第6.5話:双龍邂逅
ゲヘナ城塞に設置された地獄炉を手に入れるために、作戦会議が行われている幕舎から、仮面の男と子供が出てきた。
ガウロンの後ろをオドオドと付いて行くタツ。
「カザンがいるから馬は離れた場所に繋いである。少し歩くぞ」
「う、うん……」
ガウロンの言葉に歯切れの悪いタツ。申し訳なさそうな顔をしながら、ガウロンの顔を見上げる。
「あの……僕、乗り物が苦手で──」
「俺が一緒に乗ってやるから大丈夫だ」
そういうことでは──そう言いかけようとしたタツだが、そのまま大人しくガウロンの後を付いていく。タツの歩幅に合わせて、決して急がせることなく、ゆっくりと歩を進めていくガウロン。
いくつもの丘が連なる起伏の多い土地。二つほど丘を超えた辺りに、バリアント騎士団の残していった陣地が見えてきた。陣地を囲うように設置された木の枠、その中に傭兵団の馬は繋がれていた。
ガウロンが中へ入ると、1人の傭兵が駆け足で向かってくる。そしてすぐさま反転し、一頭の馬を引き連れてきた。
馬を受け取り、ガウロンが軽やかに騎乗する。そして、タツに向けて手を伸ばす。
「…………」
差し出された手を中々掴むことができないタツ。今までの乗り物に対するトラウマが、まるで金縛りのようにタツを強張らせる。そんなタツの様子を見て、ガウロンが静かに囁く。
「大丈夫だ」
まるで父親のように優しく、力強い声を聞いて、タツはハッと目を見開く。そして導かれるかのように、ガウロンの手をしっかりと掴む。
ガウロンによって引っ張り上げられ、チョコンと馬に乗るタツ。襲いくる閉塞感・吐き気、それらに身構えるように目を瞑ってしまうタツ。────だが、いつまで経ってもその症状が襲ってこない。
感じるのは、馬が走り出したことによる振動と、体全体を吹き抜けていく風だった。恐る恐る、目をゆっくりと開けるタツ────
「うわぁッ────」
子供のように……いや、その姿に違わず目を輝かせるタツ。いつもより高い視点で丘を駆けている。シンの背中とはまた違った視点。そこから見える景色は、まるで夢の中のようにタツの心を躍らせた。心地よい風、小気味良く響く蹄音、それらが更に拍車をかける。
「僕、乗り物に乗ると気持ち悪くなっちゃうんだ。何で大丈夫なんだろう?」
「俺がA・Sだからかもな。フラウエルとリリシアもA・Sだ。今度一緒に乗ってみるといいだろう」
A・Sの持つ癒しの波長──それがタツの乗り物アレルギーに作用したのか、真偽は分からない。だが、タツは久々に味わう乗り物の心地よさに、理由なんてどうでもよくなっていた。
いくつもの丘を抜け、草木の生えぬ岩山を、慣れた手付きで馬を操り登っていくガウロン。自分達の陣地と、城塞の内部が一望できる場所へと到着した2人は、馬から下り、偵察を開始する。
「どうだ、視えるか?」
「うん、ここからなら全部視えるよ! ……ガウロンさんは視えるの?」
「ガウロンでいい。……俺には無理だ。この距離では、どれだけ集中しても何も視えない」
「そっか……ねぇ、ガウロン。 ガウロンは、何でオウガの仲間になったの?」
オルメンタから貰った見取り図に、ペンで地獄炉の場所を記入していくタツ。世間話のように振られた話に、ガウロンがゆっくりと語り出す。
「俺たちティエンタの民は、元々は【天蓬国】からの流民だった。200年ほど前に、ライヴィアの王によって召し抱えられ、そしてある山岳地帯を与えられた」
「それがティエンタ?」
「あぁ。ティエンタと名付けられたその山岳地帯は、ライザールとの国境沿いでな。何かと小競り合いが絶えなかった。そこで祖先達は、国境の防衛役を買って出たのだ」
「ライヴィアの為に?」
「当時は……いや、今でもティエンタの民の風評は良くない。外様、土地泥棒──王の優しさにつけ込み土地を掠め取った侵略者など散々だった」
「そんな……」
「無論、国民全てがそうではなかったがな。だが、そんな風評など俺たちには関係なかった。俺たちはただ、流民であった祖先を拾い、もてなし、重用してくれたライヴィア王に対して恩返しがしたかった。それは世代が変わろうとも決して揺るがぬ教え──信念だった」
「信念……」
「ある時、ライザールが地獄炉を戦場に投入し始めた。祖先は、総力を挙げて地獄炉を破壊した────そしてあることに気づいた」
「あること?」
「地獄炉を破壊すれば、その皺寄せが他の地獄炉に行くことを知ったのだ。幸いな事に、ライザールは再びティエンタに地獄炉を設置した。それから祖先は地獄炉を破壊せず、湧き出てくるレヴェナントと変異種を倒すことに注力した」
