無理だッ!!)
俺は熱を集め、強化された腕でボルフェルの鉤爪を受け止める。
「ぐッ────」
衝撃で俺の足が地面にめり込む。そして間髪いれず、もう一つの鉤爪が俺へと襲いかかる。その爪も腕で受け止めるが、俺の両腕には爪が食い込み、血が止めどなく流れ出している。
剣すら受け止める俺の皮膚を、容易く切り裂く攻撃力。しかも、まずい事に徐々に押され始めている。
鼻に深い皺を刻み、唸り声を上げるボルフェル。そして、鋭利な牙が並んだ口を、ヨダレを垂らしながら大きく開き始める。
「やばッ───」
思わず叫んでしまった時には、既にボルフェルの牙が俺の首筋に向かって来ていた。だがその瞬間、俺の肩から炎が吹き上がり、ボルフェルの顔面を覆い尽くした。
タツが火炎放射で援護してくれたのだ。
「ぐあッ!!」
たまらずボルフェルが後ずさる。手で顔面を振り払い、纏わり付く炎から逃れようとしている。
「すまん!!」
「シン、今のうちに!」
俺はボルフェルの背後に回り込み、その首元へ蹴りを放つ。もはや時間稼ぎとか言ってられない。仕留めるつもりでやらねば、こっちが殺される。
だが炎を振り払い、焦げ付いた顔をすぐさまこちらに向けるボルフェル。そして俺の蹴りを、今度はボルフェルが腕で受け止める。
肉が爆ぜ、骨が砕ける確かな感触。ボルフェルの腕から噴き出す黒い血と共に、俺の足から赤い血が噴き上がる。ボルフェルの体毛が、まるで剣山の様に俺の足に突き刺さっていた。
その場に転がりそうになりながらも、背中にいるタツを潰さないように、けんけん足で距離を取る。互いに大きな傷を負ったが、ボルフェルの破壊された腕が瘴気を放ちながら修復されている。
「いってぇ〜。マジかよ……」
「シン、ちょっとだけ動かないでね!」
タツの小さな手から熱を感じる。その熱が全身を駆け巡り、そして傷口へと集まっていく。瞬く間に腕の傷は塞がり、脚の傷も癒えてしまった。──しかも、突き刺さっていたボルフェルの体毛も綺麗に消滅していた。
「す、すげぇ……どうしたんだタツ!?」
「ふふふ、今までの僕ではないんだよ」
フラウエルとリリシアに何か治癒士のコツを聞いたのだろうか?
今までとは明らかに治癒スピードが違う。本場の治癒士ってのはそんなにすごいのか?
「……………」
修復した腕をゴキゴキと鳴らしながら、ボルフェルがこちらを睨みつけている。
……何かが変わった。そう、俺に向けられていた殺気が、別の方向に向いたかのような────
突如、あらぬ方向に走り出すボルフェル。家々の壁を蹴り、軌道を変えながら高速移動する。その度に粉砕される石壁の粉塵が、俺たちを囲み視界を奪ってくる。
(シン! 後ろだよ!!)
だが、タツにその手の妨害は意味をなさない。例え障害物があろうと、タツは相手の位置を把握することができる。
背後から襲いくるボルフェルの爪を、前方に飛んで躱す。
「ちぃッ! 見えてんのかよ!!」
背後からの攻撃を躱された事に憤るボルフェル。そして、今の一撃で気づいたことがある。
こいつ……俺じゃなくてタツを狙っている。今までの攻防で、タツの存在が厄介だと判断したのだろう。
奴の狙いがタツとなると、話が変わってくる。正直言って、背中のタツを狙ってくる攻撃を何度も凌ぐのは、今の俺には無理だ。ここは一旦、タツには離れてもらった方がいいかもしれない。
俺は、粉塵に巻かれているボルフェルに背を向け、教会風の建物の中へと逃げ込む。
建物の中には、大きな女性の像が祀られていた。微笑を浮かべる美しい女性────もしかしてこれがセルミアか? ってことは、やはりこの建物は教会か。
だが、今はそんなことを気にしている暇はない。物陰に身を隠し、タツを背から下ろす。
(タツ、ここからは分かれよう)
(そ、そんなッ。シンを置いて逃げれないよ!)
(何言ってんだ。そんなこと言うわけないだろ? )
(え?)
(言っただろ? 俺が一方的にお前を守るんじゃない、2人で戦うんだって。あいつは思ったより賢い……俺の力の源がお前であることに気づいている。あいつの狙いはお前だ)
(確かに、さっきの攻撃は僕を狙ってたみたいだけど……僕が離れるとシンが──)
(お前が姿を眩ませれば、また俺を狙ってくるだろう。ならお互いを囮にしつつ、スキをついて攻撃するんだ)
(シン、それなら僕に考えがあるんだ。あいつの注意を引いてくれる?)
(何する気だ?)
(ふふ、内緒だよ。シンも必殺技は黙ってたでしょ?)
その件については反省した! 絶対言っといた方がいいって!! そう言おうとした時、外からボルフェルの声が聞こえてくる。
「おいおい、隠れても無駄だぜぇ!! 俺ぁ鼻がいいんだ!!」
確かに、狼の様な見た目だ……あれで鼻が効かないって方が無理がある。
「がああああああああッッ!! 何なんだこの粉はよぉぉ!!」
ボルフェルの怒りに満ちた絶叫が聞こえてくる。俺たちの匂いを嗅ごうとして、思いっきり花粉を吸ったのだろう。しかもこの花粉、フローラルな香りがしている。意図せず奴の嗅覚を封じてくれているようだ。
「クソがあぁぁぁぁ!!」
怒りに任せて暴れまくっている。このままじゃ教会が潰されそうでまずい!
「じゃあタツ、頼んだぞ!」
「気をつけてねシン!」
タツと分かれ、俺は暴れ回る狂犬の前へと姿を現す。
「おい、俺はこっちだぞ」
「あぁ!? さっきのガキはどうした?」
「さあな。鼻がいいんだろ? 嗅いで探したらどうだワン公」
奴の湧き上がる怒りが目に見えるようだ。毛は逆立ち、金色の瞳は流血したように血走っている。引きつけるという役目のせいで、つい挑発してしまったが、正直まずかったかも。
……こいつは強い。怒り狂っているように見えるが、戦況を見極め、勝つための最善の方法を取ろうとする。頭に血が上ると普通は周りが見えなくなるものだが、こいつは逆に頭が冴えるタイプなのかもしれない。
タツを狙うのも、卑怯でも何でもない。むしろ、二体一で戦ってる俺たちの方が卑怯だろう。それを非難することなく、確実に敵の戦力を削ろうとするこいつを、どうして非難できようか。
特殊な力に頼らず、己の肉体のみで戦う──こいつは、あくまで正々堂々だ。
「クックック……おい、何笑ってやがる?」
「え?」
ボルフェルに言われて気付いた。この状況で何笑ってるんだ、俺?
「お前も笑ってるじゃねぇか」
「あぁ? そういやそうだな」
口端を歪め、目を細めるボルフェル。互いに意味の分からない笑みを浮かべ、ジリジリと距離を詰める。
そして互いに示し合わせたかのように、強く地面を蹴り、一気に距離を詰めた────。
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