第10話:鳥の乙女
響き渡る角笛の音。カザン団長達が突撃を開始したことを、ここまで響いてくる怒号と重々しい足音が教えてくれた。
「さてさて〜。月も出てるし、2門位なら落とせるかな!」
ティナがうつ伏せになり、丘の上から魔力砲を狙っている。そして、その出番はすぐにやってきた。5門ある魔力砲が全て輝き始め、暗黒の魔力がカザン団長達に放たれようとしている。
ティナのトランスガンから放たれる閃光。2本の光の矢が魔力砲に穿たれ、大爆発を引き起こす。ただし、残った魔力砲から放たれた光弾がカザン団長達へと着弾する。
「ど、どうなったの!?」
ここからでは向こうの様子は分からない。幾度となく轟く爆音が、私の危機感を増長させる。
「2門破壊したよ! カザン団長が防いでくれたみたいで、みんな無事だね! ……みんな光る武器を持ってるよ。すごいね!」
トランスガンを覗きながら、足をバタバタさせるティナ。とりあえず初撃は防いだみたいで、少しホッとした。
「とりあえず、再充填は阻止しておこうかな!」
立て続けに3発の光が放たれる。見事魔力砲に着弾したようで、残った魔力砲から輝きが失われていく。
「じゃあ始めるわよ」
私達の周りには、大量の赤い百合の花が、その花弁を閉じたまま出番を心待ちにしていた。リリィが手をふわりと上げるだけで、花が一斉に咲き乱れていく。花弁の中心から、赤く輝く粉が漏れ出している。
「いくぞ」
オルちゃんが両手を前に突き出し、目を閉じる。その手に微かな光が宿ると、私達の周りを風が通り始める。その風に乗って、花粉が戦場へと運ばれていく。
ちなみにオルちゃんは、鎧を身に付けておらず軽装だ。風を操るのに、重い装備だと気が散るらしい。
「フラウ、側にいてもらっていいかな?」
「うん、大丈夫。いつでも言ってね?」
私はオルちゃんのすぐ側へ移動した。オルちゃんの共鳴魔法である風は、魔力を一方的に消耗する。私は、そんなオルちゃんの魔力が切れそうになったら、魔力を分け与える魔力回復要員。現状見ているだけしかできないのが、少し心苦しい。
「とりあえず、これであたし達の役目は終わりかしらね?」
「そうですね。でも、いつ敵が来るかも分かりません。皆近くに集まっておきましょう」
ルリの忠告に従って、リリィもルリも私達の側にやってくる。ティナはまだトランスガンを覗き込んでいる。
「ねーねー? ヴィクター撃ち抜いてもいいかな?」
「いいわよ」
「だ、駄目です! ティナも早くこっちに来なさい!」
ルリが慌てて引き止めに入る。2人とも、作戦は聞いてたでしょうに!
「めんどくさいわねぇ。今からでも毒を混ぜてやろうかしら」
「ダメだってば! オウガ様達もあの中にいるんだよ!?」
「月のおかげで絶好調なんだけどな〜。ボクのこの溢れ出るパワーはどこに向ければ────」
「ティナ、ルナフェードは切っておいて。どこにいるか分からなくなります……」
ティナは月光を浴びると、その力が増すだけでなく、姿を影の様に眩ますことができる。それはティナの持つ加護なのか、セルミアの聖遺物であるノヴァリスの力なのかは分からないけど、結構すごい力だよね。月夜限定とはいえ、狙撃と相性がいいと思う。
とはいえ、私にはティナの姿は見えている。多分リリィにも見えてるのだと思う。
「もう、うるさいなぁ! 集中してるんだから静かにしてよ!!」
オルちゃんが激おこだ。
「ほらほら、集中しなさいよ」
「オルちゃんにボクのパワーを分け与えてしんぜよう!」
リリィがオルちゃんの脇を指でつつき、ティナが両手で脇腹をがしりと掴む。
「ちょッ──駄目だって!! そ、そこは────ぶはッ」
体をくねらせながらも、決して手は下ろさないオルちゃん。気が散ると言って鎧を外してきたのに、それが仇になっている。
微笑ましい光景──でも、今は戦争中なんだよね。
────全身を抜けていく違和感。うなじの辺りが静電気のようにピリリと疼く。
「リリィ!」
「えぇ、来たわね」
間違いない、地獄炉の範囲がここまで及んだんだ。私達の後方から、何かが出現しようとしている。
「ルリニア。あたしがやってあげるわよ?」
「ありがとうございます姉様。でも、私も覚悟してここに来たんです。私に任せてください」
ブクブクと地面が泡立ち、目を覆いたくなる様な怪物が這いずり出てくる。リリィの花に一瞬躊躇したようなそぶりを見せたけど、私達の姿を視認すると、構わず足を踏み入れる。
変異種と呼ばれる怪物。その数は徐々に増していき、20体は超えるであろう怪物達が、私たちの血肉を求めてにじり寄って来る。
「みんな、事前に練習した通りです。オルちゃんも、一度こっちへ」
「うん」
オルちゃんも共鳴魔法を中止し、ルリを真ん中としてみんなで手を繋ぐ。こちらに近づいてくる変異種と向き合い、私たちは目を閉じる。
────ルリから、音が発せられる。まるで風が草木をそっと撫でるように、水面に広がる波紋のように……その美しい旋律が夜空へと響き渡る。
私たちは、そのルリから発せられる音に合わせるように声を出す。自身の感じる音符に身を委ね、ルリの音と重ね合わせていく。私達5人の声が一つになった時、まるでルリが導いてくれるかのように、音のズレは微塵も無くなっていた。
次の瞬間、ルリから発せられる音が大きくなる。目を閉じている私には、何も見ることができない。
でも、この目を閉じるという行為……これは、事前にルリがお願いしてきたことだった。
その理由は、今から起きることを見てしまうと、私達の声が止まる可能性があるからだった。
ルリの力を避けるためには、ルリの出す音と同じ音階の声を出し続けねばならない。ルリと手を繋ぐだけでも効果はあるらしいけど、確実に回避するにはそうした方がいいと聞いた。
そしてもう一つは────そのあまりに残虐な力を、私たちに見て欲しくないというルリの願いだった。
響き渡る美しくも力強い声──暗闇の中、私達の前方で何かが弾けていくような不思議な音が聞こえる。でも、私たちは目を開けることなく、ひたすらに声を出し続ける。やがて不思議な音も聞こえなくなり、ルリの音も聞こえなくなった。
ゆっくりと目を開ける。そこには、まるで初めから何もいなかったかのように、変異種の姿は無くなっていた。リリィの花粉と共に、僅かな瘴気が風に流されていく。
──アーム・ルトゥール──
セルミアの聖遺物の一つ、 “舌“ を有するルリの力。音波によって細胞を沸騰させ、肉体を破砕する恐るべき力。肉体を失った変異種の魂は、地獄へと引っ張られていき消滅していた。
平和主義者であるルリが持つ力とは、到底思えない攻撃的な能力。
ルリは私と同じく戦いを好まない。その心とは相反する力──私達の目の前でその力を行使するのは、きっと辛かったはずだ。
「まだ敵が来るかもしれません。オルちゃんは引き続き風を──」
気丈に振る舞うルリ。でもその顔は……やっぱり悲しげだった。それでも力を行使した理由は、私たちを護るという理由だけじゃない。
ルリは知っているんだ。異形と化し、魂さえも歪んでしまった彼等を救う術は────"死" 以外に無いのだと。
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