「他の戦場が大変になるから、敢えて壊さず敵を引き受けたってこと?」
「そういうことだ。そんなことを100年以上も続けていた。そして、俺が戦場に出るようになってから3年────オウガ達がやってきた」
タツの手が止まる。本来の任務を忘れた行為──だが、ガウロンは責めることなく話を続ける。
「オウガ達は地獄炉を破壊しに来た。だが、さっきも言ったように皺寄せが他に行くのを危惧した族長はそれを断った。……オウガの正体を知るまではな」
「王子……なんだよね?」
「あぁ。あいつは俺達に、ライヴィアの為に戦ってきてくれたことへの感謝と共に、頭を下げてきた。そして、長きにわたる戦争を必ず終わらせる、と誓いを立てた。────蔑まれ、泥棒扱いまでされてきたが……オウガの言葉で、長年にわたるティエンタの民の苦労は報われたんだ」
全ては自分たちを受け入れてくれた王国への恩返しのため。例え誹謗中傷をされようと、決して揺るがぬティエンタの民の信念。誰に認められなくてもいい、ただ国の為に。そう思い戦い続けてきたティエンタの民の想いに感謝を述べたのは、あろうことか王国の王子。その時の族長の感激たるや────その当時の思いに呼応するかのように、ガウロンが手を強く握りしめる。
「俺はあいつらと共に地獄炉を破壊した。そしてオウガが俺を仲間に誘い、戦いを挑んできた」
「え、どうして!?」
「自分より弱いやつに従うのは苦痛だろう、とオウガが言ってきたのだ。事実、当時の俺は誰よりも強いつもりだった。あいつは、俺の心情を見透かしていたんだ」
「戦ったの?」
「あぁ────そして、俺は負けた。それから、俺はオウガ達と行動を共にする事になった」
「……強いんだね、オウガって」
「そうだな。オウガは強い……だが、それと同時に弱くもある。だからこそ、自分の弱さを乗り越え成長するオウガは強いのだ。あいつなら、きっとお前達の力になってくれる。そしてお前達も──オウガの力になってやって欲しい」
「うん、そのつもりだよ。僕達は……その為に来たんだから」
そう言い、見取り図にササっと書き込むタツ。見取り図を丸め、ガウロンに向き直る。
「ねぇガウロン。ガウロンの持ってるその武器さ──」
「これか?」
ガウロンが腰に差してあった、虹色に輝く刀身の短剣を抜く。そして、右手に淡い光と共に大きな弓が姿を現す。その弓は、金色というよりは金泥色というべきか、夕焼けのような光を纏っていた。
「それはレガリアなの?」
「これはティエンタに伝わりし秘宝──アーティファクトだ。力ある玉璽保持者は己のレガリアを完全に具現化し後世に遺すことができる。だが、この剣と弓は全くの別物だ」
ガウロンの説明に、タツは首を傾げる。
「かつて祖先がティエンタに足を踏み入れた時──奇妙なものを発見した」
「奇妙なもの?」
「何かの残骸。だが、その残骸は朽ちることなく、常に光を纏い続けていた。祖先はそれを、【星の亡骸】と名付けた」
「星の……亡骸……」
「その星の亡骸から作られた魔導具、それがこの【七星剣】と【星骸弓】だ。秘宝として伝えられてはきたが、歴史上この武器を完全に扱えた者はいない。……俺を除いてはな」
「ガウロンは、この武器を使えるんだ?」
「あぁ、今では俺の一部となっている。俺のレガリアと言っても差し支えないのかもしれないな」
「……触ってみてもいい?」
「構わない」
コクリと頷くガウロン。ガウロンの持つ星骸弓に、タツがゆっくりと手を伸ばす。そしてその小さな手が、仄かに輝く弓へと触れる────
────頬を伝う涙。目を閉じ、鱗のような弓の表面を指でなぞる。
「そうか……そうだったんだね────」
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「ねぇガウロン。ガウロンにはさ、僕がどう視える?」
「どう視えて欲しいんだ?」
「え? うーん、今は子供…かなぁ」
「ならば子供だ。タツ、今はそれでいい」
「ふふ。ガウロンってさ、見た目は怖いけど優しいんだね」
「フ、よく言われる。────人の見た目なぞ、当てにはならないということだ」
仮面を外し、タツと向かい合うガウロン。少しだけ驚いた表情になったタツだが、すぐに優しく微笑み返す。
2人はしばらくの間、目の前に広がる光景を眺めていた。
